第16話 身体検査
翌週の土曜日。休みだと言うのに俺は隣街の総合運動場に来ている。
別にアスリートの活躍を見学に来たわけではない。俺の能力測定が目的だ。
ご丁寧に人払いされた運動場は閑散としており、俺以外には内調の五百蔵さんと運転手の男性の他に、カメラなどの機材を持って今回の測定に臨んでいる白衣の面々が五人程いる。
「では加藤くん。準備は良いですか?」
100mレーンの向こうで準備する撮影班と、スマホでやり取りしていた五百蔵さんが俺に声を掛ける。撮影班の準備が完了したようだ。
「いつでも良いですよ」
「では」とスターターピストルを空に上げる五百蔵さん。
ピッと言う音がして走り出した俺は、100mをあっという間に駆け抜けていた。
「ど、どうですか?」
後から走って追い掛けてきた五百蔵さんが、撮影班に俺のタイムを尋ねる。
「1.5秒です」
人間とは思えない俺のタイムに、俺以外が引いているのが分かる。言われた通りやっただけなんだがなあ。
その後も立ち幅跳びやボール投げ、反復横跳びなどが行われ、俺の異常性はどんどんと証明されていった。
その後場所を室内に、マシーンを使っての筋力測定に移行。
ベンチプレスで750kgを持ち上げ驚かれた。レッグプレスに至っては1tを超えた。俺はどちらかと言えば細い方であり、これだけの筋力が出せる事が謎だと撮影班が言っていた。
更に測定は続いた。体育館に移動して魔法の観測である。
ここから撮影班の数が倍に増えた。俺を四方八方からカメラでぐるりと囲い、サーモカメラなどの計測器まで使っての地球人類初になる魔法計測だと撮影班は息巻いていた。
カメラで作られた円陣の中央に立つと五百蔵さんの方を見遣る。頷く五百蔵に頷き返し、俺は「火よ」と呪文を唱えた。
俺の突き出された手のひらの上で、ボッとバレーボール大の火球が燃え上がる。
「おお!」と感嘆の声が周りから漏れる。
「サーモグラフィーはどうなっていますか?」
五百蔵さんが撮影班に尋ねている。早くして欲しい。手のひらの上で火球を出し続けるのは熱いのだ。
「サーモグラフィー他、計測器に特別な変化はありません。急に火球が出現したとしか」
その後も水球を生み出したり、土のブロックを生み出したり、かまいたちで板を切ったりした。
無から生み出された土のブロックは、持ち帰って成分分析にかけるそうだ。
「お疲れ様でした」
五百蔵さんが体育館横の通路のベンチに腰を下ろす俺に、ペットボトルのお茶を差し出してきたので、俺は有り難く頂く事に。
「しかし今回の測定で驚異であり脅威であると再認識しました」
「他の帰還者にもこんな事やってるんですか?」
これだけ付き合ったのだから、と疑問を尋ねてみる。
「いえ、加藤くんが初めてです」
そうなのか。そう言えば撮影班も人類初だと言っていたな。
「そもそも帰還者自体の数が少ないのです。大抵の場合、異世界に行った者は帰ってきませんから」
「そうなんですか?」
俺の質問に深刻そうに頷く五百蔵さん。
「ええ。内調では国内の行方不明者の内、0.01%が異世界に行ってしまった者だと推定しています。ただ、数も少なければ帰還者は更に少なく、帰還した者も大抵は本当に記憶喪失になっている事がほとんどですので、加藤くんのケースは本当に稀なんです」
成程ねぇ。行方不明の内一万人に一人が異世界に連れ去られ、帰還出来るのは更に少ないとなると、そりゃ測定の機会なんて皆無に近いよなあ。例え戻ってこれたとしても、本当に記憶喪失なのか、そう偽っているのか。異世界から帰ってきたのに、俺みたいに今回のような面倒事に巻き込まれたくない。ってもの人情として分かるしなあ。
などと思い耽っていると、五百蔵さんのスマホが鳴り、現実に引き戻される。
「はい。そうですか。分かりました。今から向かいます」
と電話し終わった五百蔵さんが俺に向き直る。
「血液検査の結果が出たようです。今から向かいましょう」
この日から数日前、学校帰りに待ち伏せされた俺は、五百蔵さんに連れられ、大学病院で精密検査を受けていた。採血されたのはその時の事だ。
