その4 乗車

 俺と”彼女”は、新幹線のチケットを受け取り、目立たない、警察病院のロゴが入ったワゴン車に乗せられた。


 そこから新函館駅まで運ばれるのだという。


 駅に着くと、俺達は、

『じゃ、ここからはお二人で、くれぐれも気を付けてください』


 気を付けてくださいも何もないもんだ。


 病院を出てからずっと、俺達は相変わらず着けられっぱなしじゃないか。


 おまけに銀色の手錠に繋がれている男女と来ている。


 これで目立たないといったらウソになるだろう。


 然し、時期が時期だ。


 乗降客もいつもの半分、いや、事によったらそれ以下かもしれない。


 それも幸いしてか、好奇の眼差しで見る目は殆どいなかった。


 もっとも、そんな目があったとしても、俺達、特に”彼女”は気にもしなかったろうが。


『あちらさん』が用意してくれたのは、驚いたことにグリーン車の乗車券と座席指定券だった。


 しかし、他の車両、指定席は愚か、自由席だって殆ど空いているのだ。


 グリーン車なんか、人が載っている筈もない。


 そう思ったが、やはりそうじゃなかった。


 俺達の他、胡散臭い目をした連中が、そこここに腰かけ、こっちを見張っていた。


  幸い、俺達の前には誰も座っていない。


  俺は座席を半転させ、二人掛けの窓際に彼女を座らせ、自分は通路側に陣取った。


 まさか彼女は逃げもしまいが、用心するに越したことはない。


『何か食べるか飲むか?』


 俺の問いかけにも、彼女は何も答えない。


 車両に乗り込む前にも、同じことを聞いたが、その際も”彼女”は何も言わなかった。


 考えてみれば、初めて顔を合わせてから、彼女の声を一度も聞いちゃいない。


 俺は左手だけでコートのポケットからシガレットケースを出し、シナモンスティックを摘みだし、一本咥えた。


 さて、これから取り合えず新青森まで、約二時間ほどを揺られていかねばならない。

 当然だが、その間俺は席を離れることもできん。


 無論、トイレなど問題外だ。


 え?


 漏らしたらどうするのかって?


 俺を誰だと思ってるんだ?


 憚りながらこれでも”泣く子も黙る元空挺レンジャー””普通科レンジャー”の有資格者だぜ。


1時間やそこいら、便所を我慢することなんか屁でもない。


第一、女を引っ張って便所に行くわけにもいかんだろう。


俺は肘掛に突いた肘の上の掌に顎を乗せ、わざと音を立ててスティックを齧った。


相変わらず彼女は姿勢を崩さず、背筋を伸ばしてまっすぐ前を見据えたままだ。


同じように相変わらず、そこらへんに腰を掛けている、


”胡散臭い野郎ども”は、それとなくこっちを見据えている。


 中にはもう既に懐に手を突っ込んでるのもいるくらいだ。


 さて、何が起こるかな?


 久しぶりにわくわくしてきたぜ。



 




 

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