20. 山賊に襲われるソフィア達

(ソフィア視点)


 初めての料理! 緊張して指がうまく動かず、いびつな切り方になってしまった。ケイトさんが皮を剥いたものと雲泥の差だが、だれからも文句は出なかった。私とケイトさんが野菜を向いている間に、カラシンさんとマイケルさんはテントを張り、焚火を起し、湧き水を組んできてくれる。後は鍋を火にかけ水が沸騰したら野菜と肉を入れて煮込むらしい。出来上がった物を味見すると、村長さんの家で食べていた料理より一味落ちる。でも、初めて自分で作った料理だ、その感激が味を引き上げている気がする。何より、ここには私達4人だけだ。村長さんの家には私達以外にも沢山の人がいたから食事の時は常に緊張していた。リラックスして食べる料理は良いものだと知った。今度村に帰るときには、今朝見て来た家が私達4人の住むところになるらしい。毎日4人だけの食事ができる! それを考えると思わずほほが緩む。そうだ、そのためにもケイトさんにはいっぱい料理を教えてもらおう。


 食事が終わると皆の昔話が始まった。カラシンさんとケイトさんは姉弟で同じ孤児院で育ったらしい。ええっと、姉弟というのは同じ親から生まれた子供だったよね。孤児院について質問すると、親の居ない子供が送られるところだと返事が返って来た。孤児院では子供に食べさせるので精一杯で、教育なんかとてもじゃないが手が回らない。だから子供達が大きくなってもろくな仕事に就けない。その中では冒険者に成れたというのは恵まれている方だと言う。なにせ、冒険者は実力次第でたくさんの金が稼げるのだ。孤児にとっては唯一夢が見られる仕事だそうだ。


「もっとも現実は厳しいけどね。」


とケイトさんが言う。


「本当に金が稼げる冒険者なんてほんの一握りよ。まあ、私達でも他の仕事に就いた孤児院の仲間よりは稼いでいるけれど、命懸けだし、長く続けられる仕事ではないしね...。やっぱり教育は大事よね。読み書きと計算が出来るだけでも、何か他の良い仕事に付けたかもしれないわ。」


 親がいないという点では私もケイトさんやカラシンさんと同じだ、もっとも私には精霊のお母さんがいた。読み書きや計算も一応できる。ずいぶん恵まれていたんだなと実感した。お母さん、今頃何をしているのかな? お母さんに人間の社会に行けと言われたときは見捨てられたと感じたけれど、ひょっとしたら本当に私の将来を考えてくれたんだろうか...。


 ケイトさんとカラシンさんの次はマイケルさんの話になる。マイケルさんは以前聞いた通り、薬師の家に生まれたそうだ。5人兄弟の長男だったらしい。


「生まれつき身体が大きかったこともあって、ガキ大将だったんス。遊んでばかりいてちっとも勉強しなかったから、親父には叱られてばっかりいたっス。その内に冒険者にあこがれて、親父に薬師なんか嫌だ、冒険者に成るんだと宣言したんス。そりゃ、怒られましたっス。稼業を継がないつもりかって。でも本当は自分で分かっていたんスよ、俺では薬師は無理だって、親父が読んでいる難しい本なんか見るだけで頭が痛くなったっスからね。こんな俺が後を継ぐより、頭のいい弟が継いだ方が良いと考えて家を飛び出したっス。15歳の時ス。それから冒険者になって、ケイトさんとカラシンさんのチームに入れてもらったわけっス。」


「マイケルが入ってくれて私達も助かったわ。やっぱりふたりだけでは受けられない依頼も多いからね。」


「もっともケイトが受けて来る依頼は危ないものが多いけどな。強気すぎるんだよ。いつかの狼退治の時なんか...」


とカラシンさんが言いかけるのをケイトさんが遮る。


「スト~~プ、あの時は悪かったって。まさかあんなに大群で来るとは思ってなかったのよ。どおりで報酬がよかったはずよ。反省してるって。」


どうやら、昔何かあった様だ。でもカラシンさんもケイトさんを非難しているというよりは、からかっているという感じだし。仲は悪くなさそうだ。


 次は私の番かなと思って口を開いた。


「わたし、あかちゃんのとき...」


と言いかけたのだが、どういうわけかカラシンさんが慌てたように口を挟んだ、


「ソフィア、別に無理にいわなくても...」


その時、突然殺気を感知した。咄嗟に防御結界を周りに展開する。しばらくして飛んできた数本の矢が結界に弾かれる。ケイトさん、カラシンさん、マイケルさんの3人も即座に武器を取って戦闘体制に入った。


「けっかいをはった。や、きてもだいじょうぶ。」


と言うと3人が頷く。だが暗くて襲撃者の姿は見えない。どこから狙われているのか分からないという恐怖が私達に襲い掛かる。逆に焚火の傍にいる私達は襲撃者からは丸見えのはずだ。私は焚火に手を翳し一気に冷却して炎を消した。一瞬にして周りを暗闇が覆う。


「いまのうちに、いどうする」


と言うと、3人から承諾の返事が返ってくる。バラバラにならない様に手を繋ぎあってケイトさんを先頭に手探りで草むらの中に入り込む。これで条件は対等になったはずだ。 


「ソフィア、探査魔法で敵を調べられるか?」


とカラシンさんが囁く、そうだよ、その手があった。しっかりしろ私!


