第26話 二人は村長

 数日後。


 晴天の空の下。

 中央池の畔にある広場に作られた特設会場。

 そこに現在この村に住む全ての住民たちが集まっていた。

 といっても、俺とエルモとレート以外は魔物たちではあるのだが。

 

「えー、みんな聞こえてるか?」


 エルモの魔法によって拡声された俺の声が響くと、住民たちが大きく手を振って応える。

 どうやらきちんと一番後ろのゴブリンまで届いているようだ。


「今日は前から告知していた『釣り大会』を行う。そして大会が終わった後は皆で開村記念パーティを行う予定だ」


 おぉぉぉぉぉ!!

 ウォーン!


 広場中を歓声と遠吠えが席巻する。

 俺はそれが落ち着くのを待ってから話を続ける。


「それじゃあ、次に村長による開会の言葉だ」


 そう言いながら俺は舞台の脇に控えていたエルモの元に駆け寄り腕を掴む。


「え?」


 突然のそんな行動にエルモは驚きの表情を浮かべていたが、俺はそのまま舞台の中央へ彼女を連れ出す。


「ちょっ、ちょっとまってよ」

「さぁ村長。挨拶をどうぞ」

「村長ってまさか僕!?」

「そうだぞ。エルモ村長」


 当然だという風に応えた俺の言葉に目をまん丸にするエルモ。

 彼女のそんな顔はめったに見られない。


「村長はルギーでしょ?」

「は? 俺なんかに村長なんて役目が務まるわけ無いだろ」


 俺はエルモの背中を少し強めにポンッと叩くと「じゃあ任せたぜ」とだけ告げて舞台脇に捌ける。

 舞台中央で何が何やらわからないといった顔でキョロキョロを周りを見回すエルモ。


「やっぱり相談も何もなしにエルモさんに村長を押しつけたのは不味かったのではないでしょうか?」

「レートだって『面白いですね。やりましょう!』って言ってたじゃないか」

「言ってませんよ!」

「そうか? 俺にはお前のそんな声が聞こえた気がしたんだが」

「いつの間にルキシオスさんは読心術まで使えるようになったんですか!」

「やっぱりそう思ってたんじゃないか」

「言葉のあやですっ」


 そんな俺たちの方に、エルモが救いを求めるような目線を送ってくる。

 それに対し、にっこり笑顔で微笑み返すと、親指を立てて声に出さず口の動きだけで『がんばれ村長』とエールを返す。


 俺のそんな態度に、やっと諦めが付いたのかエルモは仕方ないといった風で広場の方へ向き直る。


「エルモ村長!!」

「村長ー!」


 会場からそんな声援が湧上がるのを、エルモは静かに手で制すると口を開いた。


「えー。僕が村長になったらしいエルモです。実は今初めてその事を知りました」


 その言葉にどっと会場が笑いに包まれる。


「今日この日を迎えられたのも、みんなの協力があってこそです。最初は僕とルギーの二人だけでひっそり暮らしていく予定だったんだけどね」


 広場に集まる民衆と、その後ろに広がる家々を眺めながらエルモは続ける。


「それが何故かこんな大所帯になってしまって、正直驚いてます」


 やがて広場に集まった民衆はエルモの言葉を聞くために静かになっていく。


「村長の僕ともう一人の村長であるルギー、そしておまけのレートにとっては、この元魔王領はまったく未知の土地なので、これからもこの地の住民のみんなに協力して貰いながら、楽しく過ごしていたらなと思っています」


 ん?

 今エルモはなんて言った。


「おまけ……たしかにそうかもしれませんけど」


 横でしょんぼりとしているレート。

 だが、俺はそんなことよりも今エルモが口にした言葉に驚いて、舞台上に飛び出した。


「ちょっ、もう一人の村長ってなんだよ!」

「言葉通りの意味だけど?」

「いやいやいやいや。村長が二人とかおかしいだろうよ」

「そう? 僕は気にしないよ」

「お前は気にしなくても、みんなが気にするだろうが!?」


 気色ばんだ俺のその言葉をエルモは全く気にした風もなく、口の端に笑みを浮かべると広場にもう一度向き直る。

 そして両手を広げ、大きな声で民衆に問いかけた。


「この中にルギーがもう一人の村長になることに反対の人はいるかい?」

「みんなもおかしいと思うよな? な?」


 慌てて民衆の方を向いた俺に返ってきたのは――


「賛成だ!」

「ルキシオス村長ばんざーい」

「エルモ村長ばんざーい」

「異議なし!」


 そんな肯定の言葉ばかりで。


「これでルギーも後には引けないよね」

「お前なぁ」

「最初から僕にちゃんと相談さえしてくれていたら良かったのに」

「だってそれじゃあ面白くないだろ」

「村長って面白いとかそういうので決めることじゃないと思うよ僕は」


 そう言って笑うエルモの顔はとても嬉しそうで。

 俺は何も言えなくなってしまう。


「あのー、そろそろいいゴブか?」


 そんな俺たちに、舞台脇から声がかかる。

 今回の釣り大会に出場するメンバーの一人、ゴブローだ。

 そのゴブローの後ろには何人ものゴブリンとコボルトが控えているのが見える。


「と、とにかく後できっちり話し合おう」

「うん、わかった。それじゃあ僕はいったん捌けるね」


 そう笑顔のまま返すと、エルモは軽い足取りで舞台袖に向かう。

 入れ替わりにゴブリンとコボルトがそれぞれ十人ずつ舞台に上がってくる。


 今回の釣り大会はゴブリンとコボルトのコンビで行われる。

 これは異種族同士協力しあって仲良くなろうという意図……ではない。


「今舞台上にあがったコイツラが、あの池の主と戦う勇者たちだ!!」


 オオーッ!!


 途端、メインイベントの始まりに会場から今までで一番大きな声援が起こったのだった。

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