50. 会談に向かうオーガキング

(宰相視点)


 ついにオーガキングをボルダール伯爵領に来させることに成功した。今まで何度もボルダール伯爵領での会談を呼び掛けたのだが、会談の相手が国王でなく宰相の俺だと言う事を理由に応じて来なかった。俺が会談の相手なら出席するのはジョンとか言う代行官で十分という理由だ。だがこれは予測していたことだ。アルトン山脈から西のボルダール伯爵領に出てくれば命が危ないと分かっているのだろう。


 だが、オーガキングには思わぬ弱点があった様だ。奴は愚かなほど国民を大切にする。いや、今回の事で分かった。国民を大切にしているだけではない、奴は自分を頼って来るものを見捨てることが出来ないのだ。カールトン男爵領の農民達など王としては見捨てるべきだ。王としての素質に著しく欠けている。もっともカールトン男爵領を見捨てた場合は、カールトン男爵領の反乱は魔族の国が画策したものだとして、国境まで軍を進める気だった。国民を大切にしているオーガキングだ、戦争を回避するためなら会談に応じるだろうからな。そしてこちらも会談には俺だけでなく国王が出席する。これなら相手が宰相の俺だと言う理由でジョンに任すこともできない。


 もっとも会談に出席する国王は影武者だ。臆病な国王がオーガとの会談への出席を承諾するはずがない。俺が王の影武者と一緒に会談に赴いている間は隠し部屋に閉じこもってもらうことになっている。


 そして、いよいよ俺と影武者が城を出発する日が来た。俺は出発前の挨拶に隠し部屋に居る王を尋ねた。この隠し部屋はこの城が建てられた時に作られたもので、城の地下にある広大な部屋だ。出入口は王の居室にしかなく、巧妙に壁の一部として隠されている。この部屋の存在を知っているのは国王と俺だけだ。


「国王様、これよりボルダール伯爵領に向けて出発いたします。私が不在の間は決してこの部屋からお出になりませんようお願いしたします。身の回りのお世話は係の者がさせていただきますので。女も十分に用意しておりますのでご退屈しのぎにお使い下さい。」


「ふん、全くオーガの機嫌を取るために国王の俺がこんなところに隠れなければならないとは情けない。こんなことは2度と無いようにしてもらいたいものだな。」


「まことに申し訳ありません。すべては私の不徳の致すところでございます。」


「それにしても、俺がここまでするのだ。成果を上げられなかったら唯ではすまさんぞ。」


「お任せください。それと、ソフィリアーヌ様についてとって置きの情報を入手いたしました。」


「ほう、クーデター計画を潰した今、ソフィリアーヌなどどうでも良いが、一応聞かせてもらおうか。」


「はい、内密な話なのでお耳を拝借いたします。」


と言って俺は王に近づいた。王は、「この部屋には俺達以外にはだれもいないぞ」と言いながらも、全く警戒することなく俺の接近を許す。そして、王の耳元に顔を近づけた俺は隠し持っていたナイフを心臓目掛けて突き立てた。王は驚愕に目を見開いたが一言も発することができないまま床に崩れ落ちた。俺は王が死んだことを確認すると、そのまま隠し部屋を出る。この部屋の存在は王と俺しか知らないし、仮に出入口の隠し扉が見つけられたとしても鍵が無ければ決して開かない。王の死体は戻ってからゆっくり処分すれば良い。


 そのまま俺は王の影武者と一緒にボルダール伯爵領へ向かう。1,000人を超える魔法兵を引き連れてだ。今望み得る最強の兵団だ。俺は王の周りに俺の部下以外が近づかない様に注意しながら同行する。影武者は面立ちが似ているとはいえ、王をよく知っているものが見れば偽物と見破られる恐れがある。最も普段王に媚び諂っている奴らほど怖がって魔族の国に付いて来ようとはしないから好都合だ。





(トーマス視点)


 アルトン山脈を越えて城まで到着したオーガキング一行を迎える。オーガキングには護衛としてオーガの兵士100名が同行している。数は少ないが、オーガの兵士はひとりで人間の兵士数十人に対抗できる。人間の国の国王がどれだけの兵士を引き連れて来るか分からないが、数千人までは対等に戦えるだろう。味方としては心強い限りだ。


