治療期間
弱腰ペンギン
第1話
「二年ですね」
医者の言葉を聞いて、目の前が真っ白になった。
会社で倒れて、病院に運び込まれたと思ったら、治療まで二年かかるといわれた。
「二年、ですか?」
体の震えが止まらない。治療まで二年ということは、治るということ。
だから安心していいはずなのに、治療期間の長さに不安がぬぐえない。
「そうですよ。安心してください。ちゃんと治りますから」
医者はそういうと、つるりと禿げた自分の頭を叩いて。
「私の頭よりは希望がありますよ」
といって笑った。
医者の様子に、心からほっとした。
妻と娘を残して逝くわけにはいかなかったから。
「しかし、二年もどうやって?」
俺は治療着に着替えた後、病棟を案内されることになった。
医者から治療のために即時入院が必要だと言われたからだ。
「治療カプセルでの治療になります。ほら、あそこに見えるでしょう」
医者が指した方向には巨大な吹き抜けのある空間が現れた。
ぐるりと円形になった壁一面に、ハニカム構造の模様が描かれている。
壁の一つが光ると六角形の箱が壁から押し出され、あちこちで金属のアームが箱へ何か作業をしている様子が見える。
ずいぶんと近未来的な建物だな。
「ここが治療棟です。なにぶん特殊なものなので、難点は治療に必要な設備がここにしかないことと、時間がかかることですね」
箱の中へ金属のアームが伸びていく。中から少しやせた女の子がつまみ上げられていく。
「あ、あれは?」
アームがゆっくりと移動し、ベッドの上へと女の子を下げていく。
女の子は看護師らの手によってどこかへ運ばれていった。
「あれは状態が改善したので別の治療室に移されるところですね」
「なるほど」
「ここで治療を終えると次の治療へ。そうしてようやく完治しますが、時間がかかる」
「それが二年、と」
「その通りです。政府でも研究されていますので、治療にお金はかかりません。むしろ政府から支給されるほどですから、生活の心配はありませんよ」
「そ、そうですか。よかった!」
二年も治療を続けるということに不安があった。
即入院というからには働くことはできないだろう。妻と娘をどうやって養っていけばいいのか。それだけが気がかりだった。
「さっそくですがこちらへ」
医者に案内された先には壁から突き出た六角形の箱がある。
中を見ると黄金色の液体が入っていて、鼻につく薬剤のにおいと、はちみつの甘いにおいがかすかに香ってきた。
「ハチミツが、入ってるんですか?」
「えぇ。香りづけ程度ですが、治療によいことがわかっています。研究中ですから絶対とは言えませんが」
医者はそういうと壁をいじり始めた。小さなパネルを操作しているようだ。
「これで準備はOKです。治療を始めますので、服を着たまま中に入って寝てください」
医者に促されるまま片足を突っ込んだ。人肌に温められているようで、熱くもなく冷たくもない、不思議な液体だ。
箱の中に横たわると。
「それではふたを閉めますね」
医者が壁のパネルを操作すると、薄いガラス状の蓋が閉じていく。
なんだか眠くなってきた。ハチミツに麻酔作用でもあるのだろうか。あぁ、気分がよい。
「これでおしまいか。全く、人間とは面倒な奴だな」
箱の前で男たちが二人、話している。
片方は青い肌で、額から角が一本生えている。
片方の肌は赤く、角が左右の耳の上あたりから一本ずつ生えている。
「なんだってこんな面倒な手続きをしなきゃならないんだ」
青い肌の男が禿げた頭をなでながらため息をついた。
「上の人が言っていただろう。ストレスを減らすと旨くなる」
赤い肌の男は笑うと、青い肌の男の肩を叩いた。
二人は箱が壁に収納されるのを見届けると施設を歩き出した。
「にしてもなんで俺が医者に見えるかね。人間たちには角がある医者が多いのか?」
「わからんな。そういうものだって聞いている」
「そうか……しかし、なんだって最近はこう、ひっきりなしにやってくるんだ?」
「あぁ、なんでも人間界が平和になったかららしいぞ」
「平和になったのに、どうして落ちてくるやつが増えるんだ?」
「暇になると、嫁と子供に暴力ふるって殺すような外道が増えるんだとよ」
「はぁ、人間ってやつは業が深いなぁ」
「俺たちがうまい飯にありつけるんだからいいことだろ?」
「そう考えると、平和が一番だな」
「まったくだ」
治療期間 弱腰ペンギン @kuwentorow
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます