第二章 魔法少女の誕生と、その活動内容 その9
「お風呂あがったよ!」
「お先に頂きました!」
「亜理紗ちゃん、早く!」
「はい!」
「え? ちょっ……」
リビングにいる皆に、お風呂からあがったことを告げ、あたしと亜理紗ちゃんは急いで部屋に向かった。
慌てているあたしたちに対し、光二が戸惑いの声をあげているけど、今はそれどころじゃない。
「遅い! 何してたんだ!」
「お風呂に入ってたのよ!」
部屋で待ち構えていたネルの小言を聞き流しながら、あたしは急いで装備を展開し変身する。
隣では亜理紗ちゃんも魔法少女に変身していた。
「まったく、風呂などという旧時代の遺物をいつまでも……クリーン装置を使えば汚れなど一瞬で落ちるだろうに」
「お風呂は身体だけじゃなくて、心の疲れも癒せるのよ! 精神力を利用してるくせに、そんなことも分かんないの!?」
いちいちムカつくことを言うネルに反論してやると、ネルは急に考え込んでしまった。
「む、そうか、風呂……旧時代の遺物で、その存在すら忘れかけていたが……精神力回復のヒントが、そんなところにあったとは……」
「考えるのはあとにしてよ! 急ぐんでしょ!?」
「そ、そうだったな。よし、行くぞ」
「アル!」
「分かっている」
部屋の電気はあえて点けっぱなしにして、あたしたちは部屋の窓から外に出た。
本来なら危険な行為だが、身体能力が向上しているあたしたちには特に危険なことなどない。
最後に出て窓を閉めると、あたしは屋根の上に飛びあがり、待っていた三人と合流した。
「あっちだ。行くぞ」
そしてあたしたちは、ネルの指し示す方へと民家の屋根を飛び移りながら向かった。
「これ、忍者みたいで楽しいですよね」
「そうね。そんなあたしたちは魔法少女のコスプレしてるけどね……」
「コスプレって言わないで下さいよ。私、気に入ってるんですから」
「亜理紗ちゃんはいいよ。あたしは……高校生になってこの格好はキツイ……」
「そうですか? 似合ってますよ?」
「余計キツイ!」
「ええ?」
「お喋りはそこまでだ。見えたぞ」
屋根の上を跳びはねながら亜理紗ちゃんと話していると、ネルが割り込んできた。
どうやら到着したらしい。
そして現場を見てみると……。
「うわ、ホントに三人いる……」
「メッチャ暴れてますね……」
見たところ、三十くらいの男の人が三人、辺り構わず繁華街で暴れ回っているのが見えた。
三人の周囲に人はない。
だけど、三人からかなり離れたところには結構な数の人がいる。
そしてその人たちは、殆どがスマホを男の人たちに向けている。
「うわあ……絶対録られるやつじゃん」
そしてまたSNSに、顔のハッキリ写っていないあたしたちの姿が流れるのだ。
「行きたくない……」
「なに言ってるんですかお姉さん! 私たちがなんとかしないと!」
「……そうだね」
簡単に想像できる憂鬱な未来に、あたしはゲンナリするが、魔法少女に並々ならぬ憧れを持っている亜理紗ちゃんは、悪を倒すことこそが自分に与えられた使命だと信じている。
はあ……。
行くしかないか。
「それにしても、毎度思うのだが、なぜ彼らは逃げないのだ? 巻き込まれてもいいのだろうか?」
「そういうもんなのよ。まさか自分に矛先が向くとは夢にも思ってないんでしょ」
ネルの野次馬たちに対する疑問に、あたしはそう答える。
こういうのは、昔も今も無くならない。
今どきの若いもんはっておじさんたちは言うけど、おじさんたちの若いころも同じように言われてたんだよな。
結論、こういうのは多分一生無くならない。
と、そんなことを考えててもしょうがない。
野次馬たちに被害が出る前に、ギデオンを浄化しないと。
「あたしは左、亜理紗ちゃんは真ん中ね。右は最後に二人で!」
「はい! 分かりました!」
「じゃあ……行くよ!!」
「はい!!」
あたしは亜理紗ちゃんに号令をかけて一緒に飛び出し、暴れている三人の目の前に着地した。
すると……。
「出た! 魔法少女だ!」
「コスプレ魔法少女!」
「誰がコスプレ魔法少女だ!!」
あたしたちの出現を待ちわびていたかのように、一斉にカメラを向ける野次馬たち。
それより、誰だ! 今、コスプレ魔法少女って言った奴!!
