ワンルーム

「ごめんください。上条賃貸ハウジングの上条と申します。解約の立ち合いでお伺いいたしました」エントランスのインターフォンに向かって挨拶をする。


「お待ちしておりました。今、ドアを開けます」綺麗な女性の声が聞こえる。モニターでこちらを確認されている事を意識しながら少しほほ笑んでみる。彼女の言葉と同時にエントランスの自動ドアが開いた。


「失礼いたします」言いながらドアをくぐり抜けて階段を上がる。今回の解約立会は八階建分譲マンションの二階部分である。所有者が投資用に購入した物件を賃貸貸マンションとして当社が管理している。

 おもに当社の業務は、募集賃料の提案・入居者の募集活動・契約処理・賃料等の回収・未入金者への督促業務・入居者からの苦情窓口・解約処理このサイクルを繰り返す形である。この内、解約処理が今回の業務にあたる。


「こんにちは」玄関ドアが半開きになっていたので開けながら挨拶をする。


「宜しくお願いします」出てきたのは女優ばりに美しいスレンダーな女性であった。


「それではお邪魔します」靴を脱ぎ部屋へ入る。引っ越し後の為、当たり前だが荷物は全く無い。ちなみにひどい退去者の場合、退去日当日であるのにゴミだらけだったりする時もある。それに対してこの部屋は掃除が行き届いており、このまま次の入居者へ貸せるのではないかと思わせるくらいに美しかった。


「お部屋に関しては問題ございません。ただ鍵を一本紛失されておりますので、シリンダー交換の費用が発生いたします」付き合っていた男性に渡したが返してもらえなかったとか、勝手な想像をしてしまう。


「合鍵作成ではダメなんですか?」この質問はよくある。本数を揃えても第三者が紛失した鍵を悪用して侵入するなんてことも無いとも言えない。合鍵作成だと千円程度だろうが、分譲マンションの鍵交換だと二万円~五万円程度の費用はざらである。


「鍵の紛失時はシリンダー交換になりますので……、費用は見積りのうえ、改めてご連絡させていただきます」後日金額を聞いてこの女性は驚くことであろう。


「こちらにサインをすれば宜しいんですか?」女性は立会内容承認書を指差した。


「はい、氏名と押印、転居先、それと念のため携帯電話の番号もお願いします」彼女は俺の指図した通りに書類に記入した。


その書類の氏名欄には「如月きさらぎはるか」と記入されていた。

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