激闘! 弱小相撲部 ~オラ優勝するでゴワス!~

関口 ジュリエッタ

第1話 激闘! 弱者対強者

 夏の猛暑もうしょに都内で一番大きい館内であるスポーツが行われていた。

 そのスポーツとはのことである。

 相撲は空手と同じく古くから伝わる日本古来の武道で、力自慢の者同士が土俵に立ち、全力で力と力をぶつけ合うスポーツでもある。

 そして今、学生相撲の全国大会が開かれていた。しかも決勝戦。

 決勝戦の対戦校は、毎年優勝している強豪校の金剛こんごう高校だ。その中、今年で三年生最後の選手、犬坂強史郎いぬざかきょうしろうは今まで試合で負けたことがない無敗のエースだった。だが、彼は今年で三年を迎えるため、この大会が最後となる。

 そのため、今回の犬坂の意気込みはいつもとは違う。激しい闘争心を宿した鬼神きじんと言ってもおかしくない。

 一方、犬坂の対戦校はまさかのであった。

 その高校は小堺こさかい高校という。

 相撲部員の見た目は、はっきりいって余り体格はなく、筋肉の付きも余り良くなはない部員達だらけで、弱小相撲部と言われ続けていたが、今年期待の一年生が入って来た。

 その相撲部員の名は猿渡権左さるわたりごんざといい、がたいも人よりも大きく筋肉質のある男。

 だが、強靱である犬坂と比べたら月とッスポン。オマケに容姿も違う。

 犬坂は相撲界の王子様と呼ばれており。体格の割に力強い男らしい目つきで顔もととのっているイケメンだ。

 猿渡の方は、はっきり言って豚が人間に変わったと言えばわかりやすい。

 でも、そんな猿渡は個人戦で見事、他の強豪高の相撲部員達を打ち破ってきたのだ。

 そんな期待のルーキーと優勝候補の犬坂が、今、土俵に昇る。

 お互い近づきにらみ合う。

 紋付羽織袴もんつきはおりはかまの審判が軍配ぐんばいを大きく振り下げてかけ声とともに決勝戦が始まった。

 

 最初に仕掛けたのは猿渡だった。


「これでも喰らえでゴワス」


 強烈な張り手を犬坂の頬に叩き付けた。だが、何もなかったかのようにピンピンしている。


「……おいおい今のはなんだ? それに語尾にゴワスって何だよ」


 まるで効いてないように仁王立ちをしている犬坂にもう一度、今度は連続の鋭く重い突っ張りを打ち付ける。

 ドスンドスン、と地響ぢひびきが鳴り響くような強烈な音が館内全土に響き渡る。

 どんなに力に自慢がある犬坂でも、この強烈な張り手には我慢できない、と猿渡は思っていたが、それがただの夢だと知ってしまう。


(あれ? 一歩も動いてない……でゴワス)


