その3 ”彼女”

 俺が病院の受け付けで来訪の趣旨を告げると、係の女性が少しばかり戸惑ったような表情かおいろを浮かべ、館内電話でどこかに連絡をした。


 すると、音もなく現れた、二~三人の白衣姿の男達が、俺の周囲を囲むようにして、物も言わずに外来患者の目から、強制的に離すようにして、廊下の端にある、

『係員専用』と札の出たドアの中に押し込める。


 そのまま一直線に、俺はストレッチャーごと載せられるような、巨大なエレベーターに案内され、一度も止まらずに、

『15』という表示の出る階(つまりはこの病院の天辺だ)まで連れて来られた。


 その階は入り口が硝子の扉で二重に仕切られており、真ん中に入ると、三人と共に俺は全身をすっぽり覆うような防護服を着せられ、中に入った。


 妙にがらんとしたフロアである。

 病室は幾つもあったが、どこからも人の気配はまったくしない。


『105号室』という、プレートの出た部屋の前で止まると、三人の中の一人がチェーンにつけられた鍵を出して、ドアを開ける降りていて 真っ白な部屋だった。


 ベッドが一つと、サイドテーブル。窓はあるがブラインドが降りていて、外の景色は殆ど見えない。


 その中に”彼女”がいた。


 俺達が入ってきても、彼女はじっと前を凝視みつめ、身じろぎもしない。


 黄金色の長い髪、


 真珠よりも白い肌。


 まなじりの切れ上がった眼には、大きく、ルビーよりも紅い瞳が光っている。


 唇は薄く、口角が少し釣り上がっていた。


『今から君は東京に護送される』


 白衣の男の一人が、まるで死刑宣告でもするみたいな、無感動な調子で言った。


 彼女は何も答えない。


 相変わらずまっすぐ前を見たままである。


 もう一人が、下げていた小型のケースを開け、中から長い鎖の両端に、銀色の輪のついた器具・・・・回りくどい表現だな。つまりは『手錠ワッパ』を取り出した。


 探偵でメシを喰っているんだ。

 俺だってこの連中が何のために手錠ワッパなんか出してきたか、凡その察しがつく。


 手錠を出した白衣男は、俺に向かって手錠の片方を差し出し、

『恐れ入りますが、利き手はどちらですか?』と馬鹿丁寧に言った。


『右手』


 俺が答えると、彼は俺の左手に手錠の一方をめる。


 そしてもう一方を、”彼女”の右手に嵌め、鍵穴に鍵を突っこんで、半回転回した。


 正直なところ、こいつを嵌められたのは、生まれて初めての事だ。


 お世辞にもいい気分じゃない。


『これで貴方達二人は東京に着く迄こうして繋がっていることになります。』


 手錠ワッパを嵌めた白衣男は、それから手錠についての講釈を始めた。


”この手錠は特殊な合金で作られていて、いかなる手段を使っても切ることは不可能だ。これを外すには、東京は中央区にある、自衛隊中央病院内にある研究所に行くことだ。そこにある合い鍵でないと外せない”


 何だかやけにSFじみてきたな。

”彼女”の方は、相変わらず無表情のまま、講釈を聞いている。


『まさかこのまま、電車に乗れってんじゃあるまいな?』


『その”まさか”ですよ。彼女を狙っている相手も、電車の中で悪さをしようとは思わないでしょうからね。』


 また無機質な声が俺の耳を打った。


『随分気楽に言ってくれるな。彼女は見たところ女だぜ?俺に少なくとも10時間以上、トイレを我慢しろというのか?』


『貴方ならそれくらいの我慢は何でもないとうかがってますが?』


 なるほど、知ってたか。


”切れ者マリー”が俺を選んだわけだ。

 


 ここまで言われると、笑うしかなかった。 


 




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