勇者と魔王の戦い

@ie_kaze

第1話

「貴様が、魔王か」

「いかにも、我こそがこの魔界を統べる王、その者である」

 勇者にとって魔王は、ただ正面に座っているだけでも強烈な圧力があった。まだ臨戦態勢に入ったようにも見えず、ただその迫力に額から汗が噴き出ている。

 だが魔王を倒さなければこの旅は終わることができない、たとえここで朽ち果てようとも、打ち倒そうとも、旅はここで終わりを迎える。

 そう思って相対しているだけなのに、それだけで体力が持っていかれていく。

 どう切りかかったものか、色々な方法を頭の中で思い浮かべるも、そう思って観察をしてみると実に隙の無い魔王だった。

 力量差は歴然だった、勇者も馬鹿ではない、それまでの経験から魔王が敵わない存在だという事くらい、相対してすぐにわかった。

 それでも倒せないものかと頭を巡らせていたのだった。

 

 ところが勇者が策をめぐらせている間、魔王から襲い掛かってくることはなかった。

 聞いていた話とは違った、魔王は残虐で、自分以外を生き物とさえ思わないようなふるまいをしていると、そう天使に聞いたからだった。

 おかしい、話に聞いた魔王とは違う。

 そんな勇者のしかめ面を見ると、魔王は沈黙を破った。

「何がおかしい」

「いや、話に聞いていた魔王とは違うと思ってな」

 勇者は思わぬ時間稼ぎができたと思い、話を伸ばそうと画策してみた。

 いまだにどのような手を使っても敵わぬビジョンしか見えない魔王を前に、一分一秒でも時間ができるのは渡りに船だった。

「貴様は、私についてどのように聞いている」

「冷酷非道、残虐の限りを尽くし、この世界を破壊しようとする者と聞いた」

「それは、誰にだ」

「誰にって、天使にだが」

「なるほど、それで、貴様から見た私はどうだね」

 魔王はよく話す奴だった、話を伸ばそうと思っていたのに、相手がこちらに質問をしてくるとは思わなかった。

 だが言われてみるとおかしなところがある、言い聞かされていた姿とは全く違う、むしろ話の通じるもので、会話ができているのではないのかと。

 それもまた一つの作戦で、油断した瞬間に襲い掛かってくるのではないのかと一瞬だけ頭を巡ったが、それはない、勇者と魔王の力量差は絶望的だったからであり、相手もそれは理解できているはずだと。

「私は、私の同族が平穏無事に過ごせればそれでよいのだ、もちろん人間が魔族を襲うこともあるし、逆もしかりだ。それは弱肉強食の世界として当然の摂理であり、その場合は私も反撃に出る」

 魔王は一体何を言っているのかと、勇者は時間稼ぎの事を忘れ、その話を真剣に聞いていた。

 そもそもこの戦いの始まりは、何なのだろうかと。

「そうだな、こう聞けば分かりやすいだろうか、貴様は何人目の勇者だ」

「何人目」

 勇者は言葉の意味がすぐには分からなかったが、かみ砕いていくと、つまり勇者は複数人いるのではないのかという事を魔王は言っていた。

「そんなの、私が最初の」

「いいや、違うな、私は少なくとも3人は葬っている」

 息が詰まった、葬っている、殺している、だがそれはさっきの魔王の話を考え見れば当然だ、襲われれば反撃をする。

 だが3人とはいったいどういうことだろうか。

「そして私も初代の魔王ではない、4代目くらいではないだろうか」

 複数人の勇者と、複数人の魔王、だが昔話として勇者の話が伝承されているこの世界は、間違いなく初代の勇者が存在している。

 だがその物語にできなかった勇者もまた存在しているとすれば。

 自分も誰の記憶にも残らない、勇者の一人として死んでしまうのではないのか。

 その事実を知ると体が震え、歯がかみ合わなくなってきた。

 そもそも勇者と魔王とは何なのか、これを使命として与えてきた天使とは何か。

 魔王なんかよりもっと強大で絶対的な、何かの存在に勇者は気づいた。

 そして魔王はそのことをもっと以前より知っていたという事でもあった。

「それでだ、一つ提案がある」

 魔王の言葉はスッと染み入った、味方など誰もいないと思ってしまったこの世界で、皮肉なことに敵であるはずの魔王の言葉が一番心強く感じた。

「これは提案だ、断ってもらっても構わないし、なんだったら無傷のまま貴様を返してやってもいい」

 そもそも全く敵わない相手、その相手からの提案はもはや強制に近いものがある。だが魔の者の提案、そんな簡単に受け入れてもいいのだろうかと悩んでいると、魔王から歩み寄ってきた。

「私も、疲れたのだ、元々私は争い事など好んでいない、襲われたから自衛したに過ぎない。これまでの3人の勇者は聞く耳も持たなかった、貴様はある意味特別だったのだ」

 弱弱しく感じる魔王の声色に、魔王も怯えていることが分かった。これほどの存在でも恐れるものがあるのかと思うと、震えも収まり、話を聞くだけの余裕ができていた。

「手を組まないか」

 それは全く予想していないものだった。

「な、なにを言ってるんだ」

「勇者を殺せば次の勇者が、魔王を殺せば次の魔王が必ず現れる。この世界はそういう理に縛られているのだと私は気づいた」

「つまり、勇者も魔王も死ななければ、この連鎖は止まるのではないかと思ったのだ」

「そうだな、しばらくこの城で私の事を監視してくれて構わない、もし私が不審な動きでもすれば、その時は後ろから刺してもらって構わない、それでどうだろうか」

 勇者は少し考えた、どうせ国に帰っても魔王を倒していなければ何かしらの騒動に巻き込まれるのは目に見ているのだ、しばらくここで過ごしてもかまわないのではないだろうかと。


 それから三日、勇者は魔王と共に行動した、すぐ後ろに立ち、その仕事の数々を見てきたが、不用意に人を傷つけたりと言ったことはない、そして背後にいる勇者に害意を向けることも無かった。

 魔王と言っても普通の人間と似通った生活だった。その姿形が同じならば、変わらない一人の人間だと言えるくらいには。

 魔王を害するチャンスはいくらでもあった、それは信頼してもらうためにと相手に自分を差し出したことを意味する。そこに一切の偽りはなかった。


「それで三日経て、貴様の考えはどうだ」

「俺も難しい話はよく分からない、だが魔王の言うことも今なら信じられるし、何よりもこれほど身を差し出され、信用できないならそれこそ人間ではないというものだと」

「そうかそうか、ではここに勇者と魔王の同盟を組もう」

「同盟って、いったい誰と戦うというんだ」

「共通の敵はいる」

「それはなんだ天使か」

「いや、その上にいる存在、神だ」


 のちに一人の異形の者と一人の人間が、神殺しとして語られるようになるのは、また別の話である。

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