第2話
「あーあ、ゴールデンウィークの休みもないなんてなあ」
新潟空港ビル二階のカフェで昼飯を食べながら、延岡がぼやいた。
「今は戦時中で、あたしらは軍人なんだからあたりまえでしょうが」
みちるが叱りつけるように言った。
「でもたまには新潟市街に出て、ゆっくり買い物とかしたいわよね」
蒔絵がため息をついた。
新潟空軍学校で訓練を始めて一ヶ月。俺たち四人は一緒に行動することが多くなっていた。
女子二人の中でも特に俺とみちるの仲は良好とは言えないが、十五歳組が俺たち四人だけなので、なんとなくそうなっている。
二階のカフェでは、パイロット候補生たちが食事をとっている。正規パイロットは一階のカフェだ。三階には上等なラウンジがあるが、スクランブルに備えて正規パイロットたちはほぼ常時一階にいる。
「泉はもう自動車運転のお墨付きもらっただろ?」
「まあ。免許があるわけじゃないが」
自動車の運転は、たとえ航空機のパイロットでも新潟で軍人をやる限り必須だ。免許証がなくても、軍のIDカードがその代わりになる。
「今度の日曜日は俺たち候補生は完全休養日だろ? 俺たち乗せて街まで車走らせてくれよ」
「普通車で公道を走るのまでは許可されてないぞ」
俺は道交法上、まだバイクにすら乗れない年齢だ。
「陸軍の空港守備隊から
「はあ? 装甲車で万代とか古町に繰り出すのか?」
「いいじゃない。ちょうど四人乗りだし。高機動車だと大きすぎるしね」
蒔絵が乗り気になっていた。
「ちょ、ちょっと蒔ちゃん!?」
みちるがあわてていた。
「ちるちるにもね、もうちょっと可愛い服を見立ててあげるから」
蒔絵とみちるはお互いを蒔ちゃん、ちるちると呼び合っているが、ちるちるの違和感半端ない。
「そ、そんなのいいし!」
みちるが真っ赤になっていた。そう言えば、みちるの私服姿と言うのは見たことがないな。
「しかし、陸軍が戦闘用車両をそんな理由で貸すか?」
「陸軍の若いのは、高機動車に十人満載で飲みに行くって聞いたぜ」
「帰りどうするんだ、それ?」
代行だって運転できないだろう。
「そりゃ未成年の下っ端に運転させるんだよ」
「さすが軍隊。理不尽だな」
酔っぱらいの中でたった一人、烏龍茶でも飲んでいるわけか。
「どうやって車を調達する? 俺が頼んだら一〇〇%断られるぞ。俺は嫌われものだからな」
「そこはきれいどころのお力で」
延岡がにやにや笑った。
「……はあ!? あたし!?」
みちるが真っ赤になって叫んだ。
「水沢とは限定してねえよ」
延岡がげらげら笑った。
「どう思う、泉?」
延岡に言われて、俺はみちるの顔をじーっと見つめた。まだ真っ赤だ。
「……うん。よし。いける。行け」
俺は重々しくうなずいてみせた。まあ実際、二人ともなかなかの美少女だ。幼い感はあるが。
「海彦っ、てめっ、どう言う……!!」
みちるがさらに赤くなった。
「まあまあ、ちるちるー。じゃああたしたち、今日の訓練が終わったら陸軍の車両課にお願いしに行ってくるから」
「頼んだぜー。しっかりおめかしして行けよ」
「任せて。これでちるちるって、素材はすっごくいいから」
「だっ、だからなにが……!」
みちるはどこまで赤くなれるんだろうなと思っていたら、頭上から声が降ってきた。
「なんだ、餓鬼どもが楽しそうだな」
声の方を見上げると、俺たちと同じパイロット候補生の男が二人立っていた。二十過ぎと言ったところだ。
「ダブルデートだってか? おまえら、今がどう言う状況かわかってんのか?」
嫌味な言い方だった。
「はあ、まあ俺らは高校にも行けずにチョーヘーされたんすよ。それなりにきついなーとは思ってるっすけど」
