7. 冒険者を助けるふたり

(カラシン視点)


 ソフィアがリュックから例の薬の小瓶を取り出し差し出してきた。これを飲めという事だろう。脇腹の痛みを我慢して声を絞り出し、「どうしたんだ?」と囁いてみると、「こ、こわい」と返ってきた。怖い? 何が? だがその時、冒険者のひとりが悲痛な声で叫んだ。


「誰か、A級回復薬を持ってない?」


A級回復薬? そんな物持っている奴がいるとは思えない。冒険者風情が所持するには高価すぎる。言っては悪いが、ここの村人が持っていることを期待するのはさらに望み薄だろう。声の方を振り向くとオーガにやられた男性冒険者に女性冒険者が縋り付いて叫んでいる。横たわっている男性からはたくさんの血が流れ出ていて、一目で危篤状態だと分かる。側に薬の小瓶が転がっているから、手持ちの回復薬を試したが効果がなかったのだろう。


「誰か、A級回復薬を譲ってちょうだい。言い値で買うから。お願い!」


と、その女性冒険者は何度も周りに訴える。きっと彼女の家族か恋人なのだろう。気持ちは分かるが.....


「ソフィア、この薬をやって良いか。」


と思わず尋ねていた。この薬を使えばひょっとしたら助かるかもしれない。A級回復薬なんて試したことは無いけれど、ひょっとしたら同じくらいの効果があるのじゃないかと思う。俺の方は命に関わるほどでは無い、安静にしてさえいれば大丈夫だろう。ソフィアは俺の言った事がわからないようだが時間がない。俺は痛みに耐えて立ち上がり、薬を求めている女性冒険者に向かって歩き出した。ソフィアもすぐ後を付いてくる。


「これを試してみろ。」


「でも....」


と女は躊躇している、これは薬師ギルトで売っているA級回復薬の瓶とは違うから、安物の薬を渡して金だけふんだくろうとしていると思われたのだろうか。


「金はいいから。急いだ方がいい!」


急がないと、横たわっている男は今にも息が止まりそうだ。


「ありがとう」


と言って、女は俺の手から薬の小瓶をひったくるように受け取ると、男の口を無理やりこじ開け、口の中に瓶の中身を流し込んだ。しばらくすると男の体が淡く光る。そして光が収まった時、横たわっていた男の傷は綺麗に消え去っていた。土気色をしていた顔にも赤みが差している。


「ゴホッ、ゴホッ」


と咳き込むと同時に男が目を開けた。多分、薬の一部が気管に入ったのだろう。


「クルト!大丈夫?」


と女に尋ねられ、男は上半身を起こして、しばらく手足を動かしていたが、


「そのようだ。」


と返した。途端に女が男に抱きついて大声で泣き出した。





(ソフィア視点)


 オーガと戦っている人間が多すぎる。こんなに多くの人間を見るのは初めてだ。これだけの人が私に向かってきたらと思うと、怖くて仕方がない。何せ人間は何をするにも群で行動するらしい。人々に気付かれない様にすぐ近くにあった建物の陰に隠れる。幸い人間達はオーガと戦うのに夢中で、こちらに注意を払っている人はいない。ここにいれば大丈夫だろう。


 だが、そんなひそやかな安心もすぐに終わってしまう。何を思ったか、カラシンさんの肩に留まったお母さんがオーガをやっつけてしまったんだ。一瞬の出来事だった。流石だけどね。その後、人間達がバラバラに動き始めたから、こちらに来ないかと気が気ではない。その時すぐ後ろで音がした。びっくりして振り向くと、私が隠れていた建物の扉が開いて、中から人が出てくるところだった。扉の前に屈んでいる私をみて、戸惑った様に覗き込んでいる。


 ギャー、と心の中で悲鳴を上げて私は思わず走り出した。走り出してから気付く、どこへ行けば良いの? 周り中人だらけだ! 怖いよ! その時、前方にカラシンさんの背中が見えた。あそこだ! 私の救いはあそこにある。


 夢中で走り寄り、カラシンさんの背中に抱き着いた。何故だか身体が震えて止まらない。助けてカラシンさん! だが、いきなり抱き着いたからか、カラシンさんは驚いたようで、私を振りほどこうとする。そうだ、後ろから抱き着いたから、誰かも分からないはずだ。これはまずいと気付いて力を緩める。カラシンさんが振り返って私を見たので、もう大丈夫だろうと正面から再び抱き着いた。


「グエッ」


カラシンさんが苦し気な声を上げる。あれ? 私何かした? 慌ててカラシンさんの身体を探査魔法で探ると、脇腹の骨にひびが!? うそ! 私がやったの? 力を入れ過ぎた? バカ、バカ、ソフィアのバカ! これは間違いなく怒られるよ! あわててリュックから回復薬の瓶を取り出してカラシンさんに差し出す。最後の1本だが、構いはしない。無くなったらまた作ればいいんだ。


 だが、カラシンさんは怒らなかった。「どうしたんだ?」と聞いてくれる。カラシンさん、酷いことをしたのに何て優しいんだろう...。だが、カラシンさんの次の言葉にさらに驚いた。


「ソフィア、この薬をやっても良いか。」


 あげるって? 誰に? でもこれは最後の1本だよ、と言おうとするが言葉がうまく出て来ない。カラシンさんが歩き出し、私は慌てて後を追う。カラシンさんは少し離れたところに居る人間の方に向かっている。胸が膨れているから女の人だろう。あの人にあげるつもりなのか?


 そのまま、予想通りカラシンさんはその女性に回復薬を手渡す。その女性はすぐにすぐ横で横たわっている男性に回復薬を使った。もちろん男性は回復し、ふたりは抱き合っている。カラシンさんは、満足そうな顔でその場を離れてゆく。良いの? あれは最後の1本だったんだよ。

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