第12話 悪党どもの巣へ

「ひでぇ目に遭った」

「自業自得だよ」


 俺たちは今、ゴロツキどもから聞き出した奴らの組織の本拠地という砦に向かって歩いている。

 日はようやく昇り始めたばかりで、周りはまだ薄暗い。

 多分裸で町の外に縛り付けて置いた奴らもまだ発見されていないだろう。


「まさか着替えてる途中に変身が解けるなんざ予想外だったぜ」

「いきなり脱衣所から悲鳴が聞こえたからびっくりしたよ」

「だからといっていきなり宿の外に放り出すのはどうなんだよ」


 女湯に迷わず入った俺は、何人かの女たちが着替えている中、普通に着替えを始めた。

 その時だ。

 突然からだがむずむずしてきたなと思ったら、元の男の姿に戻っていたらしい。

 というのも俺の目の前には鏡も何もなかったからだが。


 脱衣所にいた女たちが上げた悲鳴。

 そして風呂場から突然飛び込んできたエルモ。

 次の瞬間には俺は宿の外に全裸で放り出されていた。

 エルモの転送魔法だろう。


 何が何だかわからず棒立ちだった俺。

 路地で寝転んでいた酔っ払いに「兄ちゃん。変態か?」と声を掛けられ始めて自分が男に戻っていることに気がついた。

 そして、どうしてエルモがこんな事をしたのかを理解したのだ。


 エルモの変身魔法は体の構成すら変化させるため、よほどの魔法の使い手でも見破ることが出来ない。

 だが、その効果時間は一日ほどでしかない。

 俺はそれをすっかり忘れていたのだ。

 なんせ、変身魔法を掛けられた経験が今まで数度しかないのだから。


「だけど宿の外に転送するこたぁなかったろ」

「突然のことだったし、仕方ないでしょ」

「せめて部屋に帰すとかさ。素っ裸のままじゃ宿にも戻れねぇし」


 しょうがなく俺はあのゴロツキたちから剥ぎ取って路地裏に捨てて置いた服を着て宿に戻る羽目となったのだ。


「なんだか体がかゆいんだけどよ。あいつらの服になんかついてたのかね」

「そうなの? ちょっと僕の体に触らないでよ」

「逃げんなよ。おまえのせいなんだから、分かち合おうぜ」

「そんなの分かち合いたくないよ。ちょっとまって」


 俺から素早く離れたエルモは、片手に黒い光を生み出す。

 その光が消えたかと思うと、一瞬俺の体が何かに包まれるような感覚を覚えた。


「これで綺麗になったはずだよ」

「ボディウォッシュ魔法か。洞窟ダンジョン以来だな」

「結局ルギーはお風呂にも入れなかったからね」

「お前のせいでな」


 ダンジョンでの修行で、長期間地下に潜っていると体を洗う場所がほとんどない。

 冒険者を生業にしている連中はそれでもかまわないらしい。


 だが俺やエルモは長期間町や村から離れたことがない。

 そんな者にとって、何日も体を拭く手段すらないのはかなりつらい経験だった。

 なので、何度目かの死に戻りのさいに、我慢できなくなったエルモが必死になって覚えたのがこの魔法である。


「でもよ、まさかあんなに大騒ぎになるとは思わなかったよな」

「魔法を使って女湯に忍び込んだ犯罪者がいたんだよ。騒ぎになって当然だよ」

「犯罪者とか言うなよ。不可抗力だったんだし」

「不可抗力って。女湯に入ったのは自分じゃないか」

「しかたねぇだろ。女の体だったんだから」


 騒ぎの後、宿の人間が町の警備兵を呼んだらしく、かなりの騒ぎになった。

 変身魔法は体にかなりの負荷を掛けるため、そう連続して掛けられない。

 なので既に元の姿に戻ってしまっていた俺たちは、警備兵が部屋に廻ってくる前に逃げ出すしかなかったのである。


「さすがに何の罪もない奴らをぶっ飛ばすわけにもいかないからなぁ」

「どちらにしろ朝にはゴロツキたちも見つかってもっと騒ぎが大きくなるだろうけど」

「部屋の中にあいつらの服とか持ち物全部放り込んできたしな」

「しばらくは警備兵の詰め所で尋問されるだろうね」


 身体能力がかなり向上している俺たちは、普通に歩いているつもりでもかなりの速度を出せる。