延岡は気の抜けたような声で言った。この一ヶ月の付き合いで、これが延岡の怒った時の態度だと言うのはわかっている。
「ふん。泉山彦に息子は海彦ってか? なんの冗談だ?」
またか。空軍の同期パイロット候補生や陸軍の連中に絡まれるのは初めてじゃないが、これまでその原因は一〇〇%俺だった。三人に申し訳ない。
「女二人はべらかして、いいご身分だな?」
「さっきダブルデートだって言ったんすから、一対一じゃないっすか?」
延岡が気の抜けた声のままでまぜっ返した。
さっきまで真っ赤だったみちるも、蒔絵も、目つきが変わっている。俺と初対面の時に見せた、きつい目だ。
「なに?」
「……人生の先輩。面倒くさいのでもう言っちゃいますけど」
あっやばい。蒔絵がやばい。
「お二人ともまだ7Gマニューバで目を回してらっしゃるそうですけど。そろそろ我慢強い浅川教官からもエリミネートを言い渡される日が近いんじゃないですか?」
ああ、言っちゃった。
「なん……だと!?」
男二人が色めき立った。
俺たちは先月、さらに三回のF―2B型同乗飛行を経験している。一週間に一度だ。その間に、さらに三人がエリミネートされて、パイロット候補生は十六人に減った。
「この
「知らないの? 蒔ちゃんは前回、生理中だってのに大丈夫だって言って瞬間9Gまでかけてもらって、平気でタラップを自力で降りてきた女だよ? あんたらとは格が違うの」
男たちが女子に飛びかかりそうになったので、俺は立ち上がって二人の胸を押さえて止めた。
「まあまあ。戦闘機パイロットの序列って言うのは、年齢でも階級でも、ましてや性別でもなくて、ただ操縦技量の高い方が偉いって言う原則は知ってるでしょう。その点、彼女たちの方が正しいですよ。もちろん、俺や延岡も蒔絵の下ですけどね」
俺は陰険に笑って見せた。まったく残念ながら、俺は死んだ親父にそっくりなところが一つある。嫌味な笑みが、本当に嫌味なことだ。自慢できることでもないが。
左頬に衝撃がきた。まあ、殴られるだろうとは思っていた。カフェの中がざわついた。
延岡、蒔絵、みちるの三人も立ち上がった。俺は三人を手で制した。
「こんなところで殴るんですか? 営倉入りの案件ですよ。まあ、まだ気がすまないならどうぞ。俺はやり返しません。営倉に入って、一日でもパイロットになれる日が遠のくのは嫌ですからね」
その時、
一瞬で、くだらない二人の男のことも、楽しい休暇のプランも、俺たちの頭の中から消し飛んだ。
カフェの出口に誰もが殺到する。俺たち四人が一番早かった。俺たちに絡んできた二人は出遅れた。馬鹿野郎が。もたもたしていると、エリミネートの前に俺がぶち殺すぞ。
階段を駆け下り、正規パイロットたちのところへ向かう。
まだ戦闘機に乗れない俺たちには、スクランブル発進だからと言ってできることは基本的になにもない。
だが、パイロットにヘルメットを渡すだけでもいい。グローブでもかまわない。耐Gスーツのジッパーを上げる時間が惜しければ俺たちがやる。一秒でも早くパイロットを空に上げるために、俺たちはできるだけのことをする。
航空自衛隊のスクランブル発進はアラートが鳴って五分以内だと言う。だが新潟空軍の場合はさらに早い。俺たちの敵は海の彼方から飛んでくるのではない。本当に、一山越えたところからやってくるのだ。新潟空軍は、常時ホットスクランブルだ。
「一……二……」
パイロットたちを送り出して、本当になにもやることのなくなった俺たちは滑走路の端に立って、離陸していくF―2を見送っていた。
「……二十二。一機少ないな。誰か病欠か?」
新潟空軍に現存するF―2戦闘機は二十八機。内複座B型一機は訓練専用に使われており、浅川大尉もコンバットフライトの場合は単座A型に搭乗する。
