5. 子供達を助けるふたり

(カラシン視点)


 森を抜けると、そこは開拓村の畑が広がっている。これらの畑は森を開墾して作られたものだが、最近になって頻繁に畑が森の魔物に荒らされるようになった。魔物とは生き物が森の魔力を受けて巨大化したものだ。中には魔力を得て特別な力を持ったものもいる。作物の被害で済んでいる内はまだよかったのだが、遂には人まで襲われ始めたため村人達は自分たちの手には負えないと、有り金を掻き集めて冒険者ギルドに依頼を出した。その依頼を受けてやってきたのが俺達と言うわけだ。依頼内容は畑に面している森の表層部に生息する魔物の駆除。10チーム、50人くらいの冒険者がこの依頼を引き受けた。報酬の額は大したこと無いから集まった冒険者達は下位クラスの者が多い。そんな依頼でも引き受けるのだから、ここにやって来た冒険者達も金が無いということだ。森に入ると、最初は弱い魔物ばかりだったのだが、調子に乗って他のチームと距離を開けてしまったのが失敗だった。まったく、我ながら30にもなってなにをやっているんだと思う。クマの魔物に出くわした俺達は手も足も出ず。散り散りに逃げるしかなかった。その結果、俺は道に迷いソフィアに助けられたわけだ。他のチームメンバーは大丈夫だっただろうか。


 森を出てほっとしたのもつかの間、異変に気付いた。畑が広範囲に荒らされている。昼間にも関わらず辺りには人影もない。ソフィアも荒らされた畑に驚いたのか、唖然とした表情で立ち止った。


「村に行くか?」


とソフィアに尋ねる。チームメンバーの消息を知るためにもまずは村に行って情報を収集したいが、勝手なことをすればどうなるか分からない。一緒に行くのが安全だろう。ソフィアを連れて行って村人が安全かどうかは分からないが、ソフィアの目的が村人を襲うことであれば止めようとしても無駄だ。ここまでの道程だって別に俺が案内したわけでは無い。最初から村の在りかは知っていたのだ。俺が連れて行かなくてもその気があるのなら勝手に襲うだろう。だが、ソフィアの反応は予想外の物だった。


「むら? ひと、たくさん?」


と聞いてくる。「200人くらい」と答えると、なぜかその場にしゃがみこんだ。頭を抱えぶるぶると震えだす。ついには、


「わたし、かえる。」


と言うなり、森に向かって駆け出した。森に帰るということはやはり森がソフィアの故郷と言うことだ、人外だと思った俺の予測は正しかったわけだ。だが、その時大きなフクロウがソフィアの前に急降下し、空中で羽を広げソフィアの行く手を遮った。羽を広げたまま動かしていないのに空中に留まっているから、あのフクロウも魔物なのかもしれない。フクロウとソフィアは長い間にらみ合っている。だが、その均衡を破るものがいた。村の方向から粗末な服を着た子供達が5人、悲鳴を上げながら走って来たのだ。そして子供達の後を追って現れたのは、オーガ!?


 オーガに村が襲われているのか? オーガなんてひとりで相手出来るものではない。少なくとも20人、できれば30人くらいの冒険者で掛からないと話にならない相手だ。当然だが子供達の走る速度よりオーガの方が早い。このままでは子供達が殺される。気が付くと俺は全速力で子供達の方に駆けていた。生まれ育った孤児院の子供達がオーガに追われている子供達とダブったのかもしれない。我ながらバカなことをしていると思いながら魔法の詠唱を行う。


「土の聖霊よ、トラムの古の契約により我に力を貸したまえ。ランドカルティベーション!」


 途端にオーガがすっころび、前方にあった岩に強かに頭を打ち付けた。土魔法でオーガの前方の地面を耕された畑の様にふかふかにしたのだ。突然地面に足がめり込んだオーガはバランスを崩して転倒したわけだ。子供の頃にいたずらで使って、その度に院長先生に叱られていた魔法だが、思わぬところで役に立った。もっともオーガが岩に頭を打ち付けたのは出来すぎだが。


 これで仕留められたなんて甘いことは考えていない、だが時間は稼げた。これで子供達が逃げ切れるかと振り向くと、なんと子供達が立ち止ってこちらを見ている。


「バカ! 今のうちに逃げるんだ!」


と叫ぶと、慌てて駆け出した。子供達が逃げて行くのを確認してから、オーガに向き直る。正直恐ろしくて膝がガクガクする。だが子供達を逃がすために少しでも粘らなければ...と考えていた時、肩に手を置かれた。振り返るとソフィアがにっこり笑って立っていた。


「わたし、たたかう」


とソフィアが言う。同じ魔族であるオーガと戦ったら、魔族を裏切ることになるんじゃないかと考えたが、俺に勝てる相手ではないことは確かだ。俺はソフィアにうなずいて「ありがとう」と言った。




(ソフィア視点)


カラシンさんに村に住む人の数を聞くと、200人という回答が返ってきた。 200!!! 思わず、自分が200人の村人に囲まれているところを想像してしまう。無理無理無理! ひとりでも怖いのに、それが200人だよ! 絶対にパニックになって、何も考えられないうちに捕まってしまうと思う。


「わたし、かえる。」


と思わず口走っていた。そのまま踵を返して森に向かって駆ける。お母さん、私には無理。お家に帰る。何と言われても帰るから...。


 だが、私の思考は突然空から降りてきたフクロウによって中断された。私の行く手を塞ぐように羽を広げる。同時に頭の中にお母さんの念話が響き渡る。


<< ソフィアァァァァァァ!!! 許しません。あなたは人間の社会に行くのです!!! >>


お母さん!? 付いて来てたんだ!


