とある会社のOG訪問

asai

とある会社のOG訪問

「あの人、朝早くから会社いるけど、なにやってんだろうね」

「確かに。彼女の後ろ通るといつもTwitterみてるけど」

「やっぱ?私も見た。仕事やってんのかな、入社してから実績とかもきいたことないし。」

「ほんと給料ドロボーだよね、やる気ないならさっさとやめてくれないかなー」


棘のある声を背中にうけ、武田美穂は席を立った。

そろそろ近くのおいしい定食屋が開く時間だ。

ランチ時はすぐに行列を作ってしまうので、早めに出る必要がある

刺さる視線を無視してオフィスを出た。


美穂がエレベーターを待っていると、

後ろのエレベーターから出てきた同期の近藤と遭遇した。

「おっ美穂じゃん!」

会社だというのに下の名前で呼んでいる。

「こんにちは」

美穂はいつも通りこたえた。

「おいおい、他人行儀にもほどがあるだろ?」

「そうかな。でも他人といえば他人だし」

「ちょいきつくない?」


いつものやりとりに近藤は楽しそうにしている。

近藤と美穂は入社式で席が隣だった。

近藤は初対面なのにずかずかと趣味やバイト先や、好きな芸能人やら必要もないことを沢山聞いてきた。

美穂は学生時代に調子いい彼のような人種とは交わることがなかったため、対応に苦労したが、誰にでも分け隔てなく接する彼の人なつっこさは特段嫌いではなかった。


美穂の小さいランチトートを見た近藤は目を輝かせながら尋ねた。

「今からランチ?」

「うん」

「一緒に行っていい?」

「いいけど」

「よっしゃ!荷物まとめてすぐ行くから、下で待ってて!」


一階の入り口で待ち合わせして、ランチにでかけた。

新橋にある会社の周りは、有名企業ばかりが入っており、

どこもかしこも仕事ができそうなサラリーマンが颯爽と歩いている。

二人は駅のほうに歩いてお目当ての定食屋にはいった。


注文を終えてもなおメニューを見続ける美穂に近藤が話しかけた。

「最近仕事どう?」

「うん、順調。」

「まぁそうだよな、おれもいい感じだよ、でもやっぱここではちょっと仕事しにくいよな!みんな真面目だからさ」


近藤がカラっと笑って続ける。

「最近あそこのクライアントがさ、無茶言うんだよ、それがさぁ、、、」


美穂は社内の別の部の話など特段興味はないが、

近藤が話しやすいように適当に相づちを打った。

しばらくして注文したチキン南蛮が配膳された。


「あ、そうだ」

割り箸をこすりささくれを落としていた近藤が何かを思い出した。

「実は大学の後輩の子で俺らの会社に入りたい子がいてさ、美穂にOG訪問をお願いしたいんだけど、会ってくれないかな。」

「また?なんで私が?」


美穂は箸で細かく分けたチキンを口に運びながら答えた。

「だって美穂がダントツ成績いいじゃん。同期で賞を取ってんのも美穂ぐらいだし。そんでもって前のOG訪問も大好評だったしさ!」


美穂は表情で抗議の意を表明した。

「そんな顔するなよぉ!この仕事はさ、誰でもできるわけじゃないし、最近仕事も順調なんだしいいでしょ?」

「いいけど、まともに答えられるかわからないよ、そもそも私たち派遣だよ?それでもいいの?」

「むしろ派遣元に就職希望なんだから。結構人気なんだぜ?俺らの会社。今度なにかおごるからなにがいい?」


近藤は既に了承を得たかのような口ぶりだ。

「ところで、いつ?」

近藤の顔を見ずに美穂は尋ねた。

「来週の月曜!できたら本社オフィスで!美穂の上長には上手く伝えとくからさ!」

美穂は少し小さなため息をついて了承した。

近藤にそれとなく伝票をわたしてお店を出た。

美穂は早速、自分の所属先の派遣会社Winに電話をいれ、会議室を予約した。


翌週、美穂は豊洲にあるWin本社に向かった。

広い敷地に建てられた本社ビルは全面硝子張りで見方によっては美術館のようだ。全てのデスクが窓に面しており、社員は外の景色がいつでも見えるような設計になっている。


警備員の横でIDカードをゲートにタッチして、近藤の後輩が待つ会議室に向かった。

扉を開くとそこにはリクルートスーツを着た男女が座っていた。

