メゾン・ド・リープ

「メゾン・ド・リープの203号室になかなか申込が入らないのですよね」大西はボールペンを鼻に下に挟みながらパソコンで物件の案内書を作っている。


「解約の立ち合いで部屋を見た時は良い部屋だと思ったんだけどな」メゾン・ド・リーブは築五年程度の床フローリング、トイレと浴室もセパレートで南向きにバルコニーが解放されている今時の若年層に人気の物件である。賃料も決して高い設定とは思わない。ちなみにセパレートとは、トイレと浴室が別々ということである。


「なんだか、物件案内書を見せた時はどのお客さんも凄く気に入るんですけど、部屋を案内すると気持ち悪いとか言い出して・・・・・・」どうやら、メゾン・ド・リープの物件案内書を作り直しているようだ。ホームページの資料もそうだが、案内書もマンネリになるとお客様や取引業者の目を引かなくなるので、定期的に写真やキャッチコピーを変えたりする。


「ふーん、おい大西。この『陽当たり良好』と『人気の間取り』は外しておけ」パソコンの画面を指さしながら指示する。


「えっ、これって駄目なんですか?この部屋本当にすごく良く日光が当たりますし、人気のカウンターキッチンですよ」なんだか大西は少し不服そうである。


「陽当たりが良いと感じたり人気があるっていうのは個人、則ちお前の感覚だろ。全てのお客様がそう感じるとは限らない。下手すると公取こうとり(公正取引委員会)に通報されるぞ」言いながらうちの会社のような規模だと、蚊帳の外だろうなと考えていた。


「さっきのメゾン・ド・リープですけれども、私が案内したお客さんも、あの部屋は気持ちが悪いって言っていました。事故物件(室内で人が死亡した部屋)じゃないかって・・・・・・・」隣で他の電話を取っていた益留が呟いた。


「そうなんだよ、俺のお客さんも同じような事を言っていたんだ。何度も案内している内に、俺もだんだん気持ち悪くなってさ」パソコンの手を止めて、大西は両手で顔を覆った。


「おいおい、変な事言うなよ。メゾン・ド・リープは新築の時から、うちの会社で管理しているけれど人が亡くなったなんて話、一度も聞いた事はないぞ」


 事故物件なんて噂が広がっては、今後の募集活動に支障がでてしまう。もちろん本当に事故物件であるのであれば、告知をして募集活動をしなくてはならないのではあるが・・・・・・。


「事故物件でなくても、例えば幽霊の出る部屋とか・・・・・・」事務の百合子が両手をお化けのようにだらりと下げた。


「いやだ!百合子さんやめてよ!」益留は顔を引きつらせた。


「まあ、前に居住していた・・・・・、如月さんだったかな。あの娘もそんな事言ってなかったし、気のせいだろう」


「可愛い子の名前はきちんと憶えているんですね・・・・・・・」なぜか、益留が拗ねたような顔を見せた。


「いやあ、俺も覚えていますよ!何度か室内トラブルで訪問しましたけれど、本当に綺麗な娘だった」大西はニヤリと少し嫌らしい顔をして笑った。


「トラブルってなんなんだ?」


「たしか、異臭だったかな・・・・・・、入居直後から少しの間、部屋から干物ひものいぶすみたいな匂いがするって・・・・・・・・、しばらくして収まりましたけどね」


干物ひものか・・・・・・・」あんなに若い娘さんが干物ひものいぶすとは、凄いなと関心した。

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