一年前、青森県の航空自衛隊三沢基地から新潟空港に舞い降りたF―2戦闘機は三十二機。内訳は単座のA型が三十一機と複座のB型が一機。唯一のB型を駆ってきたのは、今なお新潟義勇兵のワルキューレとして絶大な人気を誇る、当時航空自衛隊唯一の女性戦闘機パイロット浅川二尉だった。
三十三名のパイロットのうち十二名は、F―2を新潟に届けたのち原隊に復帰した。家庭を持っていたためだ。業務上横領や機密漏洩の罪に問われたと思うが、報道はされなかった。過酷な処分が下されなかったことを願う。
この一年で、A型三機が失われた。訓練中の事故で一機、長距離ミサイル狙撃で撃墜されたのが二機。三機とも、残念ながらパイロットは
ただし、新潟空軍はこの間に五機の空自イーグルを撃墜している。
F―2A型四機が空席だが、パイロットが不足していた。
「浅川教官、咳してなかったか?」
「そうだったわね」
たとえ微熱でもパイロットを戦闘機に乗せるのは危険だ。もちろん戦時中だからそんな甘いことばかりも言っていられないが、パイロットは貴重だ。温存できるならそうした方がいい。
「毎週十何人も乗せ替えてハイGマニューバやってれば、さすがのワルキューレだって疲れるよな。アラートが鳴ればスクランブルにも出るし」
「浅川教官もそうだけどさ。アラートのたびに全力出撃じゃ、こっちのパイロットがきつすぎるよね」
「四機編隊あたりにつつかれるだけでも、昼に夜にと波状でこられるとまずいな。すぐに逃げ帰るにしても、パイロットの絶対数が違いすぎるから、こっちはすぐに消耗する」
なぜかこの一年、空自はその戦術をとっていないが。
「俺も早く飛びてえな……単独飛行させてもらえるまで、どれくらいだっけ?」
「半年かな。コンバットフライトまでなら一年ってところか」
「長いわね」
「空自の航空学校なら二年だ。俺たちは促成栽培の実戦第一主義だからな」
「……まだ訓練始めて一ヶ月だけどさ。俺は絶対エリミネートされたくねえ。俺は、空に上がりたい。戦場の空に」
延岡がぽつりと言った。
「俺もだ」
「あたしもよ」
「あたしも」
俺は、不吉なことなので言うかどうか迷ったが、言っておくことにした。
「……万が一。今日、一機でも戻らない機があったら。週末の買い物は、キャンセルだ」
「そうね」
「……うん」
「おう。ま、大丈夫だろ。うちのパイロットは精鋭揃いだ。ライトニングの二十機でも飛んでこねえ限りはな」
「空自もまだそこまで調達してないだろう」
俺は思わず笑った。
そこで、なぜか俺は突然感傷的な気分になった。
「……俺は、おまえたちと四人で空を飛びたいな。蒔絵とみちるは、嫌だろうが」
沈黙が流れた。うーん。外したな。恥ずかしい。
「……ねえ、海彦」
沈黙を破って、蒔絵が言った。
「初めて会った時のこと。今さらだけど……ごめんなさい」
「初めて?」
「どうしてまだ生きてるの、って……」
「ああ」
俺も思い出した。
「気にしてない。似たようなことは、何度も言われたことがある。もっと直接的に、死ねとか」
「あの……できたら、あたしの謝罪を受け入れてもらえると……」
「え? ああ、そうか。……そう言えば、こんな風に謝られたのは初めてだな。ありがとう。蒔絵にそう言ってもらえて、嬉しく思う」
「あ、あたしも! ごめんなさい!」
みちるが長身を折りたたんで頭を下げた。
「ああ、わかった。ありがとう、みちる」
「え、田中そんなこと言ったのか?」
延岡がドン引きしていた。
「あのっ……徴兵されて、ちょっとやさぐれてて……」
「にしてもまあ……水沢は?」
「せ、責任取れって……」
「それも死ねってことじゃねえか。怖っ。女怖っ」
