居酒屋

 なぜか、狩屋と二人で居酒屋にいる。

 ワイワイガヤガヤと客の声が煩いので小さな声では話が聞こえないであろう。

「結局、あの女は如月遥ではなかったのかい?」俺は天橋立にいた彼女の事を思い出していた。

「ええ、彼女の名前は金田明美といいます。親の借金の形に風俗嬢をさせられそうになっていた時に逃げだして出会った不動産屋の藤原という男と共謀して如月遥という女性を殺害したようです」狩屋は言いながら目の前にあったネギマの焼き鳥を美味しそうに食べた。


「いや、でもウチの会社も保証会社も身元確認をキチンとして彼女にあの物件を引き渡したんだぜ。まさか整形手術でもしたとか・・・・・・?」

「まあ、昔の知り合いに会っても解からない程度には弄ったみたいですが、前にもお伺いしましたけれど基本的に不動産の管理会社の方って、契約前に入居者と会わないのですよね」

「ああ、だから本人かどうか後で判るように免許証の写しと一緒に顔写真を提出してもらっている。」


「でも、免許証の写真を偽造されていても判らないですよね。いちいち、警察に照合している訳ではないでしょうし、たぶん免許証番号の照合をして過去に事故歴があるかどうかを調べるくらいじゃないのですか?」今度はつくねの串を手に取り美味しそうに食べた。その様子はまるでバイキングが肉を食いちぎるように豪快であった。


「それはそうだが・・・・・・、でもそんな不自然な事をすれば解かるだろう」

「そうですね。でも不動産の仲介業者がグルになっていれば結構簡単にできそうですよ」

「でもどうして殺したんだ。そこまでしなくても・・・・・・」こんな話をしながらも平気で食を進めていくこの男に半場呆れながら感心する。

「新しい人生を歩みたかったって言っていましたよ。金田明美という人生を捨てて、如月遥になろうとしたそうです」捨てるほうは良いかもしれないが、人生を奪われた方は堪ったものではないであろう。

「でも、そんなことしたら普通ばれるだろう!身内や友人から連絡だってあるだろうし・・・・・」

「亡くなった藤原は、お客としてやってきた如月遥の身元を調査して、身寄りや友人がいない事を突き止めたようです。そして二人で・・・・・・」不動産屋というものは、客が思っている以上に個人情報に踏み込んでいく。住所や電話番号など当たり前で、所有資産・年収・家族構成などを聞き物件を紹介していく。売買であれば夫婦で内緒にしている借金まで引っ張り出していく。奥さんが夢のマイホームを買う為に行動を起こした事によって、主人の借金が判明して家庭崩壊なんて事は結構あるのだ。


「藤原にはそんな事をして何のメリットがあったんだ」

「会社の印鑑を勝手に使っているのにも関わらず会社を通さずに仲介して手数料を全部自分の物にしていたようです。それと……、彼が仲介したのは、綺麗な若い女の子ばかりでしたんで……」言葉を濁したが、その意味は理解出来た。まあそういうことである。

「それにしても人を殺してまで……」俺はやるせない気持ちで胸が一杯になった。

「ああ、あと彼には余罪があったようです。他にもそんな人がいるようですので目下調査継続中です。まあ被疑者は死亡しているので逮捕ができないのですけどね」その狩屋の言葉を聞いてゾッとする。もしかしてウチの会社が管理している他の物件でも同じような住人が潜んでいるのかもしれない。

「でも、どうしてワザワザミイラなんかにしたんだ。あんな事すれば証拠が残るのも当たり前だろう」最近のニュースなどで見る殺人事件は必ずと言っていいほど死体をバラバラにして処分したりする。報道されているのは一部で見つかっていない遺体も沢山あるのではないかと俺は思っている。


「その件なのですが……、金田の供述によるとミイラなど作っていないそうです」珍しく狩屋は箸を置いて神妙な顔を見せた。

「なんだって、でも浴室の天井裏に確かに……!」ミイラがあったのだ。

「彼女が言うには、藤原と二人で如月遥を殺害したあと粉々にして焼却しあの風呂場の下水に流したそうでミイラは知らないと……」

「どういう事なんだ?まさか、如月遥が自然に……、そんなバカな!!」殺された恨みで復活を試みたのか!「いや、確か部屋からクサヤのような臭いがしたって……」


「ああ、それは本当にクサヤを燻していたそうです。まあ、主犯の藤原が死亡していますし、僕たち警察にしてみれば事件が解決すれば途中の仮定はある程度許容範囲ですわ」言葉の意味はよく解らないが犯人が捕まれば結果良しと云うことであろう。「藤原が事故で死んだ後しばらく金田は一人で暮らしていたそうなのですが、なんか異様な気配を感じるようになって逃げ出すように引っ越ししていったそうです」考えてみればあのミイラとなった如月遥が見つからなければこの事件が発覚する事は無かったのかもしれない。彼女の怨念が事件解決に繋がったと考えるのが妥当のような気がした。

「じゃあ、あの鍵は?」如月遥のミイラには鍵が一本握られていた。退去の時に紛失していたと云うことで弁償させた鍵だ。

「えーと、あれはさっぱり解りません。入居してすぐに鍵は無くなったそうです」それを聞いて、あのミイラは部屋の中も移動していたのかも知れないと考えると背筋がゾクゾクと寒くなった。「まあ、色々ありましたけど事件としては取り敢えず一区切りです。オカルトな部分は……、僕らの管轄ではありませんので……」そう言うと彼は再び焼き鳥を頬張った。






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