9. 悩むカラシン

(カラシン視点)


 ソフィアが冒険者になると言い出した。俺はどうすれば良いだろう。ソフィアが森から出て来た目的は人間の村を襲うためではないかと疑っていたが、これは良い方向に予想が外れた。村を襲うどころか、オーガを3匹も片付けてくれたのだ(あのフクロウがソフィアの使い魔だとしたら、3匹ともソフィアが片付けてくれたと言っても間違いではない)。オーガには何人もの冒険者が犠牲となったが、ソフィアがいなければもっと多くの冒険者や村人が犠牲になっていたはずだ。


 だが、一方でソフィアが森を出てこの村に来た目的は不明だ。逆らえば役立たずとして殺されるかもしれないが、かと言って何か恐ろしいことを企んでいるのなら何とかしないと。俺はどうすれば...。


「ソフィアは冒険者になって何をしたいんだ?」


と思わず訪ねてしまう。我ながら怖いことを聞いてしまった。機嫌をそこねたらと身構えるが、ソフィアは意外にも何事もなかったかの様に返事を返してきた。


「わたし、もり、おいだされた。すむとこ、みつける。おかね、ひつよう。」


 追い出された? 何か目的があって森を出てきたのではなく、追い出されたのか? だから人間の中で暮らす必要があるということか。なぜ森を追い出されることになったのかも聞きたいがこれ以上は勇気が出ない。でも、ひょっとしたらソフィアはかわいそうな奴なのか?


 考えてみれば、魔族って肉食なんだと思い込んでいたが、ソフィアは果物ばかり食べていた。肉食でないのなら、人間を襲って食べることもないかもしれない。 いやいや! 違う! 最初にあった時は、口の周りが血だらけだったじゃないか。あの光景を思い出すと、思わず背筋がゾクゾクする。目の前にいるソフィアと、口の周りや胸元を血で染めていたソフィア、印象が違い過ぎてうっかりしていた。ソフィアが吸血鬼の様に、夜な夜なこっそりと人を襲いだしたら...。


 やはり魔族であるソフィアは殺すべきなのか。だけど、俺ひとりでは勝てっこないし、オーガと戦った時の様に冒険者が協力して戦うとしても、相当の犠牲を覚悟する必要があるだろう。その前に、どうやったらソフィアが魔族だと皆に分からせることができるかだ。ソフィアの外見は魅力的な女性そのものだ、証拠もなしに魔族だなんて言っても、俺の方の正気を疑われるだけだ。冒険者は美女に弱い奴が多いからな...。


 なら、俺はどうすべきか。最悪なのは、このままソフィアから逃げ出すことだろう。俺は助かったとしても、正体を知るものがいなくなればソフィアのやりたい放題だ。とすると、俺に出来る最善は、このままソフィアの忠実な下俺として同行し、油断させておいて隙を見て殺すことか? 冗談じゃない! そんなことやりたくない。ソフィアは俺の命を何度も助けてくれた。森でソフィアに出会わなかったら、足に怪我をしていた俺は助からなかっただろう。イノシシの魔物に襲われたときも、子供達を救うためにオーガに対峙したときもそうだ。魔族と言ったって悪い奴じゃ無い可能性だってある。出会ったときに口の周りに付いていた血だって、何も人間の血とは限らない。正直なところ俺はソフィアを信じたい。でも...


 とりあえず結論は先送りにし、ソフィアに協力する旨返事する。冒険者になるならギルドで手続きが必要だ。この村にギルドは無いから町まで行く必要がある。どうせ今回の依頼が終わったら報酬を受け取りに町を訪れる必要があるから、その点は問題ない。


「おーい、ちょっといいか、確かカラシンさんだったよな。」


「あ、隊長さん。お疲れ様です。」


さっきケイトが言っていた俺達冒険者の隊長だ。名前はジョンで、なんとAクラスの冒険者らしい。なぜAクラスの冒険者がこんな低い報酬の仕事を受けたんだと、一時噂になったが、話を聞いてみるとこの村の出身ということで納得した。生まれ故郷の危機に駆け付けたってわけだ。


「疲れているところ済まんが、隊長なんて因果なものを引き受けたせいで、ギルドに報告しないといけないんでな。ちょっと話を聞かせてくれや。」


「はい、いいですよ。」


「ええっと、オーガの数なんだが、2匹じゃなく、3匹だという奴がいてな。2匹は村の中に居たが、3匹目は村から脱出しようとした子供達を追いかけて村の外に出て行ったらしい。子供達は無事戻ってきたんだが、その子達が、オーガは冒険者のおじさんがやっつけてくれたって言うんだ。茶髪に緑色の目をしていたらしい。どうだ? 身に覚えはないか?」


これは、しらばっくれても、子供達に面通しされたら一発でバレる。実際にオーガをやっつけたのはソフィアだが、隊長さんがやって来たら例によって俺の後ろに隠れてしまった。表にでるのは嫌なのだろう。


「ええ、俺がやりました。」


「驚いたな。オーガを3匹ひとりで倒したってわけだ。こいつは表彰物だな。」


「あ、実際にオーガを倒したのはフクロウの使い魔ですよ。でも、オーガを倒した後どこかへ飛んで行って戻ってこないんです。ちょっと無理をさせ過ぎたと反省しています。さすがにあれだけの魔法を使えば魔力も尽きていたはずで、魔物の森なんかに行っていたら、魔法が使えない状態で他の魔物に襲われているんじゃないかと心配しているところなんです。」


「そうなのか、噂のフクロウにお目に掛かりたかったんだが残念だよ。」


「申し訳ない。」


こう言っておけば、フクロウが戻って来ないからもうオーガ退治は出来ません、と言い訳もできるだろう。我ながらグッドアイディアだ。


「いや、無事フクロウが戻ってくるように祈っているよ。それとな、今日は村の人たちが俺達冒険者を各家に招待してもてなしてくれるらしい。さすがに村の危機を救ったわけだからな、いつまでもテントで寝泊まりさせておくのは気が引けたんだろう。あんたらのチームは村長の家だ、あっ、後ろに居る彼女もな。」


「ソフィアも行っていいんですか?」


「あれ、その子もお前たちのチームに入るんだろう? ケイトがそう言ってたぞ。」


「そ、そうなんです。教えていただいて、ありがとうございました。」


「いいってことよ。それじゃあな。」


ケイトの奴、ソフィアだけ外で寝るのはかわいそうと思ったのかな。流石リーダー、気が利くじゃないか。

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