八話 勧誘
※
昨夜は無駄にアルコールなんてものを摂取してしまったものだから、こちらに交渉する余裕がなかった。
なので、今夜こそジェズアルドと話をしておかなければならない。
「あれれ? てっきり新鮮な血でも物色しに行くかと思ったのに、こんな山奥で何する予定なんだい?」
「……あなた、思慮深いタイプに見えるのに意外と短絡的ですよね」
街の方に行くのかと思いきや、ジェズアルドが向かったのは森の中だった。
いや、それはまあいい。
「短絡的って……きみだけには言われたくないんだけど」
思わず前に居るジェズアルドを睨み付ける。確かに、考えるよりも先に身体が動いてしまうことは多々あるが、決して短絡的と呼ばれる程ではない。
ていうか、彼はだけには言われたくない! 先生などと呼ばれているが、それは年の功というやつがあるだけであって、本質は先生には向いていない。私以上の戦闘狂の筈なのに!
……まあ、腹立たしく感じるが今は気にしないでおこう。
「で、こんな場所に何の用? 死体でも隠してあるのかな?」
「この辺りは時折
辺りを見回しながら、溜め息混じりにジェズアルドが言った。馬鹿にしないで欲しい、もちろんわかっている。
屑鬼は吸血鬼の成れの果てであり、そこまで堕ちた隷属は主に殺されるか、契約を破棄されるかのどちらかだ。どちらかというと人間を撹乱させたいがために、契約を破棄されて捨てられる者が多い。
そして、主を亡くした屑鬼に田舎の村などに出没し、人間が襲われる被害が後を絶たない。実際、私がクローゼ村で担っていた仕事の中に屑鬼から村を守るというのも織り込まれていた。
私が、というよりも本来クローゼ村に着任する筈だった神父の仕事、というべきか。
「ふーん。でも、わざわざこうやって見回りするくらいなら結界でも張れば? その方がラクでしょ」
「確かにラクですが、僕はシスさんを匿っていますので。下手に結界を張って、力を見せびらかすようなことは避けたいので」
「あー……なるほど。そういう考えもあるのか」
ジェズアルドの言い分にも一利ある。屑鬼程度ならまだしも、他の吸血鬼が結界の存在を知ったら界隈で確実に目をつけられる。それが血の伯爵夫人系列ならば、更に面倒なことになる。
……意外と考えてるじゃないか。
「そういうあなたは、クローゼ村ではどうしていたんですか? 結界を張っていたのなら、そういう問題くらいあったのでは」
「え、結界なんて張ってなかったけど。たまに槍を使わないと腕が鈍るからね、存分に練習相手になって貰ったよ」
「……脳筋」
瞬きの間に槍を掴み、ジェズアルドに向かって突き出す。難無く避けられてしまった。
くそう、出会い頭の奇襲は成功したのに。悔しいけど、実力の差を思い知らされるね。
「やれやれ。血気盛んな若い人を相手にするのは大変です」
「千年生きてる相手によく若いって言えるね!」
「真祖の中では一番若いじゃないですか」
ジェズアルドが呆れたと言わんばかりに肩をすくめ、眼鏡を押し上げる。まあ、化石みたいなこの人に比べればそりゃあ若造かもしれないけど。
レクスくんの前で若造扱いされないように気をつけなければ。
「じゃあ先輩、物知らずな若輩者に色々と話してくれないかな」
「……先輩はやめてください。なんか気味が悪いですし。で、何を話せと?」
「私達の仲間にならないかい?」
「嫌です」
即答されてしまった。予想は出来てたけどね。
「えー、何でぇ? 私達と一緒に教会をぶっ潰そうよ。きみだって、教会には思うことがあるんだろう? だから、シスちゃんを助けた」
「確かに思うことはあります。今の教会は、忌々しくも千年前のアルジェントと同じ過ちを繰り返しています。ですが今、僕は派手に動くわけにはいかないのです。僕がシスさんを助けたと世間に知られれば、彼女は吸血鬼からだけではなく人間からも追われることになります」
常に鉄仮面なジェズアルドにしては、珍しく感情を露わにした言い分だった。私は過去の記憶を探り、思い出す。
ジェズアルドは途方もないくらい長く生きる古い吸血鬼だ。彼は私が知っているよりもずっと前から世界を歩き、撹乱させ続けてきた。