 人間の国との王同士の交渉はこの城で行うわけでは無い。流石に魔族の国の城に入るのは警戒しているのか、交渉は人間の国との国境に近い平原で行うことになっている。


「ジョン、だいこうかんのしごと、よくやっている。おれ、うれしい。ありがとう。」


とオーガキングが言い、ジョンがオーガキングにこの直轄領の状況を改めて報告する。ここがオーガキングの直轄領になるまで、オーガキングは領地を持っておらず、辛うじて王都がオーガキングの直轄地と呼べる状態だったらしい。というのもオーガキングは魔族全体の王に成った時点でオーガの族長の地位を別のオーガに譲ったからだ。


 旧ボルダール領が魔族の国に移譲されることになった時、一番問題だったのは人口の多さと情報の欠如だった。なにせ魔族全体の人口より、この領に住む人間の人口の方が多いのだ。いきなり移譲されたから、この領の状況も正確には分からない中での不安なスタートだったが、蓋を開けてみれば、この領の人口のほとんどを占める農民からの税は3割で十分だった。この領は人間の国と接していて、かつアルトン山脈の西にあるから防衛には他の領より力を入れなければならない。人間の国からの最初の防衛ラインとなることがオーガキングからこの領に課せられた役目だ。そのため、領内には沢山の魔族や人間の兵士がいる。それらの兵を養った上で3割なのだ、いかにボルダール伯爵をはじめとする貴族達が税を浪費していたかが分かると言う物だ。


 それと住民への身分証の発行もあと少しで完了するところまで来ている。当初の予定では1年かかると思われたが、半年も経つと職員の中にも魔族語を話せる者が出て来て、それらの職員を通訳として、身分証発行の業務に参加してもらうラミアのチームを増やすことが出来たからだ。


 ここまでは何とかやって来ることができた、俺としても手を掛けたこの領を戦争に巻き込みたくない。交渉がうまく運ぶようにと祈るだけだ。


 オーガキングはカールトン男爵領からこの城に避難している農民達にも面会した。人間の国との交渉が纏まるまで農民達がこの城に避難してくるのを許可したのだが、ほぼ全員がやって来た。なにせカールトン男爵領に残っていれば全員が処刑される可能性がある。


「しんぱいない、かーるとんだんしゃくりょう、かいとる。おまえたち、すぐに、いえに、かえれる。」


農民達はオーガキングに声を掛けてもらえるとは思ってなかったようで、大いに感激していた。しかも自分達のためにカールトン男爵領を人間の国から買い取ってくれると言うのだ。泣いている者もいる。


 その後、俺はオーガキングと共に城を出て人間の国との国境に向かう。ジョンは城で留守番だ。人間の国との交渉がうまく行くことを祈ってはいるが、万が一の時、軍の指揮をする人間が同じ場所にいてふたりとも戦死したら指揮者が居ない軍は総崩れになる。ジョンが同行しないのは万が一の用心だ。


 交渉の場所は人間の国の王の指定で国境に近い平原となっている。何もこんな殺風景なところで王同士の交渉を行わなくても、城までくれば遥かに快適な状態で話が出来るだろうにと思うが仕方がない。目的の場所まで来ると運んできた大型のテントを組み立てる。ここが会談の場所になる。王同士が対面するには不釣り合いの質素な場所だ。


 会談の準備が終わると、俺とオーガキングはテントの中で椅子に座って人間の国の国王が来るのを待つ。護衛のオーガの兵士達はテントの外だ。流石に巨大なテントとはいえ、オーガが何人も入るには狭い。それに人間の国の国王の警戒心を解く目的もある。人間の国の兵士は何人でもこのテントの中に連れて来て良いと言うつもりだ。



