俺と薫とその隣にいるあの男

黒うさぎ

俺と薫とその隣にいるあの男

 最近、薫があの男と一緒にいるところをよく見かけるようになった。

 あの男と一緒にいるときの薫はとても幸せそうで。

 俺はどこかで寂しさのようなものを感じていた。


 俺と薫はお互いが小さいときからいつも一緒にいた。

 遊ぶときも、昼寝をするときもいつも一緒。


 やんちゃだった薫は、かわいらしい見た目に反してやんちゃな子だった。

 いつも近所の男の子に混ざって、泥だらけになりながら日がくれるまで遊んでいた。


 一方の俺は、自分でいうのもあれだが、大人しい性格だと思う。

 だからだろうか。

 よくいじめられていた。


 そんな時、決まって俺のなき声を聞きつけた薫がいじめっ子を追い払ってくれたのだった。

 そしてその度に薫は必ず俺にこういった。


「レイは男の子なんだから、もっと強くならなきゃダメだよ!」


 薫が俺のことを心配してそういってくれているのはわかる。

 俺としても、いつも薫に助けてもらっているのは幼いながらに情けなかった。


 だが、そう簡単に己の性格を変えられるわけではない。

 俺では、たとえケンカが強くなっても、心が負けてしまうに違いない。

 きっと、相手を傷つけるということができないだろうから。


 しかし、だからといって薫に甘えている関係が正しいとも思えなかった。


 悩んだ末に俺が導きだした答え。

 それは逃げることだった。


 いじめっ子に見つかったら逃げる。

 いじめっ子を見かけたら逃げる。

 とにかく逃げることに徹した。


 初めは逃げきれずに薫に助けてもらうことのほうが多かった。


 だが、こんな俺でも成長はしているようで。

 次第に逃走の成功率が上がり。

 気がついたときには、いじめられることはなくなっていた。


 逃げることしかできない俺は、自分でも情けないと思う。

 だが、それでも薫に迷惑をかけるよりは何倍もマシだった。


 俺は薫がいればそれで良かった。

 時々怪我をして泣いている薫を、慰められるのは自分だけだと思っていた。

 いつまでも隣で同じ時を刻んでいけるのだと思っていた。


 ただ、時は流れていく。


 あんなにやんちゃだった薫も、今ではすっかりそのなりを潜めてしまっていた。

 怪我をして帰ってくるなんてこともなくなった。


 そして、俺の隣にいる時間が短くなった。


 気がついたときには、俺の替わりにあの男が薫の隣にいるようになった。

 放課後はもちろん、休日も都合の合う日は互いの家を行き来しているらしい。


 そんな2人の関係を互いの家族も好ましく思っているようで。


 俺が邪魔をする余地なんてなかった。


 別に誰が悪いわけでもない。

 そういう運命だったのだろう。


 俺も寂しくは思うが、薫が幸せならそれでもいいと思えた。


 ただ一つ、我慢ならないことがあるとすれば……。


「それでね、レイ。

 瑛人の奴、彼女ができたんだってさ~。

 良いよね、彼女。

 僕も早く彼女欲しいな~」


 薫はことあるごとに瑛人とかいう男の話をしてくるのだ。

 これは俺の気持ちをわかっていてやっているのだろうか。

 ……いや、わかっていないんだろうな。

 わかるはずがない。


「どうやったら彼女ってできるんだろう?

 男子校だとやっぱり出会いがないのがネックだよね。

 誰かに紹介してもらおうにも、僕の友だちで彼女いるの瑛人だけだし。

 やっぱり、瑛人の彼女に紹介してもらうのが一番現実的なのかな~」


 俺は返事をしない。

 これが俺にできるせめてもの抵抗だ。


「ちょっとレイ、聞いてるの?」


「……」


「まったく。

 ほらレイ、おもちゃだよ~」


 こいつは俺を馬鹿にしているのか。


 ……はあ、まあ仕方ない。

 薫とも長いつき合いだ。

 薫がそんなに俺と遊びたいというのなら、俺としても吝かではない。


「ニャーゴ」


 俺は重い体を持ち上げると、前足を踏み出した。

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