第36話 作戦会議

 翌日、会議室には俺、勇気くん、駒場さん、五百蔵さん、生口さんに加え、一人の青年の姿があった。

 青年と言うには頭髪は総白髪の長髪だが、顔はハリウッド俳優だと紹介されても納得してしまう容貌だ。

 ファンタジーに出てくる長い藍色のローブを纏い、先端に宝玉の嵌め込まれた木の杖を持っていたその姿は、まさに魔法使いと言った風体だ。


「アルネン・ド・ジャークと言います。よろしく」


 外人さんが流暢な日本語を話す違和感を覚えながら、俺たちは異世界ガルムシアの賢者アルネンさんと対面した。



「気を悪くするかも知れませんけど……」


 自己紹介が終わった所で勇気くんが切り込む。


「ぶっちゃけ、魔王軍の狙いは七人の勇者な訳ですよね? ガルムシアへ七人を送り出してしまえば済む話では……ないですよね?」


 これに答えたのは五百蔵さんだ。


「そうね。他国はどうか分からないけど、日本国としては、彼女を人身御供のように魔王軍に差し出す事は出来ないわ」


 これを聞いてビクビクしていた生口さんがホッとしている。

 更にアルネンさんが続く。


「それに私たちも魔王軍の宣誓を聞いて、手をこまねいていた訳ではありません。政府に保護を求める前に、一度八人で集まり、ガルムシアに再度訪れたのです」


 ほう。一度そんな事をしていたのか。


「再度訪れたガルムシアで、召喚の間は魔王軍に囲まれていました。そこを何とか切り抜けた私たちは、空を見て愕然としました。星々が高速で一定方向に流れていたからです」


 それって……、


「魔王軍はガルムシアごと地球に迫ってきているってこと!?」


 俺の発言に驚いているのは勇気くんだけだ。他は苦々しげな顔で俯き、アルネンさんは首肯する。

 成程。星ごと地球に迫ってきているのか。とんでもないな魔王軍。


「魔王ドゥルドゥームの怒りは凄まじく、我々八人の命程度では賄えないでしょう。恐らくは我々八人を殺した後に地球人類を根絶やしにしようとするはずです」


 それで危険を知らせる為に保護を求めて動いたのか。例え人類が80億人いようと、相手は星ごと動かしてしまう化け物だ。それにその配下はレベルアップ制の世界で修羅場を潜り抜けてきた海千山千の猛者たち。人類なんて鎧袖一触で皆殺しにされてしまうだろう。人類が二年間このままなら。