そのうちの一人は美穂を確認するとすぐさま立ち上がり、ハキハキと放った。

「はじめまして!東京大学4年の藤田理香といいます!よろしくお願いします!」


理香は期待と興奮とで目をらんらんと輝かせている。

もう一方の男性も慌てて立ち上がったが、その勢いで椅子が後ろに倒れてしまった。

美穂は落ち着いてと声をかけて一緒に椅子をなおした。

男性は顔を真っ赤にしながら自己紹介をした。

「同じく東京大学4年の兼山智樹といいます。お、おねがいします。」

「武田です。よろしくおねがいします。」


いつも通りの落ち着いたトーンで美穂は答えた。

「憧れの企業の社員さんのお話が聞く機会いただけてとても嬉しいです。」


美穂は理香と、彼女の言葉を頷きながら同意する智樹に名刺を渡しながら言った。

「そんないいところではないと思うけどね」

「いえとんでもないですよ!Win社は知る人ぞ知る人気企業ですよ!WEBサイトもないし、CMもしてないので知名度こそほとんどないですが上位の学生には徐々に知られてきてます!OGやOBを探すのですら大変なんです!」

理香は高揚した顔で力説する。

美穂は、いち派遣会社なのに就職人気も随分変わったもんだなと思った。


理香は早速、いろいろお聞きしたいことがありますと希望を持ったまなざしでノートを取り出した。

ノートを開くと質問事項がロゼッタストーンのように敷き詰められていた。


・具体的にはどんな仕事をしているのか。

・どういうキャリアを進むのか。

・福利厚生はしっかりしているのか。


理香はテンプレートな質問を事細かく質問した。

美穂は、一つ一つに丁寧に答えたが、うんうんと目を輝かせながら頷いて聴く理香に一抹の不安を覚えた。

志が高いだけではダメであることは美穂がよく知っていた。

「長々と話しちゃってごめんね、せっかくだから実際の教務が体験できるシミュレーターでもやってみましょうか。」

「いいんですか?」

理香の目の輝きが10ルクスほど増したが、予想外の提案に智樹は動揺した。

理香を追いかけるように頷いた智樹を見て、美穂はかばんを持った。

「ちょっと歩きますが、いきましょうか。」


美穂は二人を連れて会社を後にして目的地へ向かった。

道中、美穂は二人に就活に関する様々な質問をした。

理香はWin社の他に、官僚に興味があるようだった。日本を根本から支えるような、人の助けになることをしたいらしい。

智樹はというと、同じサークルの理香に無理やり連れてこられたのだという。


三人は本社から5分ほど歩いたところにある薄汚れた雑居ビルに入った。

ボロボロのエレベータで4階におりると、真っ直ぐな廊下を青白い蛍光灯が照らしていた。

さっきのきれいなオフィスと異なる風景に理香と智樹は少し緊張していた。

三人はその廊下の先にある”研修室”という札が貼られたドアの前に立った。

ゆっくりと美穂が扉を開けた。


そこにはあたかも港区にありそうなオフィスがあらわれた。

ガラス張りの打ち合わせ室が幾重にもならんでいる。

どこかしこで電話が鳴り響いており、とても賑やかしい。

なによりも違和感を放っていたのが、所狭しと忙しなく働く大勢のスマートなビジネスパーソンたちだった。


ビルの外観とあまりにも違う光景に理香と智樹は目を点にした。

「こっちです。」

美穂が二人に声を掛けた。


到着したのは“営業第三部”と書かれたプレートがつるされている島だった

皆が忙しそうに働いている中、それを眺めている三人は明らかに場違いであった。

美穂は窓側に一カ所だけあいているデスクを指さした。


「藤田さん、そこにすわってください。」

「は、はい!」

美穂に命じられた理香は緊張しながらも返事をした。

「ここは実際の職場環境を模したシミュレーターです。たくさん質問に答えましたが、百聞は一見に如かずということで、ここで実際の仕事を体験してみてください。」

「はい!やってみます!」

理香は元気に応えた。

「兼山さんにも、別の部署で同じ体験をしてもらいます。専門知識など一切いりません。ここは誰もができる業務で成り立っています。1時間ほどしたらもどりますので、お二人ともなんとかやってみてください。」