女子二人が赤くなっていた。
「ま、でもとにかく仲直りして、四人で空飛ぼうぜってことだな」
「F―2Aの残り四シート、全部俺たちが取りにいくつもりでな」
「そうね」
「もちろん」
戦場の空。そこは死の世界だ。だが、俺たちはそこへ行く。必ずだ。
「……となると、まず問題が一つだな」
「なんだ?」
「俺ら
「……ちょっと延岡。今あたしの胸見て言った? 言ったでしょう?」
「いやいや、見てない言ってない」
延岡はにやにや笑いながら、視線は蒔絵の胸にロックオンしていた。……ふうむ。
「そうよ、どうせあたしはAAよ! 悪かったわね!」
「待て、そこまで聞いてねえだろ、やめろ生々しい!」
「……あっ。延岡って、あたしにはひどいこと言ったくせに、自分に下ネタ向けられると弱いのね? そうなのね?」
「ななななにが?」
延岡が攻守逆転して超挙動不審だった。
「ふうん? ねえ、ちるちるがGの92って知ってた?」
「ななななに言ってんのよ!」
みちると延岡が真っ赤になった。俺はのけ反った。Gって……グラビアアイドルか。92Gマニューバだったら空中分解して即死だな。あ、思わず見ちゃった。うお……これは確かに……。
「う、海彦てめえ! なにガン見してんのよ!」
「あ、悪い」
淡白に返事をしたが、みちるが両腕で隠そうとしている胸は隠せるようなものじゃなかった。これはすごい。新発見だ。
「あ、浅川教官だって、Fカップだって!」
「なに、ちるちるってあの大人の魅力の浅川大尉より大きいの!?」
俺はもうたまらずに吹き出した。
「……なんだよ。泉は女作らないとか言ってたくせに、興味はあるのか?」
延岡に言われて、俺は首を傾げた。
「恋人を作らないのと、女に興味がないのとはイコールじゃないだろう」
「……え、海彦ってあたしらに興味あったりするの?」
みちるが驚いたように聞いてきた。
「異性的な意味で?」
「あたりまえでしょ」
俺はみちると蒔絵を見比べた。
「いや、特にそう言う意味では興味ないな」
「あなたひどいわね!」
蒔絵が叫んだ。なぜ怒る。
「……まあいいわ。あたし管制室行ってくる」
普通管制室内は部外者立入禁止だが、蒔絵は口を開かなければ絵に描いたような純和風美少女で、だいたいのところは顔パスで入れると言ううらやましい特殊能力がある。女性相手には発揮されないが。
「なにかあったら知らせてくれ」
「わかった」
「俺らどうする?」
「まあ、走るかな」
たとえパイロットでも、兵隊は走るのが商売だ。
「あたしも行く」
「んじゃ、泉を揉んでやるとするか」
「頼むから俺のペースに合わせてくれよな……」
俺の身体能力は、今のところ延岡はもちろんみちるにも敵わない。蒔絵は多少俺より劣るが、耐G適性は誰よりも勝る。
三人で五キロほど走ったところで、俺の携帯が鳴った。蒔絵からだ。
「はい」
『敵さんお帰りよ。戦闘にはならなかったみたい』
「わかった。俺たちも空港に戻る」
「どうだって?」
「戦闘はなかったらしい。全機無事だ」
「じゃあ、買い物に行けるな」
「着陸するまでは気が抜けないぞ」
「そうだけどね」
俺たちは帰投するパイロットを出迎えるために空港に戻った。
「うおお……」
日曜日の朝。女子二人と合流した延岡が変な声を上げた。まあ気持ちはわからなくもない。
身長一七九センチ(教えてもらった。延岡は一八二センチ)のデカ女が、デカ可愛い女の子になっていた。
「よくそんな女の子っぽい可愛げな服持ってたな」
「う、海彦っ、てめっ、そこかよ!」
薄っすら化粧もしていて、髪型までいつもと違う。
「コーディネートはね、最初困ったのよ。男物みたいのばっかりで。あたしの服貸そうにも、身長が違いすぎるし。でも、たんすの奥を探したら、この服が出てきて。タグ付いたままだったけどね」
