エルフさんと英雄の娘

とりまる ひよこ。

エルフさんと英雄の娘


「ふっふっふっ……」


 これも全てご主人さまが悪いのです。


 婚約したんだから夫婦も同然だなんて屁理屈をこねて毎晩毎晩好き放題。これじゃ奴隷時代に逆戻りなのです。冗談じゃねぇ、冗談じゃねぇのです。


「これをこうして……」


 ボクは怒りました、もう我慢の限界なのです。あの野郎マジで目にもの見せてやるのです。


 何か仕返しをしてやろうと頭を抱えるボクが、森にこれでもかと茂っているミントもどきを見付けたのは必然だったのかもしれません。


 リアラさんの協力を得て抽出したミントすなわちハッカ油。手にして笑うボクにかけられた「虫除けかのう?」という素朴な疑問への返答を濁したのは、ちょっとした罪悪感からだったのかもしれません。


 それにしても……寝室を同じにしているのが仇となりましたねご主人さま。おかげで入り放題、仕込み放題なのです。


 さてさて持ち込んだコレをたっぷりとアイツの下穿きに塗り込んでやりましょう。何も知らずに穿いたが最後、やつはミントテロの残虐さと無慈悲さ、そして本当の恐ろしさを骨身に染みて味わうことになるのですよ。


「ふっふっふ……くっくっく……はーはっはー!」


 のたうちまわる姿を想像すれば笑いだって三段活用になってしまうというものです。いやー楽しいですね!


「楽しそうだな、ソラ」

「はい!」


 さぁ後悔して懺悔するのです……チート野郎!



「ぅ……うーん……う?」

「あ、目が覚めた?」


 身体が揺られています。すぐ近くで話し声が聞こえて……目が覚めました。


 目の前には長い銀髪の綺麗な女の子がいました。片目に眼帯をつけていて、見えている瞳はキラキラと輝くサファイアみたいな色合いをしています。……見たことがない顔ですが。


 ……どういう状況なのでしょうか。ボクはたしかあのあと残虐な魔王に正義の行いを阻まれて、凄惨な拷問を……それから……。


 考えながら視線を巡らせると、どうにもボクはこの女の子に抱えられているようでした。


 いやほんとにどういう状況です? 誘拐?


 うーん……以前攫われてからガード堅くなりましたし、ご主人さまがそれを許すとは思いません。何より悪意があるような感じがしません。


 建物的にここって……なにかの施設でしょうか、同じ格好の人間が歩いているのがちらほらと見えます。思いっきり人目がありますし、悪事をするには不向きです。


 研究所という感じはしませんし、状況がまったくわかりませんね。


 とにかく情報収集です。彼女たち一行……銀髪の少女と、その従者っぽいエルフの少女。他には栗色の髪の元気そうな女の子と、黒髪の男の子。どういう関係なのでしょう、仲良さそうではあるのですけど。


 ひとまず勧めに従って移動すると、食堂らしき場所のテラス席へと案内されました。


 改めてみると年齢的に10代前半の子が多いです、やっぱり研究所とは違いそうです。西洋人風の見た目の人が多くて、服の系統も洋服寄り……フォーリッツの衣装に近いです。ただ様式が色々と違うので、同じ国とは判断できません。


 おとなしく観察していると、銀髪の少女の一行はお茶やお菓子を注文してから、ボクを見て話しはじめました。


「彼女、魅了系のギフトがあるみたいですね」

「フィニアにはわかるの?」

「当然です。日々ニコル様に魅了されてますから」

「その感知方法はどうなんだろう?」


 ……何やらただれた関係っぽい気配がしますけど、魅了系のギフトってなんでしょう。全く心当たりがありませんけど、ひどい言いがかりもあったものです。


 脳裏をよぎった『俺はソラに魅了されてるからな』なんて言ってたアホの発言を追い出し、彼女たちの様子を改めて観察します。エルフっぽい娘は見た目で判断できませんが、ほかは年齢的にボクと同い年くらいでしょうか。それほど幼くは見えないですし、20歳は超えてなさそうです。


