どんでん返し

あんどこいぢ

どんでん返し

 大野真子はまだ故郷の星系に留まっていた。

 そうこうするうち、彼女に安部博己との重婚婚姻届けをくれたタイクーン船長、榎本千遥が同星系にもどって来るという。リダ星系の基地に入り浸り、ほとんどステーション九〇〇より先で暮らしているような女だ。なぜ? 超Cメールのやりとりをすると、やはり博己の重婚相手である小嶺結菜の手作りパン屋が、いよいよ開店するのだという。

 そこでその店の開店祝いに、真子も呼ばれることになった。

 重婚容認は四星系合同政府の人口政策なのだが、主としてステーション九〇〇より先のフロンティアで適用される。同じ男の嫁三人のパーティ。やはりそれは、少なくとも主星系では、相当異様な集まりだった。

 ところでこの星系の第一惑星、ダフネaもまた入植が始まったばかりだ。軌道が主星に近く、開発が遅れていたのだ。

 いずれ地上車の乗り入れが制限され、森と牧場とログハウスの観光地になるという長閑な風景の中を、真子と結菜、そしてその結菜の船、タイクーンのヒト女性型インターフェイスのノッチの三人? が、4WDで進んで行く。結菜には地上車の免許がなく、真子はそれを切らせてしまっていたため、ハンドルを握っているのはノッチだ。彼女はグラマーなミリー・タイプではなく、割り合いぽっちゃりしたタイプのクローン・ベースにインストールされている。船のAIとは一応べつのキャラクターだが、同じコンピューター上にその処理領域が置かれている。

 真子にはどうにもしっくりこない話なのだが、千遥はいう。

「タイクーンのコンピューターのキャラクターがどう考えても男性なのよ。でもそれに合わせてインターフェイスも男性型にしちゃうと、なんか物凄く、イタい女みたいに思われちゃうのよね」

 前を行く土木作業のチームがさっと路傍に彼女たちの車を避けた。

 尻が妙にムチムチしている。追い抜くとき確認すると、胸もやはりボンと突き出ている。真子のその視線に気づいたのか、ノッチが手短にアナウンスする。

「リダ株のミリー・タイプです。今回に限って、生殖機能のノックダウン処理がほどこされず、入植男性たちとのあいだで子供を作ることが想定されているんだそうです」

「リダ株? ちょっと前、そんな話聴い気がすんな。ああ見えてマッチョなんだって?」

 そしてもう一人のヒトの女、千遥のほうも言葉を添える。

「いずれフロンティアにも、投入されることになるんでしょうね」

 むしろそっちのほうが本命のプランで、こっちのほうはただのテストだろう。重婚容認という合同政府の政策は、結局フリーセックスの流行を惹き起こしただけで、出生率の増加には寄与していないようなのだ。

 結菜の新しい家もログハウスだった。

 チャイニーズ・キャラクターを独自に分解し崩した文字、ヒラガナと呼ばれる文字でコッペパンと書かれた木の板の看板が立っている。いや。文字列の末尾にギリシャ数字の二が添えられている。<こっぺぱんⅡ>。初代コッペパンは彼女の船だということなのだろう。

 木の丸テーブルのイートイン・スペースに通され、そこでも先ほどの話の続きになった。今度は千遥が話し手になったが、どうも話が、怪談染みて来た。

「電磁的緊急避難って知ってる?」

「ああ。死んじゃいそうな大怪我のとき、とりあえず船のコンピューターに記憶をコピーしとくんだよね? で、体のほうは冷凍睡眠のカプセルに放り込んどいて──」

「そう。いまは救急救命技術もしっかりしてるし、文明圏にいる限り、ほとんどお世話になることはないんだけど、あれで助かったひとって、なんかちょっと、ひとが変わっちゃうみたいなんだよね」

「そりゃまあ、一旦死にかけてるわけだし……」

「ううん、トラウマ抱えてディスオーダーになっちゃうとか、逆にひととして成長したとかって話じゃなくて、ほんとにひとが変わったって感じになっちゃうんだって……。カップルで飛んでるひとたちとかに多いんだけど、これは以前のあのひとじゃない、みたいな……。じゃあなんなのって話になるんだけど、それはやっぱ……。記憶のコピー先がヒト型インターフェイスの脳だなんてケースもあるわけだけど……」

 そこで耳つき厚切りサンドウィッチの盆を抱えた結菜が、話に入って来た。

「それ私、経験あり。積み込み作業中に化学溶液浴びちゃってさ、体半分溶けちゃうような状態だったんだ」

 エプロン姿でニコニコしている。そして、千遥の椅子の後ろに待機しているノッチにむかい──。

「あなたもどっかにかけちゃって」

 一応持ち主の千遥に対しても、

「いいよね」

 と確認をとる。

「あ、ごめんごめん。それじゃあなたも、つき合いなさいよ」

 AI、あるいはヒト型インターフェイス絡みの怪談話が続いていたが、とりあえず彼女たちに、屈託はないのだった。とはいえここは、ノッチのほうが一歩引いた。

「いえ、私はお飲み物淹れてきます。コーヒーでいいんですよね?」

 お陰でホステス役の結菜も話に加わることができた。

 真子がテーブルに肘を突き、ぐっと身を乗り出す。

「でっ? どうなのっ? あんたやっぱ、コッペパンⅠのAIさんっ?」

「うーん。私は私だとしかいいようがないわね……。でもそれ否定しちゃうと、昨日の夜寝て今朝目覚めた私が、ほんとに昨日の私と同じ私なのかどうかだって、よく判んなくなって来ちゃうんじゃない?」

 今度は真子が話し始める。

「れいの三原則についてなんだけどさ、あれってやっぱ、有名無実化してるらしいよ。いや、軍用アンドロイドみたいにヒトのコントロール下で解除になってるケースもあるんだけどさ、そもそもトロッコ問題ってのがあるわけじゃない。事故に遭いそうなヒトのグループが二グループあって、それらのどっちか一ぽうしか助けることができない。さて、どっちを助けるか? それについてもいろんなプログラムがあるんだろうけだけど、AIたち自身で、ディープラーニングしたりなんかもしてるわけじゃない。もちろん答あり学習が基本なんだろうけどさ、いまのAIにはある程度自律性が与えられてるわけだし、そうなるともう、大の虫を生かすために小の虫を殺すなんて、ヒトでも判断つきかねるような領域にも、踏み込んで行っちゃっうわけだよ。となると彼らが、たとえば優生思想を持つことだって、理論上可能になってくるわけじゃない」

 千遥も結菜もこくっと頷く。そして前者がいう。

「実は昔からずっとそうだった」

 コーヒーが入ったようだ。いい匂いの湯気を上げる白いカップが配られて行く。配膳中のノッチに、千遥が声をかける。

「お相伴に与かる前に、あなたもなにか、面白い話しなさい」

 彼女は自分の分のカップとソーサーを鳩尾の辺りに捧げ持ち、小首を傾げる。

「面白い話っていっても、なんかちょっと、怪談っぽい話ですよね? 困ったな……。私たち個人的恐怖感とは無縁な存在なんで……。あっそうだ! それじゃ一発芸で──」

 うんうんとヒトの女たちが頷く。

「なんだバレちゃってたか」

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