下僕勇者

夜鳶

プロローグ

 黒く染まった雪が、竜巻のように円を描いて舞っていた。寒いはずなのに、夏のように熱く感じる。

 町の住民は、このおかしな現象に不安を感じていた。雪に触れると、体中が黒く染まっていくのだ。

 この異常な現象を生み出したのは、他でもないこの俺である。雪には毒がついていて、触れたものは次の日には死んでしまう。なぜこんなことをしたかというと、単に、かつて俺を下僕として扱っていた勇者を殺すためである。町の住民たちが死んでしまおうがどうでもいい。

 俺は、自分の城の中から町を眺めていた。黒い雪でできた竜巻に囲まれた町は、魔王の住む国ヘルデッドに似ていた。

 背後に気配がして振り返ると、一番合いたかった人物が、仲間に支えられて立っていた。とても滑稽な姿だった。白かった肌が真っ黒に染まっていて、それになぜか鼻が腫れていた。

 甲高く笑うと、勇者は睨んできたが、怖いどころかおかしさが増した。

 気に喰わないのだろう。勇者の仲間の二人が、剣を構えて俺を睨んだ。二人ともかわいらしい娘で、片方は緑色の髪をしていて、もう片方は赤い髪をしていた。

 俺は笑いを止めなかった。いや、止められなかった。目のまえにいる三人の姿を見て、笑わずにいられる者などいるのだろうか。

 しばらくして笑いがおさまると、自分も剣を抜いて構えた。得意な武器は短剣なのだが、あえて使わなかった。

 その意味を察したかのように、勇者は顔を強張らせて、地面に転がっている石を蹴り飛ばした。その石は弱々しくコロコロと転がり、俺の足のふもとで止まった。体内に毒が回ってきているようだ。

 笑いがこみあげてきた。笑いを我慢しようとすると、体中が異常なほどに震えてしまう。

 俺が笑いをこらえているのを見て、勇者は怒鳴った。

「下僕が笑うな」

 俺は胸を突かれて後退った。先ほどまでの喜々とは対照的に、怒りがこみあげてきた。

 ――下僕?俺が下僕?なんで俺がお前の下僕じゃなきゃいけないんだよ!

 頭に血が上ってきた。頭がぼやけてくる。

 ――しまった!

 気付いた時にはもう遅かった。目の前が赤く染まっていく。体中も赤く染まっていく。

 俺は叫んだ。

「嫌だ、死にたくない!」

 かがみこんで頭を抑える。

 ――落ち着け。今ならまだ間に合う。死なずに済む。

 だが怒りを抑えきれなかった。目の前はもう血よりも赤くなっている。

 すると、頭の中に文字が浮かび上がってきた。

『約束を破ったな』

 同時に低い声が頭の中に響き渡った。

 アイツの声だ。

 俺は勇者たちを押しのけて城の外に出た。

 黒い雪はまだ降っていた。しかし、先ほどよりも激しさは弱まっていた。

 そんなこと今はどうでもいい。アイツから逃げなくては。俺は積もった雪を蹴り飛ばしながら走った。自分がどこに行っているのか分からなかった。ただアイツから逃げることさえできればよかった。

 すると、再びアイツの声が響き渡った。頭の中からではなく、背後からだ。

 ――もっと、もっと速く走らないと。

 めまいがする。吐き気がする。体中が痛い。しかし恐怖に比べればどうってことなかった。だが、さすがに体に限界が来てしまったようで、地面に倒れ込んでしまった。

 雪が口の中に入ってくる。息ができなかった。咳をしながら頭を上げて、頭上を見ると、アイツの姿があった。

 影になっていて、はっきり見えないが、確かにアイツだ。

 俺は恐怖にまみれて、狂ったように叫んだ。立ち上がろうとするが、アイツに踏まれていて動くことができない。

 アイツは苦笑していた。

「そんなに逃げようとするな。命は奪わないからさ」

 俺は恐る恐るアイツの目を覗き込んだ。感情は読み取れなかったが、言った言葉は本当のようだ。

「俺は時を戻す。十年前に」

 アイツは俺の頭に触れた。微かにしびれを感じた。しかし、次第にしびれの威力は増して、痛みへと変わった。

 アイツは笑っていた。

「安心しろ。これがからな」

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