「ああ、自己紹介がまだだったね。わたしはニコル。このラウム魔術学院の卒業生で、今は外部のお手伝いとして来てる。君の名前は……いや、その前に言葉はわかるかな?」


 観察していると、代表らしき少女――ニコルさんが笑顔を作って声をかけてきました。こちらからもコミュニケーションを取らないとまずいでしょう。姿勢を正して視線を合わせます。


「ボクはソラというのです。あの……失礼ですけどラウム魔術学院ってどの国にあるのでしょうか」


 ラウム魔術学院、当たり前のように言っているってことはそれなりに有名な施設なのでしょうか。学院ってことは学校ですね、周囲の人間の出で立ちや雰囲気も納得がいきました。


 それにしても聞いたことのない名前です。人名でしょうか、地名でしょうか。フォーリッツや隠れ里の周辺にはなかったはずです。


「あー、そういえば、召喚術の暴走でこっちに来たんだっけ」

「ニコルちゃん、ソラちゃんも魔神の一種ってことになるの?」

「異界から召喚した生物は全て魔神扱いだから、そうなるかな」

「えぇ……」


 何気ない質問だったのですが、予想以上の爆発物が返ってきました。召喚術の暴走? ってことはあれですか、異世界転生の次はまさか異世界召喚ですか?


 対象指定ミスってんじゃありません? ボクはチートの付属物であって本体じゃないのですよ。


 できれば同じ世界でありたいのですけど、もし別の世界だったらややこしさがリミットオーバーします。ボク生活能力ないんですよ、勘弁してほしいのです。


「凄く失礼なこと聞くけど、ひょっとして『人類滅べ』とか『人間ミナゴロシ』とか考えてないよね?」

「そんなロックな主義、ボクは持ち合わせていないのです」


 本当に失礼でしたね。そんなナマモノ呼び寄せる魔法で引っ張ってこられたんですかボクって。

 

「あ、ボクっ子だ」


 何か気になったみたいなニコルさんの反応にコケそうになります。いまそこ突っ込むところですか……!? リーダーっぽいですし、かなりしっかりしてるように見えるんですけど、この娘ってもしかしてボケ担当の方なのでしょうか。


「ひょっとしてソラちゃん、奴隷か何か?」

「あーー……」


 急に真剣になったニコルさんの表情。こっちでも奴隷制度があるみたいですね、リアラさんみたいな反応なので否定派っぽいですけど。なんて返答しましょう、正直に喋ったほうがいいでしょうか。


 でもなー、現状はなー、なんかなぁぁぁぁぁ。


「たいへん、なら解放してあげないと!」

「あー大丈夫なのです、"元"ですから」


 どうやら否定派らしい栗色の髪の娘が激憤しています。奴隷という制度に怒る人間を見るのが新鮮で、なんだか感慨深いものがありますね。


 嬉しいですけどあまり突っつかれたくないので流しておきましょう。


「何となく事情はわかったのです。帰る方法ってあるのでしょうか……ご主人さまが心配なのです」


 今のところ小康状態ですが、これ以上あいつのヤンデレが悪化したら監禁されかねません。あれでかなり感情的ですし、ボクが誘拐されたことに気付いて暴走しないか心配なのです。……あとで全部ボクの方にくるんですよね。


「うん? 元なのに"ご主人さま"?」

「色々あるのです」

「解放されてるんだよね?」

「そこは、はい」


 ニコルさん、よりによってそこに食いつきますか。いやなんというかほら飼い猫と飼い主みたいな、そういうアレです。この関係で名前呼びとか恋人みたいでうげーーーですし、ご主人さまって呼ぶのが一番しっくりきちゃうんですよね。


