少年の霊 ~ 怪異譚は眼帯の巫女とたゆたう ~

佐久間零式改

少年の霊



 K県M市にある国道にある、とある十字路には子供の霊が現れるという噂が最近たっていた。


 その十字路を通り抜けようとした時に、子供の人影が飛び出してくるというのだ。


 運転手は慌てて急ブレーキをかけるも、人を轢いたような感触も音もしない。


 確認しようと外に出ると、誰も倒れてもいないどころか、人影が周囲にはないという。


 そのためなのか、近年は心霊スポットとして騒がれている。




                  * * *




「この場所で少年が死んだのは事実である。昔の新聞にそのような記事が載っているのを私が確認した。そのため、ここで事故死した少年の霊がここに出没するというのは事実であると推測される」


 私はそんな台詞を諳んじた。


「つまりここで出没するという幽霊は、その少年の霊と伊達さんは言いたいんですね」


 今回の心霊探訪に参加してくれた最近デビューしたアイドルの卵である秋元美奈穂あきもと みなほが確認するように言ってきた。


 生配信は、私とこのアイドルの卵、それと、タレントの田部田守男たべた もりおと数名の撮影班で行っている。


 タレントを呼んだりしている、それなりにお金をかけた配信という事もあり、力が入ってしまう。


「はい。ここが心霊スポットと呼ばれるようになったのは、その少年の死が関係していると思われます」


 私はそう断言した。


 心霊スポットを生配信しようという企画が私の元に来たのは、数週間前の話だ。


 新進気鋭の霊能力者『伊達順慶だて じゅんけい』として配信などを行っていたから私に話が来たのだろう。


 これまでの様々な心霊現象を解決し、数多の心霊スポットで霊視などを行い、視聴者に対して警告などを行ってきた。


 そういった功績が認められたのであろう。


 喜ばしい事だ。


「その少年の霊がここに……出るですかねぇ。納得できるような、納得できないような気もしますがねぇ……」


 私の言葉に疑う素振りを見せる田部田。


 十字路の様子をうさんくさげに見回した。


 十字路で事故が起きないように存在している四つの横断歩道。


 その横断歩道のための信号が整然と並んでいる。


 そして、ここで事故があったためなのか、学童の格好をした飛び出し坊やが設置されていた。


 交通量はそれなりにあるのだけど、横断歩道を渡る人はあまりいない。


 車社会であるかなのか、歩行者の姿もあまりない。


「私は感じます。少年の幽霊の気配を」


 私は少年が事故にあった場所を指で指し示した。


「俺は全然感じないですがね」


 田部田がおどけたように言う。


「田部田さんは鈍感なんですよ。私はちょっと寒気がしてきていますよ」


 秋元が身震いするなり、両手で自分自身を抱きしめるような格好をしてみせた。


「田部田さんには見えませんか? 今まさに横断歩道を渡ろうとしている少年の霊がそこにいるのが」


 私が指をさしたまま、そう言うも、田部田は態度を改めない。


 それどころか鼻で笑ったくらいだ。


「はっ。私には見えませんね。はったりか何かなんじゃないですかね?」


 田部田はにたにた笑いながら、私の事を小馬鹿にするような態度を取った。


「霊能力者なら、その少年の霊って奴を私に見せてくださいよ。具現化したら、私だって信じますがね」


 そう挑発さえしてきたくらいだ。


「……そ、それくらいに……し、してください……田部田さん……」


 苦しそうな秋元の声で私と田部田は顔を見合わせて、ほぼ同時に彼女の事を見た。


 するとどうだろうか。


 身体をガタガタと震わせながら、今にも倒れそうなくらいに足取りが怪しくなっている。


 顔はすっかりと青ざめていて、風邪か何かを患ったようにも見える。


「どうしたんだ、秋元さん?」


 田部田が顔を引きつらせながら心配そうに訊ねる。


「……少年の霊が……」


 私は真剣な眼差しで秋元を見つめる。


「……少年の霊が取り憑いた……」


 そして、決め台詞のようなこの台詞を紡ぎ出す。


「除霊の必要が出てきたようだ」


「……さ、寒いです……。身体が……寒くて……寒くて……凍えそうで……」


