私は善人ではない

蒼狗

ヒーローではない

 助けてください。

 この言葉を聞いて真っ先に動くとすれば警察だろう。または頭がフィクションの世界に染まっていればヒーローか探偵か。

 私は警察ではない。ヒーローや探偵でもない。助けて、と言われて素直に動くタイプの職業でもなければ、そもそも人間的に人助けなど反吐が出る。

 だが私は人を助けねばならない。

 話の始まりはたった三時間前だ。大通りからすこし入った裏道を歩いていたときである。この乱れた世情を表すかのごとく女性が暴漢に襲われていた。しかも私の進行方向でだ。もちろん私はお人好しではないので歩き去ろうとしたが、何という不幸か、抵抗する女性をつかもうと暴漢がよろけてしまい私にぶつかった。そして次に来た言葉が「助けてください」と「何見てんだこの野郎」だった。後者に至っては拳つきだ。そのまま腕を掴みさらに勢いをつけるように投げた結果、暴漢は壁と熱い口づけをし動かなくなった。

 それをみた女性は礼と共に再びあの言葉を口にしたのだ。

「助けてください」

 私が警察へ行け、と言う前に彼女はお構いなしにまくし立ててきた。

 曰く、まだ幼い妹と飲食店で食事を済ませた彼女がトイレから戻ると妹の姿がなかった。どうしようとパニックになっていたところ、あの暴漢がやって来て優しい言葉と共に裏道へと誘導させられたらしい。

 そういえばここらでは女性を狙った誘拐事件が起きていた。ニュースでも取り上げられ、幼児から成人まで見境なくとの事だった。

 そのことを話すと彼女の顔が見る見るうちに青くなり、次の瞬間には頭を下げられていた。

 そのまま彼女は携帯電話を取り出し、その幼い妹の写真を見せてきた。

 言葉の濁流が止まったところで、私は断るつもりで口を開いた。だがしかし、その写真に映っているものを見てしまった私の口から出た言葉は、

「まかせてください」

 だった。

 彼女を安全な場所へ連れ、そこに待っているように伝えた。かならず会わせてやると。




 そして今に至る。

 幸か不幸か、善人ではない私は、その誘拐事件を起こしそうな奴らの居場所の検討がついていた。

 フィクションに染まった人間ならすんなりと出てくるかもしれないが、港近くの倉庫街だ。さらった人間を隠しやすく、運ぶ用の大型な車や船があっても不信に思われない。さらにここ最近の不況による倒産で空き倉庫が多く、日が陰ってくると人の往来が一切なくなる。悪いことに使うには適している。

 そんな人の少ない場所に人が集まっていれば自然と何なのかわかるものだ。

「あいつどんだけ手間取ってんだ」

 人の気配を頼りに探すとすぐに見つかった。

「姉妹ってだけで買い手はすぐにつくんだ。あいつが来ないと何もできん」

 複数の声が倉庫から聞こえた。

 有り難いことに聞こえているのは声だけではない。苛立ちを隠せずに歩き回る音や机を鳴らす音も聞こえる。どこに人が居るのか見ずともわかる。

 動きからして襲撃されることを想定していない。自分たちは大丈夫だという根拠のない自信に溢れている人間の動きなのがわかる。

 現にこうして私がいきなり扉を開けたら全員が呆けた顔を見せている。

 相手が反応する前に横に飛び、壁に手を突いていたアホ顔一号の喉仏を切り裂く。

 次に、やっと状況を理解したがどうしていいのか判断できていないアホ顔二号へ近づき胸を一突き。そのまま体を押し込み背後にいる三号諸共床に倒し、抜いたナイフで首を切る。

 この中で唯一銃を持っていた間抜け面一号が、安全装置を外すのにもたついたところを詰め寄り喉仏を貫く。手に持っている銃の安全装置を外してやり、そのまま手を添えて二号、三号、四号を撃つ。おまけ付きで二発ずつ。

「おい、おまえ! いきなりやってくれるじゃねぇか! こいつを見ろ!」

 声を上げた男は写真の少女を片腕で抱きその首もとにナイフを突きつける。お出かけようのおめかしをし、小さな鞄を背負った少女。少女は目隠しをされているため今の状況がわかっていなさそうだ。

「おとなしくナイフを捨ててこ」

 判断は良かった。だがべらべら話しすぎだ。

 投げたナイフが眼球に刺さった男は、少女を落とし背後へ倒れる。

 これで残すのは一つだけだ。

 私は少女の目隠しを外し声をかけた。

「もう大丈夫だ」

「あ、ありがとう」

 おずおずと少女が口を開いた。

 私は持っているナイフを心臓に突き刺す。即死だから苦しみはないはずだ。

「君のお姉ちゃんが待っているはずだから安心しなさい」

 背負っていた鞄を死体から外す。血はどこにも付いていない。

「娘からこの鞄を買ってきてほしいと頼まれたが、あいにく売り切れてしまっていたようでね。お嬢ちゃんが持っていて良かったよ」

 ナイフについた血を死体の服で拭う。

「これで家に帰っても怒られなくてすむよ」

 開け放たれた倉庫の扉から出ると月が昇っていた。美しい月だ。

「ありがとう。感謝を述べるのは私だったよ」

 倉庫の扉を閉める。辺りは静けさに満ちていた。




 私は善人ではない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私は善人ではない 蒼狗 @terminarxxxx

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