四話 神の呪い
シスが黙り込む。神父様が嘘をついていないことは、彼女にはもうわかっているだろう。
俺も驚いてはいたが、薄々感じていたことでもあった。
「あ、ここだここだ。うわあ、酷いな。教会の建物なんて跡形もなくなっちゃったね。昔はここに林檎の木もあったんだけど、枯れちゃったのかな」
話の途中だったが、どうやら目的の場所に着いたらしい。そこは瓦礫どころか、更地と言った方が良さそうな場所だった。
ただ、地下へと続く階段だけはしっかりと残っている。いや、どうやら学者による調査に備えて、後から作り直したのだろう。
ロープで侵入を規制されているものの、入ることは出来そうだ。
「この階段……どこに繋がっているんですか?」
「私が作った地下墓地だよ。入ってみるかい?」
「え、いや……結構です」
ぶんぶんと首を横に振るシスに、「だよね」と苦笑する神父様。別に見て欲しいものでもないらしい。
でも、ここにあるものこそが神父様が吸血鬼になった根源である筈。どうしても、それを確かめたくなった。
「俺は見てみたいです、神父様」
「え、本気かいレクスくん?」
「はい。人間だった頃の神父様がどう過ごしていたのか、知りたいので。少しでいいので」
「本当に好奇心旺盛な子だね、きみは。じゃあ、少しだけ見てみようか」
「シスは無理しなくてもいいけど、どうする? 外で待ってるか?」
「う、ううー……ちょっとだけなら」
結局、三人で地下墓地に入ってみることになった。神父様を先頭に俺、シスの順番で階段を下りる。
かなり古い墓地であるが、ところどころコンクリートで補強されているため、崩れる心配はなさそうだ。
「うへぇ、カビ臭い……あ、丁度いいところに懐中電灯があったよ。調査に来ていた学者の忘れ物かな」
中へ入るなり、近くに転がっていた懐中電灯を神父様が見つける。ここは遺跡として、長年学者が調査を続けている場所だ。
神父様が懐中電灯を点けて、辺りを照らす。その時に見えたものに、シスが小さく息を詰まらせ俺の腕にしがみつく。
想像はしていたものの、山積みになった亡骸の数々は、俺でも背筋が冷たくなった。
「はー、結構そのままで残ってるものなんだなぁ。こんな場所、残しておいても仕方ないと思うんだけど」
「ここにある亡骸は全て、神父様が?」
「うん、そうだよ」
「……先ほどの話に戻りますが。真祖の吸血鬼は、元々人間だったんですよね」
「そう。地上で生きる全ての魂は、死んだ後に神の元へ戻り、次の生へと輪廻する。でもね、神は自分の元に置きたくないくらい汚れきった魂に呪いをかけたんだ。地上に括り付け、そのまま消滅させるために。それが真祖。あ、言っておくけど私は別だよ。私は愚か者を断罪するために選ばれたのだから」
得意げに神父様が断言する。前から言っていたことだ、自分の役目は愚か者を罰し、迷える魂を神の元に返すことであると。その結果がこの地下墓地である。
大量の人間を救いと称して殺害し、亡骸を地下に放棄していた。本人は自覚していないが、これこそが神父様が真祖の吸血鬼と化した罪なのだろう。
傍から見れば、神父様こそが愚か者と罵られるだろう。いや、実際に罵られてきたに違いない。
でも、俺はそう思わない。彼のしてきたことを否定しない。肯定もしないが。
「……ということは、神様って本当に居るんですね」
「あれー? シスちゃん、あれだけ私が全力で授業をしたのに、今頃神の偉大さに気づいたのかい」
「ふえ!? あー、えっと……いえ、わかっていましたとも。なんていうか、そう! 改めて、偉大すぎる存在感を実感したんですよ!」
ジトッとした目で見てくる神父様に、シスが俺の後ろに隠れながら慌てて取り繕う。
今にも授業が始まりそうな空気。俺は慌てて話を変えようと、シスの方を振り向く。
「シス、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「だ、大丈夫……こんなに大勢の人間に囲まれるの、久しぶりだから」
「大勢の人間って……亡骸だぞ」
それも、ここにある亡骸は決して丁重に扱われたわけではなく、棚に隙間なく押し込んであるようなものだ。なんなら、本当に山のように積み重なっている箇所まである。墓地、と先に言われなければここがどういう場所であるかさえ、すぐにはわからないだろう。
人間に囲まれているような感覚には、到底なれないのだが。と言うか、暗さや亡骸の不気味さを怖がっていたのではなく、そういう居心地の悪さが嫌らしい。
「そういえば、シスちゃんは教会の作戦で死にかけたんだっけ。大勢の吸血鬼に襲われかけて……ふむ、これは流石に私が悪いな。無神経だったよ、ごめんね」
「い、いえ! お気になさらず! 確かに、あれ以来人混みは少し苦手ですが……先生に拾って貰えましたから、悪いことだけじゃないんです」
あ、そういえば! シスが勢いよく挙手をして、神父様に質問する。
「真祖の皆さんって、一体どんなことをして神様に嫌われたんですか? 今後の参考のために、ぜひ教えてください」
「なんの参考にするつもりなのかが気になるけど……そんな面白みのある話じゃないよ。串刺し公は元々、とある国の王様でね。大昔にあった戦争で敵だけではなく、自分の不利益になる味方まで串刺しにして自分の領地に飾った。血の伯爵夫人は、自らの快楽のために猟奇殺人を繰り返した。他の真祖も似たようなものさ。あー、でも……弟殺しだけはちょっと事情が違うか」
「事情が違う?」
「そう。彼は一番古い吸血鬼でね。妬ましいことに、神と唯一直接言葉を交わし、罰を与えられた存在なんだよ」
思わず唖然としてしまった。神父様の話はどれも理解できない内容ばかりだが、今度ばかりは思考することを放棄したくなった。
しかし、神父様は嘘など言わない。ならば実在するのだろう。神と言葉を交わした吸血鬼も、神という存在そのものさえも。
「彼の罪は、自分の弟を殺したことだ。他の真祖に比べれば、罪は軽いように見えるかもしれない。でも、彼は誰よりも重罪だ。この世界に、『殺人』という概念を作ってしまったのだから……と、長話しちゃったね。これ以上奥に行くと崩れるかもしれないから、もう戻ろうか」
そう言って、神父様が踵を返す。個人的には地下墓地をもっとよく見たかったが、それも難しいようだ。
シスも限界のようだし、早く外に出た方が良さそうだ。神父様に続いて、階段を昇ろうとする。
しかし、その足はすぐに止まることになる。不意に立ち止まった神父様の背中にぶつかってしまうも、詫びる余裕はなかった。
「……なるほど。うっかりしてたよ。ここが罠だったみたいだ」
「罠?」
「神父様、気をつけてください。地上に居るの、人間じゃない。吸血鬼です。それも、一人や二人じゃない」
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