破鏡再合

高麗楼*鶏林書笈

嘉実の物語

 新羅 真平王代。

 当時は、まだ百済、高句麗が健在し覇権争いを繰り広げていた。そのため、成人男子たちは交代で国境の警備の任に就いていた。

 さて、その頃、栗里という村に智英という娘が老いた父親と二人っきりで暮らしていた。親孝行で気立てが良く働き者の智英は村の人々から愛されていた。

 ある日、智英の父親のもとにも警備の招集が来た。

ー父のような老いた者まで行かなければならないのか‥。

 智英はため息をついてしまった。

 身体の弱い父親は国境まで行くのが大変だろう、そして現地に着いたとしても働けないだろう。貧しいゆえ免除を申し出ることも出来ないし‥。

 思案にくれる彼女のもとに朗報が届いた。沙梁部の青年・嘉実が代わりに行こうと言ってくれたのである。

「有り難いことだが、お前はこの間、任務から戻って来たばかりではないか」

 恐縮した父親がこう言うと彼は

「天涯孤独の身なので何処に行き、何処で死んでも構わないのです。今回は他人様のお役に立てて光栄なことと思っているのです」

ときっぱりと答えた。

 この言葉に親娘は感激し涙を流した。

「御覧の通りの貧しい身の上なのでたいした礼は出来ないが、もし良かったら娘を嫁にしてくれないだろうか」

 父親がこう提案すると嘉実は大喜びした。若者たちの憧れの智英と結婚出来るのだから。

「はい、警備から戻ったら式を挙げましょう」

 嘉実は快諾した。 

 翌日、嘉実は任地に旅立つことになった。まさに発とうとする時、智英は嘉実に近付き、持っていた小さな鏡を二つに割って片方を嘉実に渡した。

「どうか御無事で」

智英が言うと

「三年経ったら帰って来ますよ」

と嘉実は笑顔で応えるのだった。


 同じ地域の若者たちと共に嘉実は任地に向かったが、その表情は晴れやかだった。

 このところ、国境地帯は平穏を保っている。嘉実が前回着任した時も小競り合いすら無く、あっという間に三年の任期が終わってしまった。

 今回も一年、二年と何事も無く過ぎ、満期日が近付いてきた。

 そんなある日、突然、高句麗軍が襲撃してきた。新羅側は善戦したが負けてしまい多くの人々が捕われ連行された。嘉実もその一人だった。

 嘉実たち新羅の捕虜は何としても母国に戻ろうとあれこれ画策した。そして、ある日の深夜、隙を見て脱走した。

 一同は無事に新羅国内まで逃げ切った。後は、各自の故郷に向かうだけだった。

 東の空が白くなり、周囲が明るくなる従い嘉実の歩みは速まった。

ーあと一息で智英に会える

 さらに足を速めた時、

「わぁ〜」

 山路を踏みはずした彼は谷に落ちてしまった。

 

 このところ、智英の気持ちは弾んでいた。嘉実が任期を終えて戻って来る日が近付いたためだ。

 まもなく、嘉実と共に赴任した青年たちが一人、二人と戻って来た。彼らの口から、捕虜になった経緯とその後無事に逃げてこられたことを知った。

「嘉実もじきに帰ってきますよ」

 帰郷した若者から、こう聞かされた智英は一日千秋の思いでその日を待った。

 だが、一年経っても彼の姿は現われなかった。そして更に一年が過ぎた。嘉実は姿を見せなかった。

「彼はもはや死んでしまったのだろう、諦めなさい」

 気落ちしている智英に父親はこのように言った。そして、村の富豪の息子との縁談を勧めた。もちろん、智英は拒絶した。

 月日は流れたが相変わらず嘉実は帰って来なかった。

 父親は自身の生い先の短いことを感じ、娘に富豪の息子との結婚を説得した。父親の気持ちが痛いほど分かる智英は遂に承諾した。

 智英と富豪の息子との結婚式の日がやってきた。智英の家には多くの人々が祝福に訪れていた。挙式しようとしたまさにその時、門の所で騒動があった。父親が何事かと門に行ってみたところ痩せこけて、ぼろを纏った男が立っていた。

「ただいま戻りました、父上」

 弱々しく言った声を聴きつけた智英が門に走って来た。

「嘉実さま!」

 飛び付こうとした娘を押し留めながら父親は乞食男に尋ねた。

「お前が嘉実であるという証拠はあるか?」

 すると彼は懐から割れた鏡を出した。

 智英も鏡を取り出して合わせると、鏡はたちまち本来の形に戻った。

「嘉実や、よく戻って来てくれた」

 父親は彼の手をとった。

 この様子を見ていた富豪の息子は、このまま嘉実と智英の結婚式を挙げるように勧めた。父親は提案を受け入れ、花婿を嘉実にして式を挙げた。


 その後、嘉実はこの間のことを智英親娘に説明した。

 逃げる途中で谷底に落ちた嘉実は、気が付くと全ての記憶を失くしていた。そのまま、各地を彷徨っていたが、数日前、突然、記憶がよみがえり大急ぎで駆けつけたとのことだった。


 結婚によって家族を得た嘉実は、妻を深く愛し、その父親を実の親のように、いやそれ以上に敬して仕えた。

 やがて子供、孫たちにも恵まれ、二人は共に白髪になるまで仲良く暮らしたのだった。


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破鏡再合 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu

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