そういって美穂はその場を去った。


理香は椅子に座り、周囲を注意深く眺めた。

せわしなく人が動き回っている。彼らは会社に雇われたシミュレーション専門の人材なのだろうかと思った。

デスクは、ついさっきまで誰かがいたかのような散らかり方をしていた。

理香は目の前のデスクの本棚においてあるマーケティング関連の書籍をみて、

どうやらここは広告系の職場なのだろうと推理した。


智樹をつれてオフィスの角を曲がる美穂を眺めていると、隣から悲壮感漂う声が聞こえた。


「すみません、、はい今回は我々の不注意で、はい。すみません。。」

その声の主は電話を片手に深々とお辞儀をしていた。

何度目かのすみませんで電話をきったその男性社員の顔は疲弊していた。

「困ったなぁ、間に合わねぇよ。。」

魂も一緒に吐露するような独り言だった。

あまりに悲壮感が漂っていたので、理香はその男に話しかけた。

「どうしました?」

「いやぁそれが、発注したパンフレットが間違った仕上がりで上がって来てしまって。。」

その男はカラフルな紙をペラペラとひるがえした。

「他に作らなきゃいけない資料があるのに、こっちの作業をしていると手が回んなくて。。今日までに提出なのに。。」

理香が詳しく聞くに、そんなに難しくはない作業だった。

「それならば私もできるかも知れません!やりましょうか?」

「え、本当かい?ありがとう!じゃあ、この資料にまとめてくれるかい?」

「わかりました!」


理香は終始わざとらしい男性社員の振る舞いが気になったが、試されているかもしれないと思い、気合を入れて取り掛かった。


「できました!」

「ありがとう!これで怒られずに済む!本当にありがとう!今度なにかランチごちそうさせてくれ!」

言葉と表情のテンションが合っていないその男性は書類を持って会議室に消えていった。

理香は誰かの役に立つということが純粋に嬉しかった。

先ほど美穂に質問したところによると、ここの派遣会社は様々なネットワークがある。国連やNASAにだって派遣でいける。飽きっぽく、いろんなことを広く深く知りたい理香にとって最適な仕事だと思った。


しばらくすると、美穂が理香の元に戻ってきた。

「時間です。もどりましょうか。」


智樹と合流し、三人は元いた本社の会議室に戻った。

美穂が口を開いた。

「お二人とも、改めてお疲れ様です。実際に少し体験してみてどうでしたか?」

「はい、初めてでしたが、とても楽しかったです!」

「よくわかりませんでしたが、まぁなんとなく時間は潰しました。」

理香と智樹が対照的なテンションで応えた。


美穂は二人の顔を順に見た。

「初めてなので困惑したかと思いますが、参考になる経験になれば幸いです。」

緩急つけずに美穂は続けた。

「で、お二人の働きぶりを見ていましたが、率直に言いますと、理香さんあなたはこの職業は向いてないかも知れません。」

理香は驚いた。しっかりとやったつもりだった。

「え、何故でしょう。ミスもしませんでしたし、短時間でしたが、会社も私も生産的な時間を過ごしたと思います!」

美穂は相づちをうって応えた。

「えぇ、実はそれが問題なんですよ。」

なんども言い馴れた口調で美穂はこたえた。

「ご存じのように、私たちはあくまで窓際族として振る舞わなくてはけません。理香さんは普通の従業員として振る舞ってしましました。そして理香さんはそれにやりがいを感じてしまっているように見受けられます。」

