4. 村に向かうふたり - 2

(ソフィア視点)


 カラシンさんとお別れできるかなと期待して尋ねてみたが、一緒に行くと言う。ガッカリだ。ひとりになれるかもと思ったのに...。だが仕方がない、カラシンさんは荷物を背負っていないから、きっと碌に食糧も無いだろう。水筒すら持っていない様だ。足を怪我していたから重量物は捨てて来たのかもしれない。だったらこのまま森にひとりで残すわけにはいかない。


 カラシンさんが荷物を持ってくれるというので、リュックは彼に背負ってもらう。道中の食糧として持って来たリクルの実は半分以上食べてしまったから、それほど重くはないはずだ。私は短剣を片手に藪を薙ぎ払いながら先を進む。途中いつもの様に低級の魔物が襲ってきたので、適当に片付ける。実は魔物より後ろのカラシンさんが気に掛かっている。顔を合わせたら何か話さないといけない気がするから振り返りはしていない。ただ足音で付いてきていることだけは確認していた。でも昼前になるとカラシンさんの歩みが遅くなった、呼吸音も頻繁になって、ゼー、ゼーという感じになってきた。早くも疲れたのだろうか?


 勇気を出して振り返ると汗まみれになったカラシンさんがいた。そんなにきつい行程だったかなと疑問に思ったが、そういえば彼は病み上がりだったと思い出す。無理をさせてしまったのかもしれない。ごめんなさいと思いながら、慌てて休憩と昼食をとることにした。


 昼食を食べて再び出発する。今度はリュックは私が持つ。これならカラシンさんも付いて来れる様だ。順調に進むが、途中でイノシシの魔物の群に襲われた。弱い魔物だが数が多く、一部がカラシンさんに向かうのを防ぐことが出来なかった。私を襲ってきた魔物を短剣で葬り、急いでカラシンさんを振り返ると、腰に差していた剣を抜いてイノシシの魔物2匹と対峙している。この森にやってくる人間だ、この程度の魔物は任せて大丈夫だろう。下手に手を出すと怒られるかもしれないと考え見守ることにする。


 カラシンさんは、先頭のイノシシに火魔法を放つ。攻撃は見事に命中し、イノシシは頭部を焼かれて絶命した。これなら大丈夫そうだと安心した途端。2匹目のイノシシがカラシンさんに突進する。カラシンさんは剣を振るうが躱され、そのまま体当たりを受け後ろの木に叩きつけられた。イノシシはさらに攻撃を掛けようとしている。私はあわててイノシシに駆け寄り、背後から首を刎ねた。


 その後急いでカラシンさんの元に駆け寄る。カラシンさんは腹部にイノシシの体当たりを受け様だ。腹部にはイノシシの牙で出来た穴が開いており出血が多い、おそらく動脈が傷ついたのだろう。内臓にもダメージがある可能性が高い。カラシンさんは意識があるが、苦痛に顔がゆがんでいる。やはり病み上がりでは実力が発揮できなかったのだ。私がもう少ししっかりしていればと後悔する。いそいでリュックから回復薬を取り出し、カラシンさんに差し出した。内臓が傷ついている恐れがあるから、効果が表れるまでに少し時間がかかるが、傷口に振りかけるより飲ませた方が安全だろう。


「のむ」


と言って、瓶を呷るジェスチャーをすると理解したようで、回復薬を飲んでくれた。しばらくするとカラシンさんの身体が淡く光る。回復薬が内部から傷を治しているのだ。もう大丈夫だろう。





(カラシン視点)


 荷物は俺が持つと申し出た。いくら人外とはいえ、やはり女性に荷物を持たせて自分は手ぶらと言うのは気が引けたのだ。だがすぐに後悔した。重い! 一体何が入っているのか知らないが、それほど大きくないリュックなのにかなりの重さだ。リュックを背負うだけでも苦労した。だが弱音は吐けない。役に立たないと分かったら殺されるかもしれない。


 リュックを背負い、先を進むソフィアを必死で追いかける。早い! 片手に短剣を持っているだけとは言え、藪を切り開きながらなのに、上り坂でもまるで平坦な道を進むような速度だ。付いて行くだけで精一杯で、話しかける余裕なんてない。ソフィアも一切こっちを振り返ってこない。付いて来れて当然で、遅れたらすぐに見捨てられるのだろう。途中で魔物が襲ってきたときは圧巻だった。俺達がチームで戦っても歯が立たなかったクマの魔物が、あっと言う間に首を刎ねられていた。あの短剣の切れ味もすごいが、あの短い刃物で攻撃するには魔物に接近戦を挑むしかない。それなのにクマの攻撃はソフィアに掠りもしていない。


 その内に体力が尽きて、ソフィアに付いていけなくなった。足元がふらつく、もう駄目だと思ったときに休憩となった。正直助かった。もう体力の限界だった。


 休憩時にはまたあの果物を差し出された。


「ナイフ?」


と聞かれたので、ポケットに入っていたナイフを差し出すと。それで果物を切ってくれる。食べると尽きかけていた体力がみるみる元に戻った。なんとも不思議な果物だ。


 休憩後はリュックを持つという彼女に甘えることにした。見栄を張っている場合ではないと痛感したのだ。荷物を背負ってなければ、かろうじてソフィアについていけた。だが、しばらくして、突然イノシシの魔物に襲われた。まったくこの森では安心している暇がない。魔物は7匹、その内前方にいたソフィアに5匹が襲い掛かったが、残りの2匹は俺に向かってきた。くそ! 俺は剣を抜きながら、魔法攻撃の呪文を急いで唱え、先頭の1匹にファイヤーボールを叩きつけた。だが、残りの1匹はそれに怯むことなく走ってくる。再度魔法を放つ時間はない。こいつは剣で仕留める。そう判断して、剣を上段から力の限り振り下ろした。だが、イノシシは横に飛び退いて俺の攻撃を避けると、勢いを殺さずにそのまま体当たりしてきた。しまったと思ったときには遅かった。腹に攻撃を受けた俺はそのまま後ろに弾き飛ばされ、大木に嫌と言うほど背中を打ち付けた。身体が痺れて動かせない。再度こちらに突進してくるイノシシを見て、これまでかと観念した。


 だが、俺はまだ寿命があった様だ。イノシシの首が飛んだと思ったら、目の前にソフィアが立っていた。そして屈みこんで俺の傷を観察すると、リュックから何かの小瓶を取り出し、俺に差し出してくる。どうやらこの瓶の中身を飲めと言っている様だ。一瞬毒かと思ったが、既に死にかけている俺に毒を飲ませる理由はないと気付く。薬だろうか? 見たことのない瓶だが...。覚悟を決めて瓶の中身を飲む。苦い! 思わず吐き出しそうになったが何とか飲み込んだ。しばらくは何も起きなかったが、1分ほどして全身が輝いたのには驚いた。そして光が収まった時、腹の傷も背中の痛みも嘘の様に治っていた。これは回復薬か? それにしてもとんでもない効き目だ、噂に聞くA級回復薬という奴だろうか。いや、そんな高価な物を俺なんかに使うはずが無いだろうけど。


 「ありがとう」と礼を言ったのだが、ソフィアは何も言わず、まるで何事も無かったかのように前進を再開した。そして、その日の昼過ぎ、俺達は漸く森を抜けることが出来たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る