「お、こっち向いたぞ!」
「チャンス!」
コスプレ魔法少女って言った奴を探そうとして野次馬たちの方を向いた瞬間、一斉にスマホで写真を撮られた。
写真を撮影した奴らは、撮った画像を確認しようとして戸惑いの声をあげている。
「あ、あれ? こっち向いてるのに、顔がハッキリ見えないぞ?」
「カメラにもハッキリ映んねえぞ?」
例の隠蔽装置はちゃんと仕事をしてくれているらしい。
お陰で、あたしは今まで何回か動画を録られてネット上に晒されているけど、特定されたことはない。
声も違って聞こえてるらしい。
まあ、今はそんなこと置いといて、目の前の三人だ。
「すう、はあ……落ち着いて……」
真ん中の男を前にして深呼吸する亜理紗ちゃん。
そんな亜里紗ちゃんを見た野次馬たちがどよめいた。
「おい! あれ、新しい魔法少女じゃね!?」
「ホントだ! 今度は年相応だ!」
「つ、ついに我が街にも正統派魔法少女たんが!」
くっ、コイツら……いっその事、コイツらも改心させてあげようかしら?
野次馬に対し、そんなこと考えていると、集中していた亜理紗ちゃんのステッキが光を集め始めた。
そして、その光が十分に集まったところで……。
「いっけええっ!!」
亜理紗ちゃんはステッキから光を放った。
放たれた光は、前回と同じく細い。
このままでは前と同じ展開になる。
と、そのとき、放たれた光がクイッと方向転換した。
そしてその光は、男の人の周りをグルグルと回り、やがて繭のように覆い隠してしまった。
この光を意のままに操るという行為を、昨日はひたすら練習していたのだ。
その訓練の成果が、今発揮された。
「今だ、亜理紗!」
「はい! 弾けろおっ!!」
ネルが号令をかけると、亜理紗ちゃんはその繭を弾けさせた。
内側に。
「あぁあぁああああ!!」
光の繭に包まれ、全身でその光を浴びた男の人は、叫び声をあげた。
そして、亜理紗ちゃんが光りの繭を解除すると、そこには悪魔憑き特有の黒い霧が晴れた男性が気を失って倒れていた。
「やった……お姉さんやりました!!」
「うん! よくやったね! それはいいけど、こっちはまだ戦闘中!」
「あ、ゴメンなさい!」
嬉しさのあまり飛び付いてきた亜理紗ちゃんだったけど、亜理紗ちゃんの様子を見ることに集中していたあたしは、まだ目の前の男を倒していない。
亜理紗ちゃんはすぐに離れてくれたので、あたしは目の前の男を浄化する準備に入る。
まず、ステッキに光を集めるイメージ。
そして、それが十分に集まったところで……。
「改心しなさあーいっ!」
私は、亜理紗ちゃんと違って力任せな浄化の光を放った。
『ごんぶと!?』
さっきの亜理紗ちゃんの光を見たからだろう、野次馬たちは揃ってそんな言葉を発した。
やがて光が収まると、そこにはさっきと同じく黒い霧が晴れ、気を失っている男の人がいた。
ふう、二人目浄化完了。
さて、最後の三人目は……。
「あ、しまった!!」
あたしたちの攻撃を見て、本能的にヤバイと察したのか、最後に残った悪魔憑きの男の人が逃げ出した。
だけど、あたしたちの周りは野次馬で取り囲まれている。
「やばい! 皆、逃げて!!」
あたしは力の限りそう叫ぶが、野次馬たちはまさかの事態に固まっている。
「え? なに? こっち来てんの?」
「わああっ! ちょっ! 嘘だろ!?」
「ちょっと! 道開けてよ!! 逃げられないじゃない!!」
遠目で現場を見ていた野次馬たちは、まさか自分たちに火の粉が飛んでくるとは思いもしなかったんだろう。
突然の事態に、逃げ惑っていた。
だが、急に起こった事態は混乱を巻き起こし、皆うまくその場を離れられていない。
マズイ!
このままじゃ野次馬たちに被害が出る!
あたしは憑りつかれた男の人を取り押さえようと、すぐに駆け出したけど、悪魔憑きの男の人はすでに野次馬たちに向かって腕を振り上げている。
ヤバッ! 間に合わない!!
必死に駆け寄るあたしの目の前で、男の人はその腕を振り下ろした。
数十キロある電飾看板を片手で軽々と持ち上げる力だ。
そんな力で人間を殴ったら……。
目の前で起こる惨劇を予想して、思わず目を背けようとしたとき。
「え?」
その振り下ろした腕は、途中で止まっていた。
なぜなら、その男の人と野次馬たちの間に人が一人入り込み、その腕を受け止めたから。
「な!? なにしてんのアンタ! 早く逃げて!!」
普通の人間が、ギデオンに憑りつかれた人間に勝てないのは分かっている。
なんとか一撃受け止められたかもしれないけど、次は多分無理だと思う。
そうなる前に逃げるようにと叫んだのだが、次に見た光景は信じられないものだった。
なんと、その割り込んだ人物がギデオンに憑りつかれた人を突き飛ばしたのだ。
「え? うそ? そんな、普通の人間に、そんなことできるわけ……」
そこまで言って、あたしは自分の言葉が間違いだったことに気が付いた。
だって。
目の前にいたのは……。
普通の人間ではなかったから。
その姿を見たあたしは、思わず呟いた。
「OH、NINJA」
あたしの目の前には、黒装束に身を包んだ、NINJAがいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます