第35話 九時のニュース、飛行機事故、選挙速報
速報はすぐには詳しい情報にはならない。まずそれが「速報」から「ニュース」になるにはやや時間が必要である。
NHKの九時のニュースが最初にそれを報道した。乗客には日本人がほとんどいないということである。まだ判っていない、とニュースの当初は言っていたキャスターが、三十分くらい経つと何やら資料を受け取って、今新しい情報が入りました、と告げる。
画面の真ん中に一人の青年の写真が映った。K県の大学生吉浜征志さんと判明しました……
「え?」
まほは目を見開いた。
何でこの顔が映っているの?
見覚えのある顔、だ。
写真だからやや印象は違うけど……
でもあたしがこの顔を間違えるはずがないじゃない。
まほは目を離せない。
だが名前は彼女の知っているものではない。
これは誰?
まほの頭の中で記憶は一気に回り始める。
その中で重要なものと今はそうでもないものがすさまじい速さでより分けられ、今この瞬間、この場で欲しい情報が浮かび上がる。
あれは誰?
彼女がサカイと呼んでいた男は吉浜征志という名で画面に映っている。
……現在吉浜さんの遺体は発見されていませんが、絶望視されています……
アナウンスの声が妙に明るく聞こえる。きっと画面を見ずに聞いたら怒りたくなるくらいに明るく。
……現在爆発の原因はこの吉浜さんの席付近と見られているため、現地との連絡がつき次第、その件についても検証していきたいと思います……
「検証ねえ」
ハルはつぶやいた。
「どれだけ当てになることやら」
常にないほどその口調は冷え冷えとしたものであったにも関わらず、まほはそれにも気付かないほど、画面をじっと見つめていた。マリコさんはその様子を奇妙に思いながら見ていた。ハルは気付かない。
そしてしばらくはその事故関係のニュースが続いたが、事故機に日本人乗客がほとんど乗っていなかったことから、さほど長くは続かなかった。その夜はもう一つ重要なニュースがあったのだ。
ニュースが変わったのを見て、マリコさんはやれやれ、と思いながら洗い物をすべくキッチンへ帰った。
「続いて選挙です。県議会議員選挙の速報が入りました……」
あの修正写真の本体は一体どうゆう面してるのやら。ハルはカウチのひじかけに頬杖をついて、ぼんやり眺める。飛行機事故ほどには興味は湧かない。
「マリコさん誰に入れたのーっ?」
「秘密ですよーっ。選挙はそういうものですーっ」
キッチンからそう大声で返す。律儀な人である。
「……区では……」
TVでは次々に決まっていく当選者を映し出す。ぼんやりと眺めていると、何かどれもかれも同じような印象を受ける。色合いというか、年代というか、あのトーンを落とした背広と、不似合いな赤のリボンのばら。滑稽にまで映る。
ところが、である。
その中の一人にふとハルは目が吸い寄せられた。
女性である。だいたい年の頃は三十代後半という所だろうか。
……いや、意図的にそう見せているようにも見える。動きようによってはもっと若くも見せることが可能そうなスタイルだ。実にきびきびと動く。そしてその身につけているモノトーンのスーツが異様に似合っている。
「……区では無所属・新の
そしてクローズアップ。
テーブルが音を立てた。
え、?
ハルはその音の方を向いた。
まほが腰を浮かせてTV画面を食い入るように見ていた。
ハルが見た事がない表情だった。
いつも割とぼんやりしている焦点が、完全に真正面のTV画面に集中していた。
目の見開き具合があのステージの上の彼女に近かった。どうしたっていうの。
ハルは声を掛けるタイミングを計る。
「……どうしてよ……」
まほの声がもれる。
「何で、母様が、よこかわ、なのよ!」
かあさま?
ずいぶんとアナクロな言い方ではあるが、意味は判る。だがあまりにも突然だったので、なかなかその言葉の意味を実際に目の前で起こっているできごとに結び付けるのは難しかった。
「それがあんたの本当の名だって言うの?!」
まほはサイドテーブルをそのまま乗り越え、画面にかじりついた。画面の青い光がまほの顔に反射する。
「じゃああたしは誰だったっていうの?!」
答えなさいよ、と彼女はTVを叩き始めた。
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