 人間の国に放った間者からの情報では、王が引き連れて来た兵士の数は軽く1万人を超え、恐らく数万人だろうとのことだ。まるで戦争を始めるつもりの様な数だ。勿論こちらもそれに対抗できるだけの兵士を城に集めてある。間者といっても俺が送り出したのは元低級冒険者達で荒事には向かない。送り出すときにも、「決して危険なことはするな」と言ってある。兵士の数に幅があるのは、正確な情報を得るには危険を冒す必要があるからだが、それでもありがたい情報だ。


 しばらく待つと人間の国の国王の一行が見えた旨報告が入った。いよいよだ。交渉がうまく行くようにと祈ってから、オーガキングは出迎えの為にテントを出て、10人程度の部下を引き連れて人間の国の国王一行を待ち構える。俺もオーガキングと共に人間の国の一行を待つ。人間の国の国王の一行はざっと見て300人くらいで、思っていたより小規模だ。恐らく残りの兵士達は国境近くで待機しているのだろう。


「にんげんのくにの、こくおう。よくきてくれた。おれはマルシ、まぞくのおうだ。にんげんのくにのおうを、かんげいする。」


一行が近づくと、オーガキングが大きな声で人間の国の王に話しかけた。その声が聞こえたからか王の一行がその場で停止し、豪華な馬車から中年の男が降り立ちこちらに歩いて来る。周りの兵士達が一斉に跪く。豪華な衣装と自信に満ちた顔、周りの兵士達の態度から、こいつが人間の国の王かと考えたが、どうやら勘違いだった様だ。


「魔族の国の王にご挨拶申し上げる。私は人間の国の宰相、ギランと申すもの...」


俺達に近づいた男がオーガキングに頭を下げながら挨拶を始めた時、突然閃光と轟音が辺りを包んだ。視線を向けるとなんとギランと名乗った人物が乗っていた馬車が一瞬で燃え上がっていた。ギランが馬車を振り返り、


「国王様!!!」


と叫んで馬車の方向に駆け出す。何が起こったのか分からないが、もし人間の国の王もあの馬車に乗っていたのならば大変なことだ。馬車は巨大な炎を上げて燃えている、中に居たのなら助からないだろう。


「罠だ! 国王様が魔族に殺された! 」


とギランが大声で叫んでいるのが聞こえた。何だと!? あれを俺達がやったと言うのか? とんでもない濡れ衣だ! だが反論する間もなくギランが兵士達に命令する。


「退却! 退却だ! 本体に合流して国王様の仇を取るぞ!」


途端に人間の兵士達は弾かれたように元来た方向に走り出す。ギランだけが馬車の傍に残ってこちらを睨んでいる。


「まて! おれたちは、なにもしていない!」


とオーガキングが大声で制するがだれの耳にも届かない。オーガキングはあわてたようにギランに近づきながら呼び掛けた。


「まってくれ、ギラン! これ、おれたちのせい、ちがう。はんにん、べつに....」


だが、オーガキングの声が途中で途切れる。突然巨大な雷がオーガキングに降り注いだのだ。轟音と閃光が再び辺りを満たす。おれは眩しさに目を瞑り、再び目を開けた時、オーガキングの身体中から煙が立ち上っていた。身体中が黒焦げになっている。俺が叫び声を上げる間も無く、オーガキングの身体がドッという音と共に地面に倒れた。見なくても分かる、既に息はない。


「「「「「マルシ様!!!」」」」」


と叫ぶオーガ達と共にオーガキングの元に走り寄りながら俺は見た。ギランが満面の笑みをたたえてオーガキングの遺体を見ている!


 こいつだ! こいつの仕業だ。おれはその顔を見て確信した。どうすればあんなことが出来るのかなんて分からない。だが間違いない。


「そいつだ、そいつがオーガキングをやったんだ。捕まえろ!」


とオーガの兵士達に向かって叫ぶが反応はない。慌てて人間の言葉を使っていた。だが一瞬遅れて、オーガの兵士達はギランに向かって走りだす。おそらく俺と同じように感じたのだろう。


「お前がやったのか!」


と叫びながら、ひとりのオーガがギランに迫るが次の瞬間、彼の上に雷が落ちた。オーガキングと同じだ。もう間違いない。こいつが犯人だ。


 その後もオーガの兵士達が次々に雷にやられる。俺は今度こそ魔族語で「退却!」と叫ぶが、だれも反応しない。皆怒りで我を忘れている。不味い...このままでは全滅だ。


 だが、次の瞬間、俺は自分の目を疑った。ギランの身体が宙に浮いたのだ。そしてそのまま国境の方向に飛び去ってゆく。人が空を飛ぶだと!? あいつは何なんだ? 本当に人間か?


