第19話 さほどに「女の子」のラインではない「まほ」嬢。

 そしてとりあえず彼女のことを「まほ」ちゃんと呼ぶことになった。当の呼ばれた本人は、とりあえずそう呼ぶ、という二人に、別に何だっていいわ、と答えた。


「いいの? 思い出せない?」

「別に思いだしたってそうでなくたって、どっちだっていいんだもの」


 投げやりなコトバが返ってくる。そして翌日、四人はリゾート地から帰宅した。行きのはしゃぎ様とは一転して、新入りの「まほ」嬢に合わせたように皆、ぼんやりとして言葉少なだった。



 ハルは彼女を妹の部屋に入れた。二間つながったその部屋の灯をつけて、何使ってもいいからね、と付けたす。まほはきょろきょろとその部屋を見渡すとハルに訊ねた。


「誰かの部屋なんでしょ?」

「うん」

「いいの?」

「少なくとも今は、誰も帰ってはこないわ」


 ―――そういえば変だな。


 そんなことを思いながらハルは言葉を交わしていた。

 あの朝以来、あの最初に彼女の口から漏れたコトバのような、半身をぞくりと震わせるような触感がない。

 何だったんだろう、と思いながら、ついついその感触を求めて、彼女との接触を多くしようとしてしまう。

 原因が彼女の声自体にあるのは間違いないのだが、だったらこれだけ毎日接触しているんだから、一度くらい同じ感触があってもいいのに、と。

 あれはそれまでにない感触だったのだ。恐怖に似た快感とでもいうのだろうか。

 それが予期しないテンポの中で起こったので、たまたまそう感じただけなのか、それとも彼女の声に何かそれを起こすものがあるのか、それが知りたくて。


「体型も似てるし。服もいいわよ」

「誰かのでしょう?」

「あ、下着くらいは新しく揃えるから」

「そうゆう意味じゃなくて」


 とりあえず何か着てみれば、というので、まほはすすめられるままに元の持ち主のクローゼットを開けた。

 中には結構な数のカラフルな服が入っていた。だが、彼女が自分の住んでいた部屋の中のの中身とは、まるで違ったものだった。

 確かに体型は近いと思う。と、いうより、その服の持ち主も自分も、この国の少女に一番多いサイズがぴったりの人間だったようである。

 だが自分の着ていた服は、実際にはそういうサイズを気にするタイプのものではない。サイズなどがあって無きがごとし、の殆ど「体型を見せない」重ね着タイプの服だった。

 だがこのクローゼットの中に入っていたのは、それとは全く違っている。どちらかというと、体型を見せるタイプのものだった。とはいえ、肌を見せるタイプという訳でもない。むしろ肌は隠している。だがラインは強調している。すべきところは強調する、といったような。

 どうしたものか、とまほは思う。だがどんな時でも「とりあえず」は必要だろう。ひとまずはその中でも大人しいリブニットとジーンズを取り出してみる。


「着てみれば? 結構似合いそう」

「えーと……」


 そりゃ確かに女同士だから、いいんだろうけど…… そうまじまじと見られると、妙に身体が熱くなる。

 たとえ女の子同士といっても、彼女はすぐその場でぱっぱと服を脱げるような生活はしてこなかった。服を抱えて、物陰に隠れると、手早く服をかえた。


「あらま」


 別に恥ずかしがらなくともなあ、と経験はいくらかあるハルはこめかみをかりかりとひっかいた。

 少しして、まほはやや照れくさそうに出てきた。

 わりあいとすんなりとしている身体のラインは、ぴったりとした服でもよく似合っている。むしろ、彼女が着ていた服よりも似合っているんじゃないか、とハルは思った。

 腕のラインだの、肩の丸みだのが、何処か奇妙なしなやかさを持っている。だがなよなよとした柳ではなく、所々は、またこれが妙にがっしりしているようにも見えるのだ。

 全体のバランスからしたら、9号サイズの普通体型。足のラインにしても同様で、さほどに肉はないのだが、かと言って針金でもない。


 あ、そうか。


 そこまで考えていて、唐突にハルは気付いた。


 さほどに「女の子」のラインじゃないんだ。


 どちらかというと、少年のラインに近い。だが直線ぽくとも、線一つ一つは柔らかさを持っているのだし、何と言っても、胸にはそれでも曲線が綺麗なカーブを描いている。それで全体的には女の子だ、と言われて納得するのだ。


 面白ーい。


 くす、とハルは笑った。そしてしなやかな腕に視線をのばし――― その先の手首の包帯にやや痛々しいものを覚えた。



「可愛い子だよね」


 ユーキは「まほ」嬢に対してそういう感想を述べた。

 真帆子マホコが妹の名前だったけど、あの子はただの「まほ」だ、という簡単な説明だけをされた彼は、それ以上の質問は加えない。


「ユーキくんの好み?」

「僕の好みはハルさんタイプでしょう? まあそれはどっちでもいいんだけど…… 何か覚えにくい顔だなあ、と」

「あ、ユーキ君もそう思います?」


 マリコさんはちょっとばかり驚いた表情になって言った。


「うん」


 「別荘」から戻ってきて何日かが過ぎた。しばらく用があって滞在する、とという言い訳を何処まで信用したか判らないが、ユーキは新入りの「まほ」嬢については追求はしなかった。

 「手首に包帯」というのは、生命を奪う効果はともかく、一般的には、「私は自殺したかったほど苦しんでました」という無言の意思表示をする。それが当人の本意であるかというよりも、外側にはそう映るのだ。

 ユーキはその件についても何一つ聞かない。そして別の面からこの新入りの少女を評する。


「何っか、奇妙なんだよね」


 彼は首をかしげる。


「絵をやってる友達に見せたら、理由判るかもしれないけれど、僕にはよく判らない。だって、顔の中身の配置はいいと思うし、全体的に可愛いよね。でも、見た瞬間は覚えてるのに、一瞬後にはもう記憶していないんだ」

「そうですよね」

「ハルさんはわりあい、素っぴんは地味なんだけど、一度見たら忘れられないタイプだよね」

「あの人の場合は、本人気がついてないけど、顔の一つ一つのパーツのつくりがしっかりしているんですよ、だから化粧すると異常に映えるんですって」


 そしてその「何度見ても忘れる」子と「一度見たら忘れられない」二人は、こんなふうにマリコさんとユーキが会話しているような日は、たいてい外へ出かけていた。


「ずいぶん気に入ってるようだよね」

「全く」


 とりあえずは「マホ」の服を着せているが、「まほ」ちゃんにはきっとそれなりに好みがあるだろう、と二人で服の買い出しに行ったり、意味もなく暇つぶしに映画を見たり、レコード屋を漁りに行く。


 妙なほどハルが楽しそうなんで、マリコさんも、無駄使いはよしなさいと言うこともできない。

 当のまほ嬢は、そういったことには関心がないらしく、与えられるものは素直にもらっている。好みを訊ねられれば、素直に答える。少なくともハルはそれに対してケチをつけることはしない。

 試着する服に対して、似合うかどうか位の採点はするが。だからまほ嬢は自分の好きなものの中でハルが似合うと思ったものを買ってもらっている。

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