理香は何か言おうとしたがそれを遮るように美穂が続けた。

「窓際族をいろんな解釈で語る人がたくさんいますが、その働きを真に理解している人がいないのが現状です。そしてこの会社も誤解されがちなのです。」

困惑する二人に美穂は説明を始めた。


「この会社はそもそも…」




約20年前に遡る。


働きアリの研究をしていた一人の学者が、

組織を効率よく動かすには、働き者の他に一定の働かざる者も必要であることを発表した。


それは人間を使った研究でも明らかになった。

効率的に仕事を回すのに、サボる人が必要だった。


その研究は当時の日本の働き方の情勢に非常にマッチした。

生産性をあげたい経団連と働き方改革をしたい政府によってある取り組みを推進していった。


そして、彼らは厚労省を通じて、

働き方改革の一環として、サボる社員、

いわゆる窓際族を各企業に一定割合備えるように秘密裏に通達を出した。


しかし日本人の特性上、自身を窓際族と呼ばれるのをとても嫌がり、一向に浸透しなかった。

また、サボれと言われると働き始めてしまうため、この改革はそのままでは機能しなかった。


そこで新しい会社が生まれた。それがWin社をはじめとする窓際族派遣会社だった。

企業は派遣される彼ら彼女らを組み込むことで、全体の生産性が向上し、多くの人の働き方が改善されていった。




美穂は続ける。

「昔、疫病が流行った時、誰も働けない時があったでしょう。あの時に裏で働いていたのが、我々窓際族です。日常的に働いていたら全く動けません。」


理香は近代日本の授業で聴いたことがあった。

確かに、みんながみんな働かなくなったら経済は破綻する。

あれを乗り越えていたのが、窓際族のおかげだったなんて。

「私は、その役割は担えないということでしょうか。」

諦めない理香に、美穂は淡々とこたえた。

「今の段階では適性があるとは言えません。あなたのバイタリティと日本を根本から変えたいという気持ちがあれば、商社やコンサルなど王道の職業に突き進むという道もあります。実力ややる気がそのまま成果に結びつく職業に就いた方があなたの自己実現として最適だと思うのです。」


美穂はゆっくり智樹に視線を移した。

「一方ですが、兼山さんは、適正あるようにおもいます。」

智樹はまさかといった顔をした。

智樹に自覚があるように、シミュレーション中、ほとんど何もしてなかったのだ。その旨を美穂に伝えると

「たしかに、誰かが近くに来たらトイレに立ったり、仕事をしていないと思われないような振る舞いは一般社会には受け入れがたい行為ですが、我々の仕事に当てはめると、とても素晴らしい振る舞いでした。」


美穂は二人を交互に見渡し、深く息を吸い、落ち着いた口調で言った。

「最後になりましたが、お二人はこの職に就くか就かないかは別として、とても有能な方々です。今後のますますのご活躍をお祈りしております。」


美穂は二人を見送った後、Win社をでた。

もう17時を回っていた。

会社に戻る頃には定時も過ぎているので直帰することにした。


そんな矢先、Win社から電話がかかってきた。


「はい、武田です。」

「こちらWin社 人材派遣部です。」

「お疲れ様です。どうしましたか?」

「本日午後4時頃、武田様の派遣先のPanasony社でコロナウイルスが発生しました。」

美穂は今朝ワイドショーで取り上げられているのを思い出した。

電話口から業務連絡が淡々と続く。

「つきましては先ほど緊急でPanasony社から全社員出社停止になったとの連絡を受けましたので、武田様には早急に出社していただき、滞った業務の推進をお願いいたします。」

「はい、わかりました。」

美穂は踵を返して、会社に向かった。


一階でエレベータを待っていると、パンパンな袋を両腕に抱えた近藤と出会った。

彼は長く続く勤務を見越して、カップ麺を買い占めていた。


「OG訪問今日だったよね、ありがとね。」

「いえいえ、今度おごってくれる約束忘れないでね。あ、それもらってもいい?」

美穂はその中の一番高そうなカップ麺を二つ取った。

近藤は困った顔で言った。

「こういうとき大変だよね」

「まぁそういう仕事でしょ」

美穂は淡々と応えた。


美穂はがらんどうになったオフィスに戻った。

窓際の自分のデスクにあるPCを持って、オフィスの中央の席に座り、所属部署97人分の仕事に取り掛かった。

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