「わかった。召喚術とか全然専門じゃないけど、まずは調べてみよう」 

「協力感謝するのです。でも心当たりがあるんですか?」


 何やら少し考え込んだ後、ニコルさんは任せて言いたげに頷きました。


「困った時の神様頼みってね」

「……ものすっごい嫌な予感するんですけど」

「え?」

「いえ、ちょっと神様には海より深い恨み辛みがあるので……」

「それはちょっとって言わないと思う!? とにかく、帰すための手掛かりなんだから、攻撃とか仕掛けないでね?」

「ボクに攻撃力はないので大丈夫です」


 もしもボクをこんな目に合わせたチート大明神と同一の神性だった場合は攻撃しないとは言ってないのです。流石に神に無差別攻撃するほどロックな生き方していません。


「それじゃさっそく――」

「迷子のお知らせがございます。ストラールよりお越しのニコルさん、神様(笑)を名乗る白い子を保護しておりますので、至急事務室までお越しください」

「……目的地変更。事務室へ」

「……迷子放送?」


 突然聞こえてきた放送に首を傾げます。機械でしょうか、魔法でしょうか。ファンタジーっぽいですがボクたちの国よりよっぽど文化してます。


「一応、放送に出てた白いのも神様なんで」

「あー、名乗っても信じてもらえないやつですか。迷子扱いとは好感度高いですね」


 そういうパターンですねわかります。ボクもいくら本当のこと言っても信じてもらえないことが多いので理解できますよ。


 ご主人さまのことは別に好きでもなんでもないって言っても誰も信じやがらねーのです。何ででしょうか。


 まぁいいとして、迷子扱いされるあたりボクたちに関わってる神とは違いそうです。やつはもっと狡猾で残虐なはずです。仮に降臨したとして迷子なんて愛嬌をさらすわけがありません。


 移動しようという話になってからようやく、目の前に並べられた文明度の高いお菓子が目に入ります。


 ……うーん、現在日本に近い感じです。ここを逃せば食べられないかもしれません。なにより飢えと寒さは大嫌いなのです、食べ物を残すのは抵抗があります。


「どうかした?」


 お菓子をじっと見ていると、気付いたニコルさんに尋ねられました。


「あ、いえ、お菓子もったいないなって」


 持ち帰りとかできないですかね。できるならうちの猛獣コンビと分けるんですが。


「ああ、じゃあ食べてから行こうか。クラウド、先に行って足止めしてて?」

「俺かよ!?」

「今からガールズトークするのに、一緒にいる気?」


 気を使ってくれたのか、ニコルさんは一緒に居た男の子をパシリとして使う腹積もりを見せました。うん、この場で食べるしかないのなら仕方ないですね、あのふたりには黙っておきましょう。


 3対1は流石に勝てません。女同士の結束が大事なのですボクは女じゃないですが。


 それにしても可愛い顔して平然と男をパシらせるあたり、なかなかしたたかな娘ですね。


「いや、レイド様だって男だったじゃん」

「そこでそれを持ち出すかな」

「ん、男!?」


 なんて思ってたら予想外の言葉が飛び出してきて硬直します。男って、女装?


 いえ、過去形だったってことは万が一の場合お仲間? どうしましょう、気になる情報が増えました。うーんお菓子タイムの中で色々聞き出せたりするといいんですけど……うまくいくでしょうか。



 流れ的にうまくはいきませんでした。ガールズトークはどこでも変わらないのです。


「まったく失礼なんですよ! わたしは神だと言っているでしょう!?」

「はいはい、おとなしくしましょうねぇ」

「聞いてるんですか、まったく! ぺろぺろ」

「そこで飴舐めるから子ども扱いされるんだよ」


 お菓子を堪能したあと、ボクはニコルさんたちに案内され、事務室で神様カッコカリとご対面していました。


 確かにこれは(笑)です。信じてもらえないのも無理はありません。ただ不思議なことに人間じゃないことはわかるのです。これがハイエルフの感覚なのでしょうか。


 向こうじゃ超常存在と相見あいまみえる機会なんてなかったのでわかりません。


 それにしても……何でしょうね、かすかに感じるこの親近感。でも何かが決定的に相容れない気もする不思議。


「ああ、ニコルさん、ちょうどいい所に!」

「それはこっちのセリフ。ちょっと困ったことになってね」

「困ったことですか?」

「実は……」


 様子を見ているうちにニコルさんが話を進めてくれました。どこでも人におんぶにだっこな我が人生、悔恨はしません。できねぇことはできねぇのです。頼るべきところで頼っていきましょう。


