コイツが妹になった日

「お前、起きろよ!いつまで寝てんだよ」

ボコっ!


 心地の良い眠りの中、オレの腹に拳が飛んで来た。


「うっ、いってぇーな」


 女の子らしい細い腕なのに、コイツは馬鹿力があり過ぎるんだ。


 今日から、高校生としての初日を迎える。


「今日から新学期だろ?早く起きろよ!」

「だからって朝イチから殴んなよな。もう少し兄貴に優しくできねぇのかよ?」

「ふん!私が起こしてあげてるだけでも良いと思え!つか、朝ご飯早く作れよなー」


 こんな悪魔みたいな奴が、学校じゃあ男女から人気者なんて考えられない。そう、いわゆる学校一のアイドル的な存在だった。


 オレの妹は才色兼備の人気者だ。勉強はクラスでトップ、顔だって、兄でも男の中のオレから言わせても、めっちゃめっちゃ可愛い。


 アイツを褒める様になるから、こんな事言いたくないけど。


「ねぇ、結衣菜と