 もちろん本気を出せばもっと早い。


「もうそろそろか」

「この山を越えたところだよ」


 主街道から脇に逸れ、深い森の中を抜けたところに左右が崖になった細い山道への入り口があった。

 途中の道も馬車の轍の跡はあったものの、かなり荒れて草も生えて誰ともすれ違わずここまで来たのだが。


「この先に見張りがいるな」


 俺の視界には見えていないが、気配を感じる。

 この山道を通る人を監視しているのだろう。


「どうする?」

「真正面から突っ込んでも負ける気はしねぇけど、連絡されてお宝を持って逃げられるのも適わないな」

「じゃあ僕が裏から廻って全員眠らせてくるよ」


 そう言うなりエルモは空中に飛び崖の上に向かっていった。

 まさかこの先に居る見張りも山道でなくいきなり崖に登ってくるとは思っていないだろう。

 たとえ、それを予期して罠を仕掛けてあったとしても、今のエルモがそんなものに引っかかるとは思えない。


「エルモが戻ってくるまで寝よう」


 宿で一睡もせず町を飛び出しここまでやって来たせいで、かなり眠い。


 ダンジョン内での修行のおかげで、数日くらいは眠らなくても過ごせる様にはなっている。

 だが、眠れる時には寝ておくのも大事だと言うことも身にしみてわかっていた。


「これでいいか」


 そこら辺にあったちょうど良い大きさの石を素手で眠りやすいように形を整えると、それを枕に横になる。


「おやすみ」

「ただいま」

「うをわっ!! って、エルモ早すぎだろ」


 瞼を閉じて夢の世界へダイブしようと思っていた俺は、あっという間に帰ってきたエルモに驚いて起き上がる。


「この程度のことならすぐ終わることくらいルギーもわかってるでしょ」

「ん、まぁそう言われればそうかもしれないけどさ。まだ慣れて無くて」

「もぅ、しょうがないなルギーは。とりあえず全員眠らせて拘束して置いたけど」

「それじゃあさっさと砦とやらに向かうか。寝るのはその後でいいや」


 俺は収納ポーチから町で買った革手袋を取り出し手にはめる。

 勇者との決闘とゴロツキとの戦闘でわかったのだが、俺は強くなりすぎている。


 拳ならまだ手加減できる。

 だが剣や槍などの刃物系やモーニングスターなどの鈍器を使って戦えば出来上がるのはスプラッタの山だろう。


「ルギーってそういう所妙に優しいよね」

「は? ちげーよ。さんざんあくどいことをしてきた奴らなんだろ? だったら絶対に賞金首とか一杯いるに違いないからよ」

「首だけあれば良いんじゃないの?」

「お前、怖いこと言うなよ。俺はスプラッタは苦手なの。それに大抵賞金首って生かして連れてった方が賞金が高くなるって村に来てた冒険者が言ってたんだよ」

「拷問して色々聞き出せるからだろうね」

「エルモ……お前都会で心が汚れちまったんだな」

「違うよ。ダンジョンで地獄を見てきたせいだよ。つまりルギーのせい……だから責任とってね」


 エルモはそう言うと無邪気な笑顔を浮かべて俺の手を握る。

 その笑顔に俺は少し背筋に寒いものを覚えたが気のせいに違いない。


「じゃあ一気に飛ぶよ」

「歩いて行かないのか?」

「飛んだ方が早いでしょ。それに見張りももういないから誰に見られる事も無いしね」

「おい、エルモ。お前本当に見張りは眠らせただけなんだろうな」

「もちろん。それじゃしっかり手を握っててね。離したらおちちゃうからね」


 その言葉と同時に俺たちの体が浮かび上がり、一気に崖の上に急上昇する。

 ダンジョンの中ではエルモとこうやって何度も飛んだ事があるが、屋外では初めての経験だ。


「ちょっと怖いな」

「大丈夫だよ。それに多分今のルギーなら落ちても死なないでしょ」

「……手、離さないでくれよ」


 そう言ってエルモの手を強く握る。

 俺は少し高所恐怖症の気があるらしいとこの時初めて知ったのだった。



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