「一度も着てなかったのか?」
「あの、す、すっごく可愛いから前に思わず買っちゃったんだけど、こんなのあたしみたいな大きい女が着てもいいのかなって……」
「いや、似合ってる」
延岡も真顔でうなずいていた。みちるが赤くなった。
「これならあたしが見立ててあげなくてもいいかもね。それで、あたしはどう?」
「ああ、可愛い」
長くてきれいな黒髪によく似合っている。
「……なんだかあたしはおざなりね」
「意外性の問題だな」
「この野郎、可愛いとか普通に言いやがる」
延岡が笑った。
「正直に生きろ、と言うのが親父の口癖だった。親父の場合は、いくらなんでもストレート過ぎたと思うけどな」
この程度の冗談口なら、女子も許容してくれるようになっていた。
「じゃ、行こうぜ」
陸軍にLAVを借りた。担当者は、俺を見て嫌な顔をしていたが。延岡が後部ドアを開けて蒔絵を乗せてやったので、俺も真似した。
俺は車を走らせ始めた。
「なんと言うか……軽装甲機動車の後部座席に美少女二人とか、シュールだな」
「ギャップ萌えだよ、ギャップ萌え」
「なんだそれ?」
俺は周囲に注意を払いながらLAVを走らせた。LAVは装甲車であり、窓ガラスの面積が狭く、視界が悪い。
「それにしても、この前の空自機の動きは嫌な感じだったわよね」
その件についてはすでに散々話をしていたが、やはりそこへ戻ってしまう。
「飛行コースだろ。原発狙いだろうって話だよな」
「まさか、空自に原発を爆撃させたりしないと思うけど」
「福島第一原発でも、東北地震で稼働中だった三機すべての原子炉でメルトダウンが起こった。やらないだろう」
「でも、今年って大統領選挙の年なのよね」
「米軍か……」
在日米軍がこれまで新潟独立戦争に介入してこなかったのは、建前上はそれが内政干渉に当たるからだ。ただし、実際にはアメリカ現政権が親日かつ穏健派で、日本政府の対応を尊重してくれているからだと言う側面がある。
たとえば日米安保条約を理由に米軍が新潟軍を攻撃することは可能だ。あるいは国連安保理で常任理事国の決議を採択して、国連軍として送り込むこともできる。
俺たちは新潟軍を呼称しているが、実際には国際法上の軍隊とは認められていない。反政府勢力もしくはテロリストと見なされている。
「今は予備選の終わり頃だろ? 日本の扱いはどんな感じなんだ?」
「どの陣営も、わりと大きく取り上げてるみたい。二期目を狙っている現職以外はね。テロリズムには屈しない、と言うのがアメリカの大方針だしね」
「……そのための偵察に空自機を駆り出してる、と? 本選は十一月だぞ」
「親日派の現職、と言っても限度はあるでしょうね」
「けど、本気で米軍が柏崎刈羽原発を空爆でまっさらにするつもりなら、ステルス爆撃機で高高度爆撃するだろ? 精密爆撃はお家芸だしな」
「それでも、新潟軍の防空能力はしっかり見極めておく必要があるでしょうね。B―2の一機でも撃墜されたら、どんな非難を浴びるかわからないから」
「そして、所詮他国の領土の日本がどれだけ核汚染されようが、アメリカは知ったことじゃない。それでもアメリカは核テロリズムに勝利したことになるからな」
「うえ。なあ、せっかくの休みなんだからもっと楽しい話しようぜ?」
「そうだな。みちる、その服可愛いぞ」
「まだ言うか!」
みちるがシートの背もたれをがんがん蹴ってきて、俺は笑った。
日曜日の万代には珍しく、パーキングメーターが空いていたのでそこに停めた。白線からははみ出しまくったが。
「じゃあ、あたしたちは服とか見てくるから。一緒にくる?」
「遠慮する。延岡は?」
