都市の案山子
阿部2
第1話
S市はノースサイドとサウスサイドでまったく景色が違うとチンパンジーは語った、高層マンションや住宅地が広がり、東京に通勤する人々が暮らすベッドタウンとして栄えてきたのがノースサイド、自分たちが暮らすのは移民の村のサウスサイドだと。
チンパンジー「小学校とかも外人が多くて大事なプリントの裏には英語と中国語とポルトガル語? かなんかの三ヶ国語くらい書いてあったんすよ、でもブラジル人の友達とかはそれ見て笑ってて、今思うとたぶんグーグル翻訳に突っ込んだだけの翻訳だったんすよ、だからたぶん意味不明な文章とかいっぱいあったんだろうなって」
ビルディングと呼ばれる文化がはじまったのはいつだったか聞くとチンパンジーは「わかんないっすね。子供のころからあった」と答えた。そこでぼくは質問を変えてチンパンジー君がビルディングをはじめたきっかけはなにかたずねた。
チンパンジー「クルー、とかそういう意識もなくて、たんに地元のやつらでつるんで遊んでたんすよ。でもその中でもビルダーの人たちがいちばんおかしかった。ぶっ飛んでたっていうか、ケンカが強いやつとかはほかにいたけど、そういうことでもなくて、言ってることの感じとかがなんか、ねじ外れてるみたいな感じだったっすね。その感じがかっこよくって、それでおれもビルディングしだした、小学校のときっすね」
ビルディングのモチベーションは何?
チンパンジー「案山子ってもともと威嚇のためのものないですか。こっち入ってくんなっていう。今でもおれはビルディングがアートって感覚はなくて、自分のなわばりを示すのが案山子、それで案山子がかっこよかったら、壊されたりしないからケンカとか弱くても一目置かれる」
ビルダーは材料を全部盗んで調達するって聞いたけど本当?
チンパンジー「そういう人もいるっすね。おれは今ではさすがに盗んでないですけど。先輩とかには派手にやりすぎて、町工場のおっちゃんとかにマジ切れされてぶん殴られて前歯折れた人とかもいたりしますね」
個人的に、ぼくはビルディングにアナキズム的な幻想を重ねていた。貨幣経済からまったく切れていて、作品を売ることに一切興味を示さず、材料に金をかけることすら拒否する。その印象はビルダーにとって自覚的なものなのか聞いてみたかった。
チンパンジー「んー昔からやってる人たちは単にこれが金になるっていう感覚がなかったんじゃないですかね。売れたらださいみたいな空気がないわけでもないけど、おれはそうは思わない」
チンパンジーと一緒にサウスサイドのS市を歩くとたしかに比喩でなく景色が違った。街中いたるところに案山子が乱立している。チンパンジーの落とす案山子はその中でもひと目でわかる。タコの脚みたいな案山子だ。お気に入りの案山子とかあるの? または注目してるビルダーとかいる? ぼくが尋ねるとチンパンジーはいくつか紹介してれた。
U-Roy:そぎ落とされた案山子がいかにやばいかを追求するようなビルダー。はじめてみたときはただのばかでかい割りばしかと思った。卒塔婆のようにも見える。棒杭に帽子を載せただけで案山子として成立させるような手法も得意。
Jean:双子の案山子で有名。シャム双生児のように案山子同士を結合させ、空間を歪ませる。一時期は「なんでこれが立ってられるのかわからない」くらいに複雑に組み込まれた案山子を量産していたが、最近はわりとシンプルな双頭の案山子に回帰してきているとのこと。
インベーダー:インベーダーは街を侵食する。ドロップする場所にもともとあった道路標識やゴミ捨て場の網、ガードレール、ブロック塀を自身の一部として取り込んで再解釈するような案山子を提示する。
チンパンジーは自分たちの世代と一個前の世代の案山子は明らかに違うという。チンパンジーのいう「一個前の世代」は安全ピンや鎖や鋲で装飾された派手な案山子が多かった。
チンパンジー「はじめたときはそういうのだせーと思ってたけど今見るとそんな悪くないみたいな。よくも悪くも、おれらの世代がそういうゴテゴテした案山子は駆逐しちゃった」
Qmodのことをどう思う?
チンパンジー「あいつは、人間としてはいいやつですよ」
案山子を広めてくれたみたいな感覚はある?
チンパンジー「それはない。最初はおれらの案山子を広めてくれようとしてて、おれらもいいじゃんやってよみたいな感じだった。でもインスタグラムにあがってるでも写真みたら全部ださかった。ここ切り取るのかよみたいな」
Qmodのつくる案山子はどう?
チンパンジー「こんな言い方したくないけど、基本がなってない、自分の足で立てない案山子は案山子じゃないし。でも実はQmodに案山子つくれって言い出したのおれなんすよ。おれらの案山子ネットにアップするくらいなら自分の案山子出しなよ、お前ならできるってみたいな感じで、そのときはQmodがこんな有名になるなんて思ってなかったから、軽い気持ちで」
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