二話 拠点へ帰還


 事態が変わったのは、十日程前のことだった。


「今日からわたしも、教会に復讐するためにレクスさん達の仲間になります! ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」

「神父に借りが出来てしまったので、多少は協力してあげますよ」


 そんな申し出があって、シスとジェズアルドが俺達に協力してくれることになったのだ。それぞれの思惑や理由は、詳しくは知らない。

 だが、二人の申し出はありがたく受け入れることにした。俺と神父様では、どうしても足りないものがあるから。


 それを、彼らが上手く担ってくれた。


「先生ただいま! お金、いっぱい稼いできましたよー!」

「おかえりなさい、シスさん。お二人もご苦労さまでした」


 玄関から屋敷の中へ飛び込んだシスと俺達を、ソファで本を読んでいたジェズアルドが顔を上げて迎え入れる。


「神父、転移魔法陣の調子はどうですか?」

「まずまず、ってところかな。安定はしているけど、ちょっと消費する魔力が多すぎるよ。これじゃあ、レクスくんが使えない」


 神父様が指輪をはめた右手を不満げに振る。指輪には転移魔法の魔法陣が組み込まれており、これによりメルクーリオと、拠点であるジェズアルドの屋敷とを一瞬で行き来出来るようになったのだ。

 元来、吸血鬼は霧やコウモリに姿を変えて長距離を移動すると言われている。その真相は擬態をして身を隠せるということと、転移すること、力のある吸血鬼ならばどちらも魔法で実行可能であることを表しているのだ。

