来阪
上条 樹
来 阪
「この人、チカンです!」電車の中、いきなり女性に右手を掴まれて告発される。
「な、なにを?」もちろん冤罪なので、その手を払い、俺は脱兎のごとく逃走をはかった。
取り押さえようとする人々をかわすその身の熟しは、まるで一流のラグビーの選手のようであった。
改札を通り抜けて、追いかけてくる者がいない事を確認して安堵のため息をつく。
「冗談じゃない!」呼吸を整えて呟いた。
その場から、立ち去ろうとすると服の袖を引っ張られるような感覚に襲われる。
「捕まえたわよ。このチカン男!」振り返れば、そこには先ほど俺をチカン呼ばわりした女子が立っている。
「お前は、なにを根拠に言っているんだ!俺はチカンなんかしていない!」言いながら、俺の服の裾を掴んだままの彼女の手を振り払った。
「私、陸上部のスプリンターなんだから、逃げられないわよ!」
「いい加減にしろよ!どこに証拠があるんだ!」俺は逃げるのを止めて、彼女に詰め寄った。
「しょ、証拠......、そんなもの、無いわよ!私の感よ!」彼女は、両こぶしを腰に当てて、威張るように言った。その仕草が少し可愛く見えた事が悔しかった。
「馬鹿馬鹿しい!これだから都会の女は嫌いなんだよ!」俺は、久しぶりに知り合いと再会する為に、大阪の町に来た。普段は兵庫県の三木という喉かな場所で居住している。
「なによ!私だって大阪人じゃないもん。大切な人に会う為に奈良から時間をかけて来たのに、あんたみたいなチカンに会ってしまって、もう最悪!」何かを振り払うように、両手を振った。
「チカンって言うな!えっ、奈良だって、君は奈良から来たのか?」俺の鼓動が早くなった。
「そうだけど、なにか?」彼女も何か思い当たる節があるように言葉を詰まらせた。
「君は、君は、もしかして......、直美さん?」俺は、直美という少女と会う為に、大阪まで出てきた。彼女は小学校の頃の同級生で、俺の初恋の人であった。今は、奈良の西大寺というところに住んでいる。
奈良に転校した彼女と手紙のやり取りを続けてきたのだが、本日、数年ぶりに彼女と会える運びとなった次第だ。
「いいえ、違うわ」
「ち、違うのか」俺は言葉通りズッコケた。
「まあ、少しだけど話してみると貴方は良い人みたいだし、私の感違いかもね。今日は許してあげるわ」なぜか、上から目線で言われている事に、多少腹も立ったが、よく見れば、可愛いので俺も許してあげることにした。
「私は、ずっと憧れていた人と、今日会う約束をしているのよ。あんたも、そこそこカッコ良いけれど、彼には少し負けるわね」口ぶりからすると、チカン扱いされたことを別として彼女の俺への印象は、それなりに好印象だったようである。
「ああ、そうですか。有難うございます」少し嫌味も込めてお礼の言葉を返した。
「それじゃ」彼女は、明るい笑顔で手を振って駆けていった。
その仕草、笑顔が眩しいくらい可愛く思えた。
* * * * *
「き、君が直美ちゃん・・・・・・?」俺は驚きのあまり目を見開いていた。
「やっほー、イケメンになったね。」目の前にいる直美ちゃんは、俺の想像していた彼女とはかけ離れた。髪の毛をピンクに染めて、少し焼けた肌に極端に短いスカート。目のやり場に躊躇するくらいであった。
「だいぶん、雰囲気変わったね・・・・・・」感じた事をそのまま言った。
「そうかな。普通だよ。こんなの」直美はニヤニヤと笑っていた。「それじゃ、どこに行こうか?」彼女は俺の腕に絡めてきた。
その、あまりにも不釣り合いなカップルに周りから失笑を浴びそうなので、丁寧に振りほどき辞退した。
「ちぇ!」直美はなぜか舌打ちをした。その言動、行動、雰囲気から、かなり遊んでいるのであろうという事が、鈍感な俺でも読み取れた。
「あれ?あいつ・・・・・・」前方を見ると、なにやら男二人と少女が歩いている。半ば強引に連れていかれそうになっている少女の顔に俺は見覚えがあった。俺をチカンと間違えたやつだ。
「あらあら、あの子、可哀想に」直美は、少女達の姿を目で追いながらその言葉を放った。
「どういうこと?」言葉の意味が理解できずに聞いた。
「あの男達、この界隈で有名なスカウトよ。女の子をナンパしては、イヤらしい動画撮影を強要するらしいの。酷い目にあった女の子が沢山いるみたい・・・・・・・」直美は遠くを見るような目で呟いた。
「そうなんだ・・・・・・」そう、返答をしながら先般、彼女と話していた場面が頭の中に蘇ってきた。
『この人、チカンです!』
『しょ、証拠......、そんなもの、無いわよ!私の感よ!』
『話してみると貴方は良い人みたいだし、私の感違いかもね。許してあげるわ』
『ずっと憧れていた人と、今日会う約束をしているのよ』
『それじゃ』
「ちょ、ちょっと、どうしたの?!」愛らしい笑顔で、手を振る少女を思い出した瞬間、俺は直美を置いて駆けだしていた。
彼女と男達が消えていった方向に走っていく。
「どいてくれ!」俺は人波を掻き分けながら少女の姿を探した。
ネオンの輝くホテル街の辿り着くと、ラブホテルの前で揉めている男女の姿が目に入った。それは、あの少女であった。
二人組の男のうち、小柄な男に突進してタックルをお見舞いする。男はその勢いで後方の壁に激突して悶絶する。
「なんだ、お前は!」茶髪の大柄な男が問答無用で殴りかかってくる。
「クラウチ!バインド!セット!」男の拳をかわして、掛け声をあげてから男の腹部の辺りに体をぶつけた。
「ゲホッ!」男はくの字になって弾け飛んだ。
「こっちだ!」俺は、少女の手を握ると、その場所を一目散に退散した。
「あ、ありがとう」涙目で少女はお礼を言った。
「憧れていた人は、どうしたんだ?」俺は呼吸を整えながら訪ねる。
「私・・・・・・、私・・・・・・、騙されていたみたい・・・・・・」そういうと、彼女は号泣しだした。
「ふー、そうなんだ」言いながら、ポケットからハンカチを差し出した。彼女はそれを受け取ると涙を拭った。
「あ、あなたは、幼馴染に会えたの?」彼女は、少しだけ落ち着いたようだった。
「うーん、俺の方は結局すっぽかされたよ」頭の後ろに手を組んで俺は答えた。
「なんだ、そうなんだ」言いながら、零れるような笑みを見せた。
「どうだ、田舎者同士、飯でも食べにいくかい?」
「ん、私、そんなに軽い女じゃないわよ」言うと、背中を向けた。
「そりゃ、どうも」俺は不貞腐れたように空を見上げた。少し夕焼けが歓楽街の空を埋めている。
「でも、貴方は良い人みたいだから・・・・・・、今日はいいよ。ちょっとだけ、イケメンだし、チカン君」元気を取り戻したようだ。
「それは、君の勘違いだろ」そう言いながら満面に微笑む笑顔を見て、俺は彼女に心を奪われたようであった。
完
来阪 上条 樹 @kamijyoitsuki
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