夢を見る機械
水上雪之丞
第1話
「博士、ようやく完成しましたね」
「うむ、君も長い間よく付き合ってくれた」
深夜。ある町の郊外。大きなガレージが併設した古びた家。その中で二人の男がお互いのこれまでの苦労を偲び、ようやく完成した発明を前に喜びあっていた。
男たちの目の前の机には無数のファイバーや電線が突き刺さったフルフェイスのヘルメット。それらは細かく調整ができる変電器や複数のパソコンにつながれている。
男たちが作っていたのは夢を操作する機械である。このヘルメットをかぶり睡眠をとる。ヘルメットが睡眠中の脳波を感じ取り、睡眠中の使用者がどのような感情を得ているか、またどのような映像を脳内に描いているかを推定する。そこから事前に見たいと設定していた夢を送り込む。使用者は好きな夢を見ることができるという寸法である。夢を自由に操作する機械を作ると博士が公言した時、当時の同僚からは、そもそも狙った情報を脳に与えるのは脳の複雑性の問題から実現は不可能だ。可能であったとしても人体への影響や安全性はどう考慮されるのか。など多くは原理的にも実践的にも不可能だと言った。
実は僕もそう思っていた。博士の構想は電気信号を脳に悪影響を与えない出力で電波の形で送り込み夢を操作するものだと言っていたが、そんなことが仮に出来たら人間はスマホやカーナビの電波を受信してとっくにおかしくなっているはずだろう。それでも僕が彼についていったのは給料の問題だった。研究所に何とかもぐりこんだもののめぼしい成果は上げられない。任期も切れて再雇用もできなさそうであった。どのみち研究職のポストに再び潜り込めそうにもない。どうせ他の職になるなら研究者のキャリアの最後が怪しいオカルト研究でも素人目にはわかるまい。その間に別の働き口を探せば良いことだった。
「では、さっそく使ってみますね」
僕は頭にそれをかぶる。実は使用するのは初めてである。途中の実験は事故の可能性等も考慮し博士自身が行っていた。博士は百発百中、自身の望む夢を見ることができると豪語していたが、怪しいものだと思う。起きてから夢の内容を勝手に再構築したのではないかと思っている。まぁ、危険がないのは何度も実験している博士の様子を見ていればわかる。気楽にやろう。
「夢の内容は何がいいかね?」
博士が機械に変数を入力している。
「そうですね、せっかくですから明るい夢がいいですね。気分がよくなるような」
「もっと具体的にいいたまえ。誰が出てほしい? 何日何時がいい? 好きな映画の中でもいいし、好きな食べ物でもいい。レストランの椅子の材質まで指定できるぞ?」
そんなバカな、と思いつつも
「じゃあ明日駅前の中華料理屋で天津飯としゅうまい食べてる夢でお願いします」
「そんなものでいいのか。まぁ具体性は上がったし、この装置の力を感じるにはよいか」
そういって博士は設定を入力する。
「もう寝てもいいぞ。おやすみ、よい夢を」
ゆっくりと深呼吸し、静かに眠りに落ちる準備をする。
――――
僕は博士が研究所と呼んでいるあばら家から2駅離れた所に住んでいて博士の手伝いに行くときは電車に乗っていく。午前中は化学系の会社に面接に行っており、午後から博士のところに向かう。ただ、面接はだめそうだ。博士のところに行く前に軽く腹になんか入れておくか。
そう思って駅前の店に入る。ちょうどキャンペーンをやっているようでメニューが増えている。お、珍しいことに赤くない本当の天津飯がある。これにしよう。副菜はチャーハンなら餃子だが天津飯ならしゅうまいである。さぁ食べるか。
――――
「どうだったかね」
目を覚ますと博士がのぞき込んでいる。
「いやぁ、確かに天津飯としゅうまいを食べる夢でしたね。まぁ食べる前に起きちゃったのは残念ですが」
博士はきゃっきゃっと雀躍している。
「私以外の人間にも成果があったぞ、ほかの人間でも実験は必要だがこれで私の発明が考えが正しかったのだ!」
まさか、本当に夢の操作なんてことができるなんて――――――
「どうだったかね」
目を覚ますと博士がのぞき込んでいる。
「ダメですね。女の子なんて一人も出てきませんでしたよ」
「そうか……」
博士は肩を落とす。
早く化学系の会社から採用通知が来ればいいのだが。なぜだかちらりと嫌な予感がした。
夢を見る機械 水上雪之丞 @zento
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