 ただ、自分自身だけが転移するのと、数人で転移するのとは違うらしい。


「ふむ……しかし、これ以上魔力を惜しむと失敗してあらぬ場所へ投げ出されるかもしれません」

「それをどうやって改良出来るか考えるのがきみの仕事じゃないか。ま、私も考えてみるけどさ」

「あ、あの……その指輪、俺が使えるようになる必要ってあります?」


 ああでもないこうでもない、と口論を始める神父様とジェズアルドに俺は思わず声をかけた。


「もちろん。敵陣に踏み込む以上、今後は何が起こるかわからないからね。転移が使えれば、銃撃戦になっても逃げられるじゃないか」

「それに、せっかく。使わなければ、宝の持ち腐れですよ」

「そ、そうなんですかね……」


 返ってきた答えに、何も言い返せなくなってしまう。

 屋敷に滞在している間に、俺の吸血鬼としての状態がだいぶ落ち着いてきたらしい。そして付随効果として俺の身体能力が向上し、多少だが魔力が備わったらしい。

 実感は……これといって無い。


「いやあ、それにしてもまさか魔力まで授かるだなんて。これも神のご加護があったからこそだよ」

「は、はあ」

「せんせー、わたしは魔法を使えるようになれないんですかぁ?」


 一人だけ話に入れず、拗ねたような表情でジェズアルドの隣に腰を下ろすシス。

 そんな彼女に、ジェズアルドがはっきりと断言する。


「無理ですね。ダンピールでも魔力を備える人は珍しくないのですが、シスさんは才能というか、素質がないです」

「はう!」

「うわ、直球。きみってオブラートに包むとか、気をつかうっていう思いやりはないわけ?」

「シスさんは透視能力という特殊な技能を持っています。それ以上の能力は身体と魂の負担になるので、魔力や魔法に割く余裕はないんですよ」


 ジェズアルドの話によると、魔法と超能力、両方の力を備えることは生物学的に不可能らしい。

 しゅん、と肩を落とすシス。だが、すぐに気を取り直してソファからパッと立ち上がった。


「なーんだ、残念。先生、わたしお風呂入ってきます! 髪の毛にタバコとお酒の臭いが染み付いちゃいそうなので!」

「はい、わかりました」

「じゃあ私も着替えて来ようかな。少しは慣れたけど、やっぱりこの格好は息苦しいよ」


 二人がリビングを出て行く。なんとも行動的というか、自由な二人だ。

 でも、俺としてはジェズアルドと話がしたいと思っていたから丁度いい。


「ジェズアルドさんは、シスが俺達の復讐に手を貸すことに賛成なんですか? 前は俺達の目的に反対していたのに」


 俺はソファではなく、傍にあったスツールへ腰を下ろした。ジェズアルドも本を閉じて、足を組み直す。


「僕はシスさんには幸せに、平穏に過ごして貰いたいのです。十年という時間を一緒に過ごしたので、それなりの愛着はあります。でも、彼女が教会に復讐したいと言うのなら止めません」

「俺は、神父様と違って戦う力はほとんどありません。だから、もしもシスが危険に陥った特、守りきれるかわかりません。それでもあなたは、彼女の背中を押すんですか?」

「きみならわかるでしょう? 憎しみを押し隠すことが、どれほど難しいかを」 


 ジェズアルドの目が、真っ直ぐに俺を見てくる。


「これでも止めたんですよ。いや……この十年間、僕は彼女に憎しみを復讐の糧とするのではなく、乗り越えるべき問題として教えてきたつもりです。十年という時間は僕にとっては一瞬ですが、人間にとっては長いでしょう? 気持ちを整理するには、十分な時間だった筈。それでもシスさんは復讐を選んだ。ならば、彼女の幸せは復讐を達成することでしか手に入らない。無理矢理平和な場所に押し込んでも、いずれ限界がきます」

「あなたの力なら、シスを押さえつけることくらい出来るのでは?」


 ジェズアルドは洗脳に長けている。ならば、シスから憎しみや復讐を取り除き、平和な日々を過ごさせることは可能だろう。

 それでも、彼は首を横に振った。


「シスさんは人形ではありません。ちゃんとした意思を持つ一人の人です。意思を捨てさせて延命させるくらいなら、行く先が危険であっても彼女の意思を尊重してあげたいのです」

「そう、ですか」


 やはり、この人の価値観は独特だ。長命ゆえに達観している。人間はもちろん、吸血鬼の味方というわけでもない。

 メルクーリオで情報を集めるべく人と交渉し、奔走したせいか、彼の異質さが一層際立つ。


「でも……これはきみにも言えることですが。もう一度、復讐相手が自分にとってどういう存在かを思い返すべきだと思います。取り返しがつかなくなってから、後悔しないように」

「え、どういうことですか?」


 おもむろに口を開いたジェズアルドに、俺は思わず身を乗り出すようにして聞き返した。

 彼にしては珍しく、声に悲痛な響きがあったからだ。


「これは、シスさんにも話していないことなのですが。僕も昔、憎悪に狂ったことがあります。ほんの些細なことでした。僕が欲しかったものを奪われたのです。僕は我を忘れ、相手を殺してしまった」


 表情は暗く、遠くの記憶を掘り返すようにジェズアルドが話す。俺は想像が出来なかった。こんなにも物静かな人が、憎悪に狂うことがあるのだろうか。

 想像出来ないことが、俺の未熟さなのかもしれない。


「陳腐な言い回しですが、本当に大切なものは無くしてから気づくものです。僕にとって本当に大切なものは、殺してしまったあの子だった。血塗れになって、動かなくなったあの子の冷たさは今でも鮮明に思い出せる。だから、僕はもう間違うわけにはいかない」

「ジェズアルドさん」

「だから、出来ればきみやシスさんには同じ思いをして欲しくないのです。神父は……心配する必要はないでしょうね」

「馬鹿にされた気配を察知! なにかな、私のレクスくんと一体何の話をしていたのかなー?」


 いつものカソックに着替え終わった神父様が戻ってきたので、話はそこで終わってしまった。

 ライラ。俺にとって、大切だった人。だが、今は誰よりも憎い敵。何度考えても、彼女に対して湧き上がるのはどす黒い感情だけだった。

 

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