苦情処理

 メゾン・ド・リープの前に到着する。

 マンションの前に現借主の女性が立っている。

 三十路を過ぎた化粧が派手目のいかにも水商売という雰囲気の女性である。


「おまたせしました」大西が社用車のドアを開けながら挨拶をする。


「ちょっと、早くしてよ!」女性は少しイライラしている様子であった。


「水漏れがしている場所がどちらですか?」俺は漏水している場所の確認をする。


「お風呂場の天井から水が落ちてくるのよ。お風呂だから特にお洋服とかは大丈夫なんだけれども、黒い水で気持ち悪くて・・・・・・」女性の話を聞きながら、二階の203号室に移動する。数カ月前に、俺が解約立ち合いをした部屋である。


「ちょっと、お邪魔しますね」そう告げてから、部屋の中に足を踏み入れる。その部屋に入った瞬間に、以前の解約時には感じなかった嫌悪感のような背筋が寒くなるような物を確かに感じる。「浴室はこっちですよね・・・・・・」間取りは確認済ではあるが、一応聞いてみる。


「ええ、そこよ・・・・・・」女性も部屋に入ってから、なぜか先ほどのような威勢のよさは消えていた。


「それでは、失礼します」言いながら浴室のドアを開放する。ドアに触れた手に鳥肌が立つ。浴室の床には、茶色、黒の斑点が点々と落ちている。どうやら天井から滴り落ちたようだ。浴室の上に汚水の配管は来ていなかったと思うが、水というものは建物の構造によって思いもよらない場所に影響を及ぼしたりするものなのだ。


「ちょっと、上の階を見てきます。」大西を従えて、真上の3階にある303号室を訪問する。インターフォンを鳴らすが反応はない。俺は、メーターボックスの扉を開けて、水道メーターの動きを確認する。数字が動いている気配はない。ついでに電気メーターも確認するが、こちらも動いている様子は無い。どうやら本当に留守のようである。


 ひとまず、漏水の元が解からないので303号室の水道元栓を閉める。


「大西君、内装業者の片桐さんに電話して至急来てもらって!彼ならここから近くだから、空いてたら対応してくれるだろう」俺の指示を聞いて大西はポケットのスマホを取り出して、内装業者の片桐に電話をかける。


 俺は念のため、301号室、303号室の水道も確認する。301号室のメーターが動いているので、部屋のインターフォンを鳴らす。


「はい、どちら様ですか?」返答が帰ってくる。


「このマンションを管理している上条ハウジングの者なのですが、したの階で水漏れがありまして、なにか不具合がありましたら教えて欲しいのですが」そこまで告げたところで、ドア開いた。二十代後半くらいの男性が顔を出す。


「夜勤明けでさっき帰ってきたところなんですが、僕の部屋は水漏れしてないですけどね」本当に眠そうな顔をしている。


「少しの間、水道の元栓を閉めさせて頂きたいのですが宜しいでしょうか?」申し訳なさそうに目を細めて頭を垂れる。


「ええ、シャワーを浴びてこれから寝ようと思っていたところですので構わないですよ」こういう時は意外と若い入居者のほうが融通を効かせてくれる。


「ありがとうございます。原因が解かりましたら開栓しますので、またインターフォン鳴らすかもしれませんが、ご了承ください」


「解かりました」男性は扉を閉めて部屋の中に戻っていった。彼の予告していた通り、水道の元栓を閉める。


「社長、片桐さんに連絡が取れました。10分位で到着されるそうです」大西は嬉しそうに報告する。忙しい時期であればリフォーム業者を手配するのも大変なのだ。


「よし、とりあえず片桐さんに見てもらおう。あと貸主さんにも報告しておいてくれよ。報告せずに対応して、費用払わないなんて言われた日には目も当てられないからな」緊急対応は、事故が起こっている最中の貸主への報告を忘れがちである。たいていの貸主はねぎらいの言葉をかけてくれるのだが、中には報告が無いと言って、修理の費用を渋る貸主もいるのだ。まあ、そんな貸主とのお付き合いはご遠慮したいものだが。


「貸主さんの了解もとれました!ちゃんと対応してあげてくださいとのことです」また大西は元気よく報告をした。

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