その目的は知ってはいるけれど、それは流石に私が関与するようなことではない。
とにかくジェズアルドは、どの時代でも世界に干渉し続ける男だった筈。まあ、シスちゃんの為と言われれば納得は出来るけど。
「うーん……なんか引っかかるなぁ。今のきみはまるで、世界から隠れる口実としてシスちゃんを匿っているように見えて仕方がないよ」
「……あなたが捻くれているだけでは?」
「ああ神よ、千年間変わらず信仰を捧げてきた私を捻くれ者扱いするこの不届き者に裁きをお与えください、今すぐ!」
「や、やめてください。これ以上、神の怒りを買いたくありません」
私の祈りに、これまた珍しくジェズアルドが慌てふためく。ううむ、こうやって彼をからかうのは割と楽しいけれど、本題が全く進まない。
どうやら彼は非道な教会の現状を把握しておきながら、しばらくの間は傍観者で居るつもりらしい。
敵に回られるよりはマシだけど……引きこもらせておくには惜しい人材ではある。私は自分の力を誇っているが、流石に一人で教会を潰すのは骨が折れる。レクスくんが居るが、彼は単純な戦力として換算することは難しい。
だから、この暇そうな吸血鬼をどうにかして有効活用したいところだが、どうすればいいかな。
と、考えを巡らせていた時だった。
「ん?」
「はあ、やはり来ましたか。神父――」
「わかってるよ」
小さな羽音と、使い魔越しでも伝わってくる甘ったるい気配に身構える。いつかは見つかるだろうと思っていたが、想定よりも早かった。
近くの木の枝にぶら下がるようにとまるコウモリ。私は無意識にコウモリに手にしたままだった槍を向ける。
『ごきげんよう、七番目さま。いえ……狂信者さま、とお呼びするべきかしら?』
「きょ、狂信者ぁ!?」
「……ぷっ」
コウモリが発した言葉に私は驚き、ジェズアルドは吹き出した。ジェズアルドにも言いたいことはあるが、とりあえず後回しだ。
「……やあ、夫人。私がどうしてここに居るのがわかったのかな?」
『よくぞ聞いてくださいました。目星がついていたわけではありませんのよ? クローゼ村を中心に、この数日で行動出来る範囲を探し回っておりましたの。お車で移動されていたようなので範囲は絞れたのですけれど、まさかこんなに早くお会い出来るなんて! やはりわたくしと狂信者さまは運命の赤い糸で結ばれているのかしら?』
「血塗れの糸では結ばれてそうだけどね……で、その狂信者って何?」
『教会があなたさまの呼称をそのように定めたそうですの』
夫人がくすくすと笑う。見た目はその辺に居るコウモリと似たりよったりなのに、まるで夫人本人がそこに居るようで忌々しい。本人に会ったことなどないが、胸焼けがする程に甘い微笑を浮かべているのが容易に想像出来る。
……それにしても、狂信者とは。失礼な。神へ狂おしい程に懸想しているのは事実だが、狂ってはいないとも。
『ところで、そちらにいらっしゃる方はどなた?』
「え?」
『狂信者さまの槍はとても美しく、眩しいのです。ですから、わたくしの使い魔の目がどうしても霞んでしまいますの』
困りましたわね、と夫人が嘆く。使い魔というものは、大きく二種類に分けられる。全てを魔法で構築するものと、生物を魔法で乗っ取り使役するもの。夫人が使っているコウモリは後者だ。
生物を使う場合、魔力を節約出来る上に一度に複数の使い魔を使役する事ができる。しかしその反面、出来るのは精々偵察やこうして会話する程度だろう。
そして私の槍は、私の魔力の塊だ。肉眼では見えないが、凄まじい量の魔力を放ち辺りに満ち満ちている。視界が霞む、ということは私の魔力が使い魔の能力を阻害しているせいで、ジェズアルドのことは気配くらいしかわからないと訴えているのだろう。
ブラフの可能性もあるが、夫人がジェズアルド程の吸血鬼を前に「どなた?」などと悠長にしているなんて不自然だ。
ちゃんと見えているなら、この男に食いつかないわけがない。
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