 秋元が立っている事もできなくなったのか、その場に崩れ落ちた。


 田部田が秋元に気か付こうとするのを手で制した。


「無闇に近づいてはいけない。祟られる」


「はっ?! 祟られる!?」


 意外そうな顔をして田部田が立ち止まった。


「私が除霊をするまで近づいてはいけない」


 私は秋元の前まで優美な足取りで近づき、


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前ッ!!!」


 と、いつものように九字切りをしてから次の作法へと移ろうとした時であった。


 何かが身体に当たって、私はよろめいてしまった。


「なんだ?」


 何が起こったのか分からず、私は尻餅をついた。


 私とした事が、何かに躓いてよろけてしまうのだろうか。


「ぐおっ?!」


 立ち止まっていた田部田が何かに殴られたかのようにもんどり打つように地面に倒れていった。


 何が起こった?


 こんな展開、脚本にはなかったはずだが。


 私が秋元の除霊に成功して、それで心霊スポットに近づいてはいけないと視聴者に警告して終わる算段ではなかったか?


「……ああああああああ……」


 悲鳴にならない声を上げて、少年の霊に憑依された振りをしていた秋元が頭から血を流しながら地面に伏せた。


 そして、身体をひくひくと痙攣させながら、口から吐瀉し始める。


 何が起こっている?


 何があったんだ?


 遠くにいる撮影班を見やるも、彼らは全く動じていない。


 これも演技だと思っているのか、撮影班は。


「……逃げろ……強力な幽霊だ……逃げろ……」


 背後から重い一撃を食らい、私は秋元や田部田と同じように地面に突っ伏した。


 頭から生暖かいものが垂れてきているのが分かる。


 血だろうか?


 いや、それよりも何が起こっているというのだ?


「知り合いの怪異から紹介だからと引き受けたのですが……」


 倒れている私の耳に女の声が届いた。


 声音から若い女だと分かる清涼感に溢れた声だ。


 だが、どこか失望の色が見え隠れしている。


「……誰……ですか?」


 意識がもうろうとしながらも、私は顔を起こして声音の主を見ようと試みる。


 巫女であった。


 禍々しいオーラが自称霊能力者にも見えるほどの人ではない『何か』であった。


「そこにいる撮影スタッフから依頼を受けた正真正銘の退魔師です。あなたのような自称『霊能力者』とは違う本物です」


 巫女は倒れている私を嘲笑するかのように口角を上げた。


「……ば、馬鹿な……」


 私はこの巫女の噛ませ犬か何かで呼ばれたのだろうか?


「それに少年の霊などここにはいません。あなたの霊能力者としての能力を試していたのですが、ただの詐欺師だったようですね。嘆かわしい」


「な、何がいるというのです……ここには……」


 この巫女には何が見えているのだろうか?


「付喪神ですよ。飛び出し坊やに魂が宿り、夜な夜な道路に飛び出していただけです」


「飛び出し坊や……が?」


「ええ。あなたやそこに倒れているタレントにぶつかったのは、その飛び出し坊やです」


 確かに飛び出し坊やはそこにあった。


 それに魂が宿って飛び出していた。


 そんな事があってたまるものか。


「あり得ない……あり得ないですよ……」


 そんな事があってたまるか。


 まるで私が破滅するように仕向けられたような状況ではないか。


「怪異に明確な法則性はありません。数年で付喪神という魂が宿る事もあるのですよ」


 巫女は不敵に笑った。


「あなたはそのまま死ぬ方が楽になるでしょうね」


「どういうことです?」


「先日、あなたが欺した方が霊障によって亡くなりました。この生配信はその方の遺族によって企画されたものです。あなたが惨めに死んでいく姿が見たいという目的で……」


 巫女は懐から刀を取り出して抜き放った。


「……さて、エペタムで怪異を退治して終わらせましょうか。この茶番劇を」


 私は薄れ行く意識の中で強く思った。


 ここで死ねない。


 私をこんな目に遭わせた奴に復讐するためにも……。



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