 その後、テントの後方にいた残りのオーガ達が駆けつけてきたが、既にオーガキングは亡くなり、ギランは飛び去った後だ。俺達はなす術もなく立ち尽くしていたが、その内にひとりのオーガが俺に言った。


「参謀、城に戻りましょう。皆に知らせなくては...。」


 その言葉を聞いて我に返る。そうだ、おれはこの領の参謀なのだ、危機に陥った時こそ参謀としての力を発揮する時なのだ。考えろ、考えるんだ。オーガキングが作り上げたこの素晴らしい国を滅ぼしてはならない。幸いオーガキングは後継者を指名している。人間であるソフィリアーヌ様が後継者と聞いた時には驚いたが、不思議なことに魔族の族長達は全員それで納得しているらしい。ならば、ソフィリアーヌ様の元に結束して人間の国に対抗するまでだ。


 オーガキングを始め雷の犠牲となったオーガ達の遺体を、オーガの兵士に担いでもらい城に戻ると、予想通り大騒ぎとなった。ジョンなど、オーガキングの遺体の前で膝から崩れ落ちた。誰もが、オーガキングの死というとてつもない出来事に、ショックを受け涙を流す。大声で叫び出す奴も沢山いる。おれはショックで茫然として座り込んでいるジョンに歩み寄ると、その頬を思いっきりひっぱたいた。


「しっかりしろ! お前はオーガキングの代行官だ! 今こそお前の指示が必要なんだ。敵は国境にいる。愚図愚図しているとあっと言う間に攻め込まれるぞ! オーガキングが作り上げたこの国を亡ぼすな!」


そう言うと、虚ろだったジョンの顔が引き締まる。


「すまん。その通りだ。」


と返したジョンは、すぐに兵士の隊長達を呼び寄せ、てきぱきと指示をする。兵士達の部隊が、国境の見張りに、領内の各地への伝令に、戦闘の準備にと散ってゆく。兵士でない者達もそれぞれが自分達に出来ることをしに動き出す。


「さっきはすまん。」


しばらくして、ジョンが話しかけて来る。


「いや、俺こそすまん。俺だって目の前でオーガキングが倒れた時は同じ様なものだったさ。とにかく今問題なのは人間の国への対応だ。オーガキングを殺したのは宰相のギランに間違いない。ひょっとしたら人間の国の王を殺したのも奴かもしれん。」


「しかし、人間の国の宰相がオーガキングを殺そうとするのはまだ理解できるが、自分の国の国王を殺す理由が分からんが...。」


「おいおい、上の方で権力争いをしている奴等なんてなにを考えているか分からんぞ。噂では人間の国の政治を実質的に取り仕切っているのは宰相らしい。ひょっとしたら国王を殺して自分が王になるつもりだとか。」


「いやな話だな。あり得ないと否定できないのが悲しいところだ。」


「それよりソフィリアーヌ様にはお知らせしたのだろう。なんとおっしゃっていたんだ。」


「族長達と相談する時間が欲しいらしい。今日中には対応を決定するとおっしゃっていた。」


「驚かれただろうな...。ソフィリアーヌ様はまだお若い、大丈夫かな...。」


「心配ない。最初こそ驚かれた様だが、すぐに質問攻めにあったよ、それも状況を分析するのに的確な質問ばかりだった。意外なほどしっかりされている、流石は王族と感心したものさ。普段は気弱そうに振舞っておられても、いざ事が起きれば指導力を発揮されそうだ。」


 俺はソフィリアーヌ様がライルと戦われた時の光景を思い出した。あのライルを一瞬で倒した強さはただ事ではない。宰相がソフィリアーヌ様を唯の小娘と舐めているなら好都合だ、痛い目に合わせてやる。

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