第5話 日曜の朝。
「そう」
オフィスで彼女はコーヒーを呑みながら、命令は果たしました、と告げる彼にあっさりと返事をした。
「こちらに証拠のものもあります」
「捨てちゃいなさい。そんなもの」
「……」
「どうせ見つかったところで、何にもならないでしょう? 私にも、君にも」
ああ、良く似ている。彼は思う。コトバ一つ一つが空気を切り裂くような強さを持っている。よく通る、あの彼女に似た。
「ところで君、ちょっと私の使いを頼まれてくれないかしら」
「何でしょう」
「―――国まで、荷物を持っていってほしいのよ」
「―――国、ですか?」
いきなり言われる単語に、彼は拍子抜けする。
「知っているでしょう? 今度うちの党の中から、何人か、向こうの産業に援助をするとかしないとかの問題で、視察という形が取られること」
「いえ、父は仕事のことは家庭では喋らないものですから」
「悪いお父様ね。まあいいわ。私が行く前に、荷物だけでも運んでおいてほしいの。判りましたね?」
有無を言わせぬ口調で、そのひとは言う。彼はもちろん、「YES」としか答えられない。仕方がない。
あの時も、そうだった。父親の失敗のせいで、様々な人々が手のひらを返したように冷淡になった。母親はその中で心労から倒れてしまった。それまで住んでいた家から引っ越さなくてはならなかった。生活のこともあるが、世間の目が怖かった。
その家庭を救ってくれたのがこのひとだった。
「ところで『サカイ』君」
彼は考えからふっと醒める。
「まさかあれに下手な同情なとしていないだろうね」
「いえ、別に」
「ならいい」
下手な同情? している。しまくっている。「サカイ」は、はっきり言えば、彼女のことはかなり好きだった。ただ、恋愛ではない。むしろ、妹のように思っていた。
彼女がそうでなく自分を見ていたことも知ってはいた。そして、だからと言って、どうにもならないことも知っていた。
堂々巡りだ。
彼は思う。
そもそも、本当の名すら言えなかったのだ。関心のない子供でも、自分の血を引いている以上、油断はならないとでも思ったのか。このひとは。
時間制限があった、ゲームとすら言えない、つきあい。でも、時間制限の間は、せめて、楽しく――― 結末が判っているだけに、余計、彼は彼女が可哀そうだった。
「また連絡をするから。それまでは待機していなさい」
「はい」
「さっさとその邪魔なものは捨てるのよ」
「はい」
捨てられるだろうか?
彼は思う。淡い黄色の、カーディガンは、黒い染みが、消えない。
日曜の朝。
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