「要は送還魔法を用意すればいいのですよ」

「そんな簡単にできるのですか?」

「問題は戻る人が自分で送還魔法を使わないといけないことくらいですかねぇ。その人が元居た次元とか、その人でないとわかりませんから」


 神様カッコカリさんは自信満々に言いますけど、それが出来たら苦労はしないって話です。


「うぅーん……魔力量ならともかく、難しい魔法の理論や行使は自信がないのです」

「そこはそれ、裏道はいくらでもあるのです。ここに外部タンクになるニコルさんもいますし」

「補助が受けられるのならなんとか……はぁ、ご主人さまがこの場にいれば話は簡単だったんですけど」


 どうやら補助は受けられるみたいで一安心です。魔法ならご主人さま、いれば簡単に解決するのにこういう時に居ないのです。


 少年漫画の師匠キャラじゃないんですから、もっと活躍して俺TUEEEEEEEしてくれてもいいのに。


 そんなわけで話がまとまったあと、ボクたちはニコルさんに案内されて"ボクが召喚された場所"まで戻ることになりました。


「ここに書かれている呪文を唱えてもらいます。文字は読めますか?」


 たどり着いた後、神様カッコカリさんが魔法陣を書きながらボクに本を手渡してきます。しげしげと開いてみれば……小難しいけど、なんとなくわかります。


「理解できますねなんとなくですけど」

「きっと転生による能力付与でも働いているのでしょう。それでは、詠唱を始めてください」

「……なるほど、複雑な気分です。でもわかったのです」


 一瞬だけ横目でチラリと神様カッコカリを伺います。やっぱり"転生"ってわかるんですね、見た目はともかく超常存在であることは間違いなさそうです。


 少しだけ警戒しながら呪文を唱え始めると、魔法陣が発光をはじめます。


 そして全ての詠唱が終わる頃には白熱灯みたいな光量に達していました。いや普通に眩しいんですけどこれ。


「ニコルさん、お菓子ありがとうでした、本当にお世話になったのです」


 眩しくて見えないけどうっすら影見えるし多分あのへんですよね?


「このお礼はいつか、もし出来る機会があればするので――」


 多分ご主人さまが。今は色々お世話になったお礼を言おうとして、発動直前になった魔法陣がより一層強い光を放ちました。


「うっ」


 思いっきり光が視界に入って、一瞬立ちくらみを起こします。よろめいたボクを誰かが支えてくれた気がしました。同時に軽い浮遊感を覚えたちょくご、視界を埋め尽くしていた暴力的な光は消え去りました。


 取り戻した視界にはボクを支えるニコルさんと木々生い茂る森の中。


「ど、どこだここぉ!」


 動揺して叫ぶニコルさんですが、ボクは視界に入った1本の樹木のおかげでそれどころではありません。樹木から枝葉まで真っピンクな樹。


 以前聞いた特徴と完全一致するそいつの名前はパラサイトウッド。


 女性冒険者が嫌うモンスター堂々の3位。大型哺乳類の雌を苗床にするやべぇやつです。


 まぁ植生的に隠れ里の近くっぽいですね。たぶん座標がちょっとずれて森の中に出たのでしょう。無事にもどってこれてよかったですね。ハハハハ。


 というわけで。


「ご主人さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 はやくたすけて役目でしょ!!

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エルフさんと英雄の娘 とりまる ひよこ。 @torimaru

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