「俺が女の買い物に付き合うのが好きなように見えるか?」
「全然」
男子と女子で、手を振って別れた。
「しかし、買い物つっても、よく考えたら特に欲しいものもねえな」
「俺は運転手だからな」
「じゃあ俺は?」
「ボディガード」
「それは女子と別れたら駄目だろ」
「だからついていけよ。まだ間に合う」
「嫌だ」
俺たちはさほど広くもない万代シティをぶらぶらした。
「NGT48か」
延岡が看板を見上げて言った。
「今日は公演があるみたいだが、最初のが昼からだぞ。観たいのか?」
「別に? ……なあ。ぶっちゃけ、NGTのメンバーより、田中と水沢の方がレベル高くねえか?」
俺は少し考えた。
「確かに」
「お、やっぱり興味あり?」
「いや、ないな。まだ背中を撃たれたくない。そう言う延岡はどうなんだ?」
「まあ、どっちも一目惚れしたっておかしくないくらい可愛いんだけどな。なんでかそう言う気にならねえな」
「戦争のせい……なら、もっとがっつきそうなものだけどな」
「あの二人、あれで相当もててるみたいだぜ」
「それ、ロリコンじゃないのか?」
俺たちと同年代の男は、陸軍空港守備隊にもいないはずだ。
「女子高生相当だから、ロリコンにはならないだろ」
「そうか」
「お、虎の穴。寄っていこうぜ」
「ああ」
延岡はけっこうな量の漫画とライトノベルを買った。
虎の穴を出て、スターバックスでコーヒーを飲んだ。
「あの二人、一時間で戻ってくるかな?」
パーキングメーターは一時間までだ。
「無理だろ。試着やらなんやら。あとで二百円追加しに行こう」
俺たちが車に戻ると、蒔絵とみちるが先にきていた。
国防色の装甲車の脇に立つ美少女二人。ものすごく目立つ。周りからじろじろ見られていた。やっぱりシュールだ。
「早かったな」
「次は古町」
蒔絵がにっこり笑った。
「だと思ったよ」
俺は古町に向けて車を走らせた。そしてしばらく古町の中をぐるぐる車で回った。
「……駄目だ。LAVを停められる駐車場がない」
機械式立体駐車場ばかりで、LAVだと収まらない。コンビニはあるが、やはり駐車場がない。
「無理?」
「万代橋のこっち側に駐車場付きのローソンなかったか?」
「あったな。よし、二人はここで降りろ。あとで迎えにくる」
「ありがと」
二人を降ろして、元きた道を戻った。記憶どおりの場所のローソンに、駐車場があった。
「俺らはどうする?」
「店に張り紙でもされたら面倒だし、ここで飲み物でも買って飲んでいよう」
「じゃ、俺は漫画でも読むか」
ペットボトル飲料を半分も飲まないうちに、蒔絵から電話がきた。
「はい」
『海彦、すぐきて!』
「わかった。駅前通りまで出ろ。拾う」
俺は急いで車を発進させた。
「なんだ?」
「わからない。かなりあわてていた」
「なにごとだ?」
西堀前通六番町のあたりで二人を見つけた。二人が車内に飛び込んできた。
「車を出して!」
蒔絵が叫んだ。
「おい、いったいどうした?」
「ちるちるが男の人殴っちゃって……」
「なにしてんだ、水沢」
延岡が呆れたように言った。
「だ、だって……あいつら、あたしの胸触ろうとしたから……」
「……よし。わかった。泉、車停めろ」
延岡が気の抜けたような声を出した。俺はLAVを路肩に寄せて停めた。後ろからタクシーのクラクションを食らったが無視した。
「ちょ、ちょっと! 車停めないでよ!」
蒔絵があわてて言った。
俺は左後方を眺めた。死角が多く見づらいが、三人の男がなにか怒鳴っているように見える。
「あれか」
「だな。行くか」
俺と延岡は車を降りた。
「駄目よ! 基地に連絡が行ったら問題になるわ! 車でばればれなんだから!」
「殴ったみちるを乗せた時点で同じだろう」