「皆暗いな。既に人類絶滅が決まっているかのような顔だよ?」


 俺は努めて明るく笑顔を振り撒く。


「でも高貴さん。相手は星をも動かす化け物で、その配下もレベリングで強化された化け物でしょう。人類が勝てる要素が見当たりません」

「だからって、何もしないで死を待つなんて俺は嫌だよ」

「加藤くん。それだと何か一縷の希望があるような言い草だな」


 と言う駒場さんに首肯する俺。全員の目に光が浮かぶ。


「要するに、魔王軍とレベルに差があって戦えないのが問題なんですよね。その差を埋められれば?」

「つまりそれは人類にナノマシンを埋め込もうって算段だよな? だが二年間でナノマシンの培養、増殖に成功したとして、それだとレベリングの時間が無さすぎる」

「ナノマシンを地球で一から培養、増殖させようとするからそうなるんですよ」

「どういう……!」


 駒場さんも気付いたようだ。


「駒場さん、ミアキス公、それにゼイラス王子にも連絡して下さい。帰って直ぐですけど、また俺たちがお世話になるって。それも大量人数で」


 地球でナノマシンを培養、増殖させるのが難しいなら、アイテールで地球人にナノマシンを埋め込めば良いのだ。


「でも、アイテールむこうは私たちを受け入れてくれるかしら?」


 と心配する五百蔵さん。


「ミアキス公国なら恐らく家畜と交換で受け入れてくれると思います。今、あの国は肉に飢えていますからね」

「ミアキス公国だけでなく、アイテール全体が肉に飢えてますよ。メリディエス王国でも家畜は有効な手段だと思います」


 とメリディエス王国付きの勇者だった勇気くんの発言。


「ただ……」

「ただ?」

「セルルカ姫がどう思うかが問題かも知れません。地球とアイテールを繋ぐ地下の魔方陣は、セルルカ姫の管轄なので」


 ああ、あの姫様はワガママだからなあ。だがそれもどうにかなるだろう。


「アルネンさんが生口さんたちをガルムシアに召喚したんですよね?」


 急に自分に振られて驚くアルネンさん。


「? ……ええ、そうですけど? 私も流石に召喚陣がなければ世界と世界を結ぶ転移魔法は出来ませんよ?」

「それはそうでしょうけど、賢者なんだし、魔方陣を見ればその仕組みを理解出来るんじゃないですか?」

「成程。一度メリディエス城の魔方陣の間をアルネンさんに見せれば、他の場所、ミアキス公国でも魔方陣を再現する事が可能かも知れないのか」


 流石は駒場さん、理解が早くて助かる。駒場さんの発言で皆も理解出来たようで、目に強い光が宿り始めていた。



「まさかもう一度あなた方に会うとは思っていませんでした」


 お化けビルでセルルカ姫を出迎えると、とても不機嫌そうである。寝起きかな?


「この一回で最後にしますから」


 俺や五百蔵さんは愛想笑いでセルルカ姫のご機嫌を取るが、勇気くんはなんとも気まずそうな顔である。


「それでアイテールに来るのは、誰と誰と誰かしら?」


 ツンとしたセルルカ姫が俺たちをぐるりと見回し尋ねてくる。一歩前に出たのは俺に勇気くんにアルネンさんだ。


「そう。では早くしてくださる?」


 俺たちがセルルカ姫に触れると、俺たちは光に包まれ、俺は三度アイテールの地を踏んだのだった。



 召喚の間ではゼイラス王子が出迎えてくれた。


「まさか10日と置かずに再会するとは思っていなかったぞ」

「はは、俺も思っていませんでした。ただ事情が事情ですので」

「タケゾーから話は聞いている。地球も大変な事に見回れたな。これから直ぐにミアキス公国か?」

「そうなると思います。と、その前に、勇気くん」


 勇気くんを見ると頷き、勇気くんは収納魔法で収納していた大量の肉を、召喚の間に吐き出したのだった。


「凄い量だな」


 ゼイラス王子はそう漏らしながら、侍従たちに肉を運ばせていく。セルルカ姫はそれに紛れるように、いつの間にか召喚の間から消えていた。


「それじゃあ、俺たちはこれでおいとまさせてもらいます」


 肉が全て召喚の間から運び出されたのを見送ってから、俺たちはミアキス公国のディッキン城へ転移していった。



「良く来られた」


 ディッキン城ではミアキス公が笑顔で迎えてくれた。


「こんなに直ぐに厄介事を持ち込んで、すみません」


 俺はまずミアキス公に謝罪をしてから、勇気くんに肉を出してもらい、それからアルネンさんを紹介する。


 その後ミアキス公自らの案内で、召喚の間とされる地下室に案内された。


「メリディエス城の召喚の間と比べると、やや小さいが、これで大丈夫かな?」


 ミアキス公がアルネンさんに尋ねると、アルネンさんは大きく首肯する。


「ええ、問題ありません」


 そう言ってアルネンさんが木の杖で床を二回叩くと、地下室は波打つように変化を起こし、数刻後には、メリディエス城の召喚の間そっくりに造り替えられていたのだった。

 更にアルネンさんが召喚の間の中央で木の杖で床を二回叩く。すると部屋の中央に魔方陣が描かれていく。


「では、まずは私が実験台となって最初に転移魔法で地球に行ってきます」


 そう言ったかと思うと、アルネンさんは眩い光に包まれ、召喚の間から消え去っていた。かと思うとその数刻後には、駒場さん、五百蔵さんを連れてディッキン城に戻ってきたのだった。


 何であれ、これで魔王軍に対抗する第一歩が始まったのだ。

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