第十章 どうする?
彼女を家まで送り届けて分かったこと。それは、彼女の自宅が意外にも洋風だということだ。
少し意外そうに目を見張って家を眺めていると、彼女がおかしそうに笑った。
「意外?」
「うん、まぁ…てっきり純和風な家かと」
「あはは、でも君の家もどっちかというと洋風だよね?それと同じだよ」
その言い分に、俺はたしかに、と頷いた。
「それじゃあ、また明日ね。おやすみ〜」
そう言って、彼女は玄関から顔を出して、ひらひらと手を振る。
それに俺も手を振り返した。
「ああ、また明日。おやすみ」
彼女が家の中に入ったのを見届けて、俺は踵を返す。
少し歩いていくと、気が抜けたようにため息をついてしまった。
「…なんだかなぁ。まぁ、悲痛な過去よりはまだましだけど…蛟か」
うーん、と歩きながらも唸っていると、すぐそばから声が聞こえてくる。
「放っておけばよかったんに。あんな小娘。あんたはあいも変わらず、人がいいよなぁ?これからどうするつもりだい?」
けらけらと、こちらを馬鹿にするような笑い声に、俺はもう一度深いため息をつく。質問には答えず、顔をしかめた。
「うるさい。今の今までなんにも言ってこなかったくせに、今更文句言うなよ」
それから一拍おいて、俺の式神である青年ーー暁が顕現する。
真っ黒な袂のない衣に、灰色の袴。琥珀色の髪は、相変わらず柔らかそうに吹く風になびいている。普段から切れ長の金の瞳を、さらに細めて笑った。
「いやぁ?なんども文句を言おうとはしたんだぜ。けどよ、あの娘の前で俺が出てこようとすっとなぁんかおっかねぇ圧力がかかるんだぁ」
愉しげに笑いながら、暁は肩をすくめてみせる。
「ありゃあきっと、あの娘の式神だぜ?俺があんましいい奴じゃねぇと判断しやがって、出てこないように威嚇してんだぁ」
その言葉に、俺はなるほどと頷いた。なら、彼女の式神の判断は正しいと思う。
「まぁ、お前の自業自得じゃねぇか?」
首をかしげて言うと、暁はさらに愉しそうに笑みを深めた。
「おっと、こいつはひどい。参ったぜ。あんた一応は俺の主のくせに、俺を気遣ったりしねぇのかい?」
傷ついた、と。笑う暁に、俺は目を眇める。
「お前に心を砕いても確実にその分心を折られることを、なんども経験済みなんでね。それを分かっててお前を気遣うほど、俺はお人好しじゃない」
「そうかい。そりゃあ喜ばしいこった」
俺はもう一度ため息をついて、頭をかいた。
「にしても、それが本当だったら面倒だなぁ。お前の正体もばれてんだろ?」
それに、暁はこともなさげに笑い、頷いた。
「そりゃあな?分かってないで俺を威嚇するってのは、ただの馬鹿だ」
暁の正体は、鬼だ。それもただの鬼ではなく、邪鬼である。その上、かつて人々に鬼神と呼ばれるくらいに力が強い。なぜ俺がそんな大物を式神にできたのかと言うと、自分でも謎である。暁曰く「あんたの最期を見てみたい」だそうだ。喜んでいいのか悪いのかわからない言葉に、俺は複雑な思いでこいつと式神の契りを交わした。
暁が俺の式神になって最低でも1年は経っているが、いまだにこいつが何を考えているのかわからないでいる。
俺がじっと見つめていると、暁はにたりと気味の悪い笑みを浮かべる。
「なんだい?そんなに熱烈に見つめられちゃあ、流石に照れるぜ?」
「はぁ…お前、ほんと何考えてるかわかんねぇよなぁ」
思わずしみじみと言うと、暁は優雅に腰を折ってきた。
「お褒めにあずかり至極光栄」
そういうところが、だよ。と、目を眇めて言うと、暁はもう一度愉しそうに笑ってから隠行する。
「…なんのために出てきたんだか」
どうせ、こちらを困らせようとしたんだろうが。
ひとりごちて、俺はため息をもう一度ついてから家路へと急いだ。
彼と別れた私は両親に帰ったことを伝えてから自室に戻り、布団に寝転がった。
それからぼーっと天井を見上げていると、目の前に端正な顔立ちをした青年が、相変わらずの仏頂面で上から覗き込んできた。
「うわ、びっくりした。急に目の前に顔出さないでよ」
私がその状態のまま抗議の声を上げると、その青年の眉間のしわが濃くなる。
「…悪かったな」
渋々といったように引き下がる青年に、私は思わず苦笑して起き上がった。
「冗談だよ。どうしたの?
鳶色の瞳に綺麗な長髪。鶯色の衣に闇色の霊布。綺麗な顔立ちをしているのに、いつも仏頂面で少し勿体無いと、私は思っている。
「あの小僧が使役している俺たちの同胞は、鬼神だ。それも邪鬼の部類。もうあの小僧と関わるのはよせ」
少しばかりの警戒を込めた瞳に、私は目を瞬かせる。
まさか彼が生意気だといっていた式神が、鬼神だったとは思っていなかった。
「え、てことはあの子、鬼神のことを式神にした挙句、生意気呼ばわりしてるの?うわー、度胸あるな」
思わず感心したように呟くと、清廉が渋面を作る。
「感心している場合か。今は味方でいるが、いつ手のひらを返すかわからないんだぞ。そうなれば、相当面倒なことになる。いくらお前でも、一筋縄ではいかない相手だ」
いつもは冷静な瞳が苛烈に煌めく。私は、それに虚をつかれたような顔をした。
「そんなに、あの子の鬼神の力は強いの?」
普段、ある程度相手が強くてもここまで忠告してくることは滅多にない。それほどまでに、彼の使役している鬼神は強いのだろうか。
「少なくとも、つい先日お前が倒し、呪いを受けた鬼と龍の合いの子よりは、よほど強いだろう」
ため息混じりに告げられた事実に、私は思わず硬直した。
あの美少女さんも、彼との戦闘でそこそこ霊力が削がれていたからあんなにあっさりと倒せたものだ。そうじゃなかったらきっと、もっと手こずっていたかもしれない。倒したはいいけど、最後の最後に呪い受けちゃったし。
いや、じゃあそもそもなんでそんな強い鬼神を彼は式神にできたのだろうか。もちろん、彼が弱いといっているわけではなく、そう思っているわけでもない。けど、失礼かもしれないがそんなに強い鬼神を使役できるほど、彼が強い陰陽師だとは思えないのだ…っていうか、それなら私が出て行かなくてもその鬼神さんがあの美少女さんを倒すこともできたんじゃ…?
と、兎も角。
「うーん…でもなぁ。私はあの子を信じたい」
たぶん、彼は途中で裏切ったりはしないだろう。そして、そんな彼を主と定めた鬼神も。
それに、個人的に彼に興味がある。
そんな私の言葉に、清廉は諦めたように目を眇め、大きなため息をついた。
「はぁ、お前がそういうのなら、俺たちは従う。あまり、無茶はするなよ」
「あはは、わかってる。ありがとう」
そして、清廉は隠行した。それを受けて、私は再び布団に寝転がる。
「…明日、あの子に頼んで会わせてもらおう。もしかしたら嫌がるかもしれないけど」
彼の嫌がる顔を思い浮かべて、私は小さく笑う。
それから少しして、台所からの夕飯ができたという知らせに、私は部屋を出た。
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