「一般人に怪我させたりしたら、大変なことになるわ!」
まあ確かに。しかも俺は泉だ。だが。
「戦友を舐められたままではいられない」
「そう言うこったな。二人は車から出るなよ」
俺と延岡が歩道に立つと、三人の男が走ってきた。
「ンだ、この餓鬼!?」
のっけからハイテンションだ。無理もないが、それはこっちも同じだ。
「どうも。そんで、その餓鬼のおっぱいを揉もうとしたロリコン野郎はどれ?」
さっきはロリコンじゃないと言っていたが。
「なんだとコラ!?」
「聞くのも面倒だ。さっさと片付けて飯でも食いに行こう」
「そうすっか」
「舐めんじゃねえぞ餓鬼が!」
一ヶ月の軍事教練は、並の格闘技選手なら三ヶ月分くらいのトレーニングには相当するだろう。三分もかからなかった。
俺と延岡は車に乗り込んだ。
「腹減った。なんか食いに行こうぜ」
「俺は肉がいいな」
俺は車を出した。
「いいね。肉汁たっぷりのステーキ」
「……ほんっとあなたたちは……」
蒔絵は眉間を押さえていたが、みちると同じでどこか嬉しそうだった。
「女性陣はどうよ? 肉」
「あたしはハンバーグかな」
「じゃあ、あたしも」
「つうと、やっぱ駅南のブロンコだよな」
「ああ。戻る」
男子は一ポンドステーキを食べて、女子はジャンボハンバーグを食べた。
「田中は細っこいけど、さすが軍人。よく食うな」
「……延岡。またあたしの胸見て言った?」
「みみみ見てない」
食後のホットコーヒーかコーラには、全員がコーラを頼んだ。
「これからどうする? お茶でも飲みに行くか?」
まあ、もう買い物と言う気分でもないだろう。
「あたし、海見に行きたいな」
みちるが言った。
「海? 空港から毎日見えるだろう」
「海彦って、やっぱり女の子にもてそうもないわね」
「まったくだ」
延岡が笑った。
「……悪かった。じゃあ、北上して笹川流れにでも行くか。南下して原発見るのもなんだしな」
「遠くない?」
「夕飯も外で食べることになるかもしれないが、門限には間に合うだろう」
俺は新新バイパスに乗って新発田方面に車を走らせて、蓮野インターチェンジで下り、それから海沿いの道を走った。
「あ、海がきれい」
瀬波温泉を過ぎたあたりでみちるが言った。
「このあたりまでくると、陸側は山だけだからな。生活排水もなにも流れ出ない」
俺は道の駅笹川流れに車を停めた。
道の駅笹川流れ名物と言われている日本海ソフトクリームを食べた。
「ん? これ、ただ色が青いだけじゃねえのか?」
「ほんとだ。塩味がする」
俺は一度に食べすぎて頭が痛くなった。
道の駅の奥へ進んで、海岸に出た。
「うわ、ほんとに海がきれい!」
みちるが歓声を上げて波打ち際に走っていった。靴を脱いで、そのまま海に入ってしまう。
「待ってよ、ちるちる!」
蒔絵も追いかけていった。
二人でばしゃばしゃと海水を跳ね散らかせている。せっかくの可愛いスカートがびしょ濡れだ。
「……あれが、もてもてなのか?」
子供だ。
「いや、まあ……けど、空港だとあんな風にはしゃぐ二人の姿は見れないだろ?」
「まあそれは確かに」
考えてみれば、俺たちはまだ十五歳の餓鬼だった。一ヶ月の戦闘機パイロット訓練で、なんだか歳を取ったような気がしていた。
「海彦、延岡! あなたたちもきなさいよ!」
蒔絵が笑顔で俺たちを呼んだ。二人とも、本当に楽しそうな顔をしている。
「……どうする?」
「行こうぜ。今日の俺たちは、パイロット候補生でもなんでもねえんだ」
「ああ。そうだな」
俺と延岡も、海に向かって突撃した。
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