「できる」


と答えて探査魔法を発動する。


「てき、にんげん10にん、かこまれてる」


と探査魔法の結果をカラシンさんに知らせる。敵の位置は分かったが、攻撃するのにファイヤーボールみたいに光る魔法を使ったら、私達の居る場所が敵に分かってしまう。攻撃の瞬間は防御結界も解除する必要があるから、こちらの攻撃と同時に攻撃されたら危険だ。光を発しない魔法、もしくは10人を同時に攻撃出来る魔法を使うんだ。


 同時に攻撃と考えて真っ先に思い浮かんだのは、村を襲ったオーガふたりを一瞬で倒したお母さんの雷魔法だ。あれほど強力な魔法は無理だが、雷魔法なら同時攻撃は可能だ。でもあんまり分散すると身体が一瞬痺れる程度で終わってしまうかもしれない。全力で行かないと...。


「カラシン、にんげんをころす、よい?」


オーガを倒した時には何も言われなかったが、今回の相手は人間だ。同族を殺したら怒られるかもしれないと思い確認すると、しばらく間があってから、「構わない」と返事があった。だったらやるだけだ。だが、


「待って、どうするつもり?」


とケイトさんが囁いて来た。


「かみなりまほう、つかう」


「ひとりで全部やろうとしてはダメよ。私達も協力するわ。」


それはありがたい、さすがに10人を一度に攻撃するのは難しいと思っていたんだ。それから4人で攻撃の段取りを相談した。


 まず、私が上空に光魔法の光球を打ち上げる。一瞬にして辺りは昼間の様に明るくなった。打ち上げる瞬間には防御結界を解いたが、すぐに張りなおしたので問題なしだ。周りが明るくなると敵の姿も確認できた。全員が弓矢で武装している。敵の位置を確認すると、すぐにケイトさんが矢を放つ。私はケイトさんが矢を放つ間だけ、結界を歪めてケイトさんの前面の結界に穴を開け、矢が通過するとすぐに閉じる。


 ケイトさんの矢は見事にすぐ近くにいた敵の額に突き刺さった。次の瞬間、周り中から矢が飛んで来るがすべて結界に弾かれる。


「次はあの3人よ、いいわね!」


とケイトさんが大きな声で指示する。


「いくわよ、3...2...1...今よ!」


 今度はケイトさんの矢での攻撃に、カラシンさんのファイヤーボール、マイケルさんの投げナイフが加わる。どれも相手を一撃で仕留めた様だ。私は防御結界の操作係なので攻撃はしていない。3人が攻撃するときに結界に穴を開けるのが役目だ。


「次はあっちよ、カラシン、ぐずぐずしないで詠唱しなさい。」


「いいわね、せーの...はい!」


ケイトさんの合図で結界に穴を開けると、今度も見事に敵を3人倒した。残りは3人。だが残りの敵は悲鳴を上げながら逃げ出した。全員がケイトさんに注目するが、ケイトさんが首を横に振ると攻撃態勢を解いた。


「ソフィアの結界のおかげで何とかなったわね。」


とケイトさんが言う。


「ちょっと可哀そうでしたけどね。敵の攻撃はすべて結界に防がれるのに、俺達の攻撃だけは通過するんですから。」


「いきなり夜襲してくる奴等に同情する必要はないさ。奴等もこれで懲りたろう。」


「山賊の噂は本当だったんですね。」


「そうね、山賊兼農民だけど。」


と、敵の死体を調べていたケイトさんが言う。それからケイトさんは自分の荷物をまさぐっていたが、何かを持って死体のひとつに向かって引き返した。


「ソフィア、悪いけど、これを使わせてもらうわね。」


と言って、手の中にある物を見せて来る。ケイトさんの手の中にあるのは私が渡した回復薬だった。ケイトさんは私の返事を待たず、回復薬を倒れている山賊の口に流し込んだ。どうやら、死体ではなくまだ息があった様だ。しばらくすると山賊の身体が淡く輝き傷が全快する。


「驚いた! 本物じゃない...。」


とケイトさんが呟くのが聞こえた。





(カラシン視点)


 ソフィアの防御結界のお陰で、なんとか山賊を撃退することが出来た。それにしても結界の形をあんな風に自由に変化させるなんて聞いたことが無い。魔族の魔法なんだろうけれど、ソフィアが敵でなくて良かったと改めて痛感した。そういえば、ソフィアは戦闘を始める前に山賊を殺して良いか俺に確認してくれた。自分の命が狙われたのにも関わらずだ。俺はそれが嬉しかった。ソフィアは人間の敵じゃない、そう確信が持てたんだ。


 戦闘が終わって、こんな死体だらけの場所からは移動した方が良いかなと考えていた時。ケイトが山賊のひとりに回復薬を使いやがった。どうやらまだ死んでなかった様だ。だけど、貴重な回復薬を自分達を襲った山賊に使うなんて、いかにもケイトらしい。


 山賊は目を覚ますと、俺達に囲まれていると知って「ヒッ」と短い悲鳴を上げた後、


「い、命だけは助けてくれ! 俺達が悪かった。何でもする。」


と引きつった声で言ってきた。20歳くらいの若い男で、酷く痩せている。服装も汚れてすり切れたみすぼらしいものだ。


「殺しはしないから安心しなさい。で、何であんなことをしたの?」


とケイトが詰問する。


「食い物が欲しかったんだよ。今年は不作なのに役人の奴ら、税だと言ってあるだけ全部持っていきやがった。村には子供達に食べさせるものも残ってねえんだ。」


「なるほどね、それで旅人を襲って金や食料を奪っていたわけね。この辺りの農村は皆そうなの?」


「あ、ああ。今年はこの辺り一帯が不作だ。詳しくは知らないが状況は変わらないだろう。もともと、農業に適さない土地を無理やり畑にしているからな。」


「分かったわ、もう行ってもいいわよ。でも朝になったらお仲間の死体を埋葬してあげてね。」


そう言われて初めて、周りに仲間の死体が転がっていることに気付いた様だ。


「うわぁ~~~~!!!」


と言葉にならない叫びをあげながら、男は走り去った。

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