ただ、物を語りたくて

羊毛と緑

にわか仕込みの月暈

 薄雲に投影された月光は虹の環を作り出す。

 そこに物語が与えられているのかは、空を仰いだ人にゆだねられる。その傍らで物語になりきれない幾多の生命活動が脈を打つ。衝動を目にした狼は遠吠えを響かせ、自然界に向け本能をむき出しにした。自らの内に海を持つサボテンは次の雨を心待ちにし、空を行く鳥に恋をする。


 彼女の瞳はその光を取り込むことで何を映すのだろうか。ぼくはそれが気になって、時計の時針が十二時を超えてもなお空を見続けている。


 ぼくの勝手な妄想を彼女に押し付けてしまえば、まず彼女は静かな寝息を立てて、虹の環が空気に触れあうことで生まれた粒子を吸い込む。すると粒子は彼女の脳内をめぐり、彼女に夢を見せる。


 目が覚めて、昼間の活動を終えた彼女は疲れた足で帰路につき、ふとしたときに空を見上げる。このときの彼女は昨晩の夢のことなんかはすっかり忘れてしまっているのだけど、自らがどう動いたのかを覚えている心はそっと彼女に言葉を授けるんだ。


「あの月は、ふと気が向いた時に黄色い光をこぼしてくれる。そして、この空で呑気にしている雲は月光をいっぱいに受け、生命にとっての慈雨を降らせるの。草木は育ち、ヤギは喉を潤して、鳥は羽についた汚れを洗い流す。この生命の循環は、甘い蜜を生み出すはずだわ」


 抽象的なイメージは、彼女という存在を通して形を与えられる。ここまでくれば後は彼女の単純な行動様式をたどれば終わりで、きっと次の日の朝食には、甘い蜜がたっぷりかかったトーストを幸せそうに食べているだろう。

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