三話 襲撃前夜
「メルクーリオで情報収集した結果、やはり楽園は教会直属の施設……ダンピールの量産施設のようです」
シスも戻ってきたので、俺たちは改めて作戦会議をすることになった。
作戦会議とはいっても、場所はいつものリビングなので緊張した雰囲気はない。シスは入浴後で眠くなったのかあくびを何度も繰り返しているし、神父様に至ってはいつ買ったのかクッキー缶を開けてポリポリ食べている。
……まあ、皆やる気はある筈だから気にしないでおこう。
「量産、という割には全然増えてないみたいだけどねー」
「ダンピールはそれだけ生まれ難いんです。これまでにもそういった施設は何度か破壊してきましたが、人間は本当に諦めが悪い」
「おお、これこそ神の采配か!」
「はあ、そうかもしれませんね」
ため息を吐きつつ、ジェズアルドまでクッキーを食べ始めた。この二人、なんだかんだ仲いいな。
「あ、ちょっとジェズアルド。きみ、かなりの大食いなんだから全部食べないでよね!」
「軍資金を渡したのは僕です。文句を言われる筋合いはありません」
「何もしてないくせに! やっぱり一回わからせておかないと駄目なのかな!?」
「上等です。そろそろ運動不足だと思っていた頃合いですから」
「やめてください、大人気なさ過ぎますよ」
とりあえず、子供みたいな喧嘩するのはやめて欲しい。
「えーっと、話を戻します。ともかく、教会への復讐の足がかりとして、まずはこの楽園を潰しましょう。被害者女性たちは出来るだけ保護し、楽園の情報をメルクーリオの新聞社に流します」
「あの国は昔から何かといざこざが多いですからね。反乱の起爆剤としては申し分がないでしょう」
「ただ、ダンピールの量産施設ということは……その」
俺が思わず口籠ると、神父様とジェズアルドが揃ってシスの方を向いた。シスは目を擦りながら俺たちを見る。話はちゃんと聞いていたらしい。
「あー……もしかして、わたしの母親が施設に居るかもって思ってる?」
「確率はゼロじゃないからな」
「残念でした、わたしの母親はとっくに亡くなってるよ。わたしを生んですぐに内臓がぼろぼろになって死んじゃったんだって。科学者達に直接聞いたから、間違いない。そもそも、顔とか全然覚えてないし」
手を振りながら、あっけらかんと笑うシス。彼女の様子に安堵する半面、苦々しい思いもこみ上げてくる。
俺も両親のことなどほとんど覚えていないが、僅かの間でも注がれていた愛情を覚えている。
でもシスは、両親からの愛情など知らない。あくまでも、血が繋がっているだけの赤の他人なのだろう。
「保護ねぇ……私としても、無意味な殺生は避けたいところではあるけど。身柄を保護するのは簡単じゃないよ、レクスくん。女性達がどんな状況かわからないからね」
「それは……わかっていますが」
神父様の意見に、思わず口を噤んでしまう。被害者である女性たちは出来るだけ救いたいが、絶対に助けられるとは約束出来ない。
襲撃すれば、施設内は間違いなく戦闘になるだろう。巻き込まれる者をどれだけ助けられるかなんてわからない。
……それに、
「ジェズアルドはどう思う? ダンピールの実験施設に関しては、きみの方が詳しいだろう?」
「そこまで詳しくはないですが……神父の言う通り、確かに難しいと思います」
神父様がジェズアルドを見やる。事情は知らないが、ジェズアルドは以前、ダンピールに関する施設について調べていたらしい。
「施設に入所した女性は、体外受精の前に予め吸血鬼の血で作られた血液製剤を投与されます。その時点で、女性はもう人間ではありません。拒絶反応で死ぬならいい方で……最悪の場合、人間とも吸血鬼とも呼べない化け物になるでしょう」
「それは……回復させる方法はないんですか?」
「ありません。ラクにしてあげることが一番の救いでしょう」
相変わらず淡々とした口調に、俺は思わず胸を押さえた。胸糞が悪い、というのはこういうことだと改めて思い知る。
まあ、いい。今更人間の生死など、どうでもいい。
……そうだ。もう決めたんだ。いざとなれば、誰であろうと俺の復讐の障害となるならば容赦はしない。
「それでは証拠や資料の回収、施設の破壊を優先しましょう」
「うん、それがわかりやすいね」
「了解です、頑張りましょう!」
俺が断言すれば、反論するものは誰も居なかった。神父様が同意してくれるのはまだしも、シスまでもが頷くのは予想外だった。
でも、復讐のために人間を辞めた俺は、彼女に何か言える立場ではない。場馴れしていないとはいえ、ダンピールなのだから人間なんかに遅れはとらないだろう。
「今度は先生もついてきてくれますか?」
「……そうですね。それほど時間はかからなそうですし、ダンピールに関連する施設はなるべく潰しておきたいので。たまには運動しに行きましょうか」
今度はジェズアルドも力を貸してくれるらしい。
これで、戦力としては申し分ない。
「決行は明日の夜でどうでしょう? 明るい時間では、人の出入りも多いので。出来るだけ人間達が寝静まった頃合いを見計らって、襲撃しましょう」
俺も宣言に、三人が頷く。ついに復讐を実行出来る高揚感と、得体のしれない不安に、胸が焼けるような不快さでいっぱいになった。
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