<< お母さん、嫌だ、怖いよ! >>


<< 母さんの言うことが聞けないの? ソフィアあなたは人間なの、森にいては幸せに成れないのよ。>>


<< 私はお母さんがいれば良いの。私の幸せは森の中よ。>>


<< いいえ、人間はつがいを見つけて、子供を産まないと幸せになれないの。今は分からないかもしれないけれど、母さんを信じなさい。>>


<< いやよ、お母さんと一緒がいいの。>>


 もう何十回と繰り返してきたやり取りだ。結論が出ないことも分かっている。私はとうとう、頭を抱えて地面に座り込んだ。もう何も聞きたくない。だが、その時甲高い悲鳴が耳に入る。振り返ると、村の方向から人間の子供が5人とオーガが1匹こちらに駆けて来る。そして子供達に駆け寄ったカラシンさんが土魔法でオーガを転ばした。


 まずい、オーガは岩に頭を打ち付けて動かないが、あの程度の攻撃で仕留められるほど柔なはずがない。むしろ怒りを買っただけだろう。いや、ひょっとしたらすべて承知の上か? 子供達を逃がすために自分が囮になるつもり?


 子供達が悲鳴を上げながら目の前を通過していった。カラシンさん、まだ会って間もないけど、お母さんの結界を難なく通過した人だ。悪い人ではないのだろう...。どうしようと考える前に身体がひとりでに動いていた。カラシンさんに駆け寄って、「わたし、たたかう」と宣言する。


 私は魔族と戦ったことが無い。そんな必要はなかったからだ。お母さんの話ではオーガの強さは低級の魔物なんかとは比べ物にならないらしい。身長は3メートル、力も強いし、素早さもある。だが一番の強みはタフなことと聞いた。カラシンさんの攻撃を受けて転倒したけれど、あの程度では倒せないはずだ。


 私がオーガに勝っているものがあるとすれば、それは魔法と薬の知識だ。ならばそれを生かすのみ。まず、ポケットから身体強化薬の入った小瓶を取り出し、一気に飲み干す。これで私の筋力や反応速度は数倍まで跳ね上がる。調子に乗って無理をすると後で反動が来るから極力使いたくなかったのだが仕方がない。薬を飲んでいる間にオーガが起き上がり、私達を見つけて、


「グォーーーーッ!」


と吠えた。取り立ててダメージを負った様には見えない。オーガは知性を持っていて対話も可能だ。しかし一旦興奮すると手が付けられないらしい。私は大声で、


「待ちなさい!」


と魔族語で呼びかけた。魔族語は人間の言葉より得意だ。通じないはずはないのだがオーガはまるで聞こえない様に、棍棒を振り上げて襲い掛かって来る。私は素早くファイヤーボールをオーガに向けて放つと同時に駆けだした。カラシンさんを戦いの巻き添えにしないために距離を取る必要がある。


 オーガはファイヤーボールを素早く躱すと、目論見通り私を追って来た。私はさらに3発のファイヤーボールを放つが、オーガはひとつを手にした棍棒で撃ち落とし、ひとつは身をよじって躱す。ひとつだけオーガの足に直撃したが相変わらずダメージを負っている様に見えない。さらに数発のファイヤーボールを放つが、私のファイヤーボールの威力は恐れる程のものでは無いと見たのか、オーガは直撃を受けることもいとわず私に迫ってきた。強化薬を飲んでいる私より早い! このまま一気に私を屠る気なのだろう。


 だが、オーガーは私の手前20メートルくらいで急停止する。私の頭上に輝く特大のファイヤーボールに気付いたのだ。このファイヤーボールには私の全力の魔力が込めてある。さすがにこれに直撃されたらまずいと気付いたようだ。私にしても、これを外せば後がない。これだけの威力のファイヤーボールを連発するのは無理だ。


 しばらく睨み合ったまま膠着状態が続くが、均衡は通常サイズのファイヤーボールがオーガの後頭部に直撃したことで破られる。先ほど放ったファイヤーボールのひとつを遠隔操作して、背後から再びオーガを襲わせたのだ。威力は大したことは無いが、背後から不意を突かれたことで一瞬オーガの注意が私から逸れる。その機を逃さず特大ファイヤーボールを送り込んだ。


ドッッッッガァァァァァン!!!!


と耳をつんざく爆音が辺りに響き渡る。地面が揺れ、オーガが立っていた場所を中心として爆発が起きる。私も吹き飛ばされるが、残っている魔力すべてを使って防御結界を展開していたので無傷で済んだ。オーガのいた場所には巨大なクレーターが出来ている。これで倒せないなら策は無い。私は恐る恐るクレーターをのぞき込み、少々やり過ぎたと悟った。クレーターの底には辛うじてオーガだと分かるバラバラになった破片が残っているだけだった。次回からはもう少し威力を弱めても大丈夫そうだ。それなら特大ファイヤーボールも数発は撃つことが出来る。戦い方の幅も広がるはずだ。

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