検査では異常無しだった。筋肉にも骨にも内臓にも脳にも異常は無く、俺は極めて健康な学生と言われた。まあ、今日の測定で異常であることが証明されてしまったが。
残っていたのは血液検査とDNA検査。その内血液検査で何かが出たようだ。
五百蔵さんの部下だろう男性の運転する黒塗りのセダンで大学病院に行くと、検査を受け持った医師が待っていた。
「それで先生、何が分かったんですか?」
白髪の医師が、五百蔵さんに頷いてから俺と向き合う。
「これを見てくれ」
一枚の画像が見せられた。どうやら細胞を顕微鏡で拡大した画像のようだ。
「これは加藤くんの赤血球の一つを電子顕微鏡で拡大撮影したものだ。この黒いものを見てくれ」
俺の赤血球の画像には黒い斑点が所々に見受けられた。
「これは他の地球人類には無い物質でな。抽出して調べてみた結果。どうやら生体ナノマシンである可能性が高い」
「「生体ナノマシン!?」」
俺と五百蔵さんが思わず声を上げてハモってしまった。が、まさか異世界行って生体ナノマシンを埋められていたとは。
「大丈夫なんですか?」
五百蔵さんが心配そうに医師に問う。
「何とも言えん。と言えば言えんが、どうやらこのナノマシンは生体強化の役割を担っているらしい」
「生体強化ですか?」
「うむ。確か加藤くんは人知を超えたレベルの身体能力を、異世界に行って獲得したのだろう? その要因がこの生体ナノマシンであるらしい。この生体ナノマシンどうやら四次元と繋がっており、そこからエネルギーを引き出しているようだ」
「四次元ですか!?」
話がSFにぶっ飛んだな。
「ああ。顕微鏡で確認しようとしたのだが、どうにも要領を得られなくてな。様々な角度からアプローチしてみた結果、どうやらこのナノマシン、正八胞体をしているようなのだ」
「正八胞体?」
初めて聞くワードだ。
「正八胞体とは簡単に説明すれば四次元体だ。物質として三次元空間にあるのは異様としか言えん」
はあ。そんな物が体内にあって大丈夫なんだろうか?
「まあ、今言ったように生体強化が主な役割のようだからな。経過観察は必要だが、直ぐに異常が顕れる事もないだろう」
俺が不安そうな顔をしていたからだろう。医師が落ち着かせてくれた。
「それで先生。その四次元体、殖やすことは可能ですか?」
と五百蔵さん。ぐいぐいくるな。
「まあ、想定内の質問だな。恐らくこれにはレベルアップによる身体強化と魔法の使用、それに言語解析能力があるようだからな」
「言語解析能力ですか?」
他の二つは想定内だったけど、言語系もそうなのか?
「うむ。加藤くんは異世界に行っても会話に不便しなかったのだろう?」
「ああ、確かに。それについて向こうで王子に尋ねたら、逆にいくつも言語がある事に驚かれました。アイテールでは言語は一つしかないそうです」
「うむ。それを担っていたのがこのナノマシンのようだ。このナノマシンにより一種のテレパシーのネットワークのようなものが世界に構築され、会話が成立していた可能性が高い」
へぇ。……何言ってるのか分からん。
「それで先生、殖やせるんですか?」
もう一度問う五百蔵さんに、しかし医師は首を横に振った。
「私もどうにか殖やせないかと、抽出して培養液に入れてみたり、他の細胞に移植してみたりしたが、殖えるどころか完全に消失してしまった。そう考えると、加藤くんがいまだに人知を超えた能力を有しているのが不可思議であり奇跡と言える」
好ましくだと体内のナノマシンは減少していっていつか俺も一般人に戻るって感じか。
「そうですか」
五百蔵さんは残念そうだが、俺は少しホッとしていた。
「では」
五百蔵さんたちに車で送られて、家の前に着いた所での事だった。
「見付けたわよ!」
こ、この声は、と俺が車から出て直ぐに声の主に振り返ると、そこにはセルルカ姫が立っていたのだった。もう一人の美少女とともに。
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