 なんと、連続で猿渡が張り手を打ち込んでいるハズなのに犬坂は微動だもしないで突っ立ている。

 猿渡は稽古けいこはしらを打っている感覚になっていた。

 これが無敗の強者。段々遠い壁のような人物だと陥って、打っている力が弱回ってきた。


「もう、おしまいかよ……弱小相撲部に化け物がいると噂されていた人物が、こんなにも小物だったとは……つまらん」


 あまりのバカにされた言い方に、猿渡の眉間みけんに青筋が入る。このまま投げに持ち込もうとしたときに、悲劇が起きた。

 バチィィィンッと館内に鳴り響く激しい音と揺れが起こる。

 猿渡は時速、百キロで回る遊園地のコーヒーカップに乗っているような脳震盪のうしんとうを起こしてしまう。


「どうした、どうした? 目が泳いでいるぞ、たった一発の張り手で脳震盪を起こすなんて、俺の相手にならないな」


 犬坂の強烈な張り手で、猿渡はかなり脳のダメージを負ってしまった。


「まだ……だ、まだやれるでゴワス……」


 猿渡は千鳥足になりながら突っ張りを続ける。


「いい加減にしろ!」


 ダイヤモンド級の手が大きく顔面を捉え、すぐさま猿渡のまわしを掴みそのまま土俵の外へ投げ飛ばそうとしたとき、衝撃的なことが起きた。

 なんと猿渡が投げ飛ばされないように、とその場で耐えていた。続けて何度も投げ飛ばそうとするが、ビクともしない。

 何が起きているのか犬坂の頭では混乱が渦巻中、猿渡がかすれた声で呟いた。


「やっと……きた」

「なんだ――ッ!?」


 急に身体を振り払い、強烈な張り手の一撃を与えた。

 今まで味わったことがない強烈な衝撃が犬坂の身体全身に伝わってくる。

 足の感覚が無いまま猿渡は間髪入れずに、今までとは比べものにならないほどの素早い張り手を何発も犬坂に降り注ぐ。

 観客達は異様な光景に口をあんぐりと開けてしまう。特に金剛高校の相撲部員達は、まるで悪夢が現実に起きたかのような表情をしている。

 どんどん土俵の端まで追い込まれていく犬坂は負けじと根性で猿渡の顔面に強烈な張り手を返した。

 一瞬ひるむ姿に犬坂はニヤリと笑ったが、すぐさま猿渡が持ち直す姿に驚き戸惑う。


「何なんだ、急に何が起きたって言うんだ!?」


 周りの連中が化け物呼ばわりしていたことがよくわかる。今まで犬坂の張り手や突っ張りに耐えた奴なんて一人もいなかった。

 すると猿渡は口を開けて独り言のように喋りだした。


だよ」

「……エンドルフィン……だと!?」


 エンドルフィンとは脳内で機能する神経伝達物質の一つで麻薬でいうモルヒネと同様作用があると言われているため、エンドルフィンは脳内麻薬とも言われている。

これが脳内に分泌されると今まで以上の身体能力が一時的に得られるのだ。

 このエンドルフィンのおかげで猿渡は犬坂と同等の力で勝負ができる。


「悪いが、この状態の俺は天下無敵だ。今すぐ決着を付けてやる!」

「おもしれ~。やってやるよ(ていうか、語尾のゴワスが抜けているぞ……)」


 お互い腰を落とし、物凄いスピードで互いの懐に入り、激しい突っ張りを相手の身体にぶつけ合いを始めた。

 お互いその場で一歩も引かない大激闘。それに続き場内も激しい大歓声が響き渡る。

 場外に近い犬坂は一見不利だが、負けじとその場で喰いとどまる。

 突っ張り合いが十分も過ぎた瞬間、犬坂が徐々に土俵から追い出されそうになり、段々手数も少なく動きが鈍くなった瞬間、勝敗が決まった。

 犬坂の廻しを握り絞め、そのまま自分の体重に任せて場外に放り投げ飛ばした。

 勢いよく投げ飛ばされた犬坂は、そのまま円弧を描いて地面に叩きつけられる。

 その一瞬、場内は静寂せいじゃくを包んだが、やがて館内に漏れるほどの大歓声が響き渡った。

 まさかの大どんでん返し。弱小相撲部が強豪相撲部に勝った奇跡の瞬間。

 犬坂は再度土俵に立ち、笑顔で猿渡に手を差し出す。


「まさか、俺が負けるとはな……参った。あと二年遅く生まれていれば、お前と大会で沢山戦えていたのにな」

「わたしもこんな強い先輩と戦えて嬉しかっでゴワス」

「ゴワスって……まあ、いいや。――それと俺に勝ったんだから他の奴らに負けたら承知しないからな!」

「わかっているでごわす!」


 差し出された手を強く、暖かく握り絞める。友情の握手だ。


「次、お前と戦うときはプロの土俵だ。先に横綱として待っているぞ

「すぐ横綱から引きずり下ろして見せるでゴワスよ」


 こうして激闘の試合は幕を閉じるのであった。


 後日。スポーツ新聞で、大々的に昨日の熱く燃える学生相撲試合が取り上げられ、猿渡の高校の知名度が上がり、相撲部も数え切れないほどの入部希望者が殺到するのであった。

 

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激闘! 弱小相撲部 ~オラ優勝するでゴワス!~ 関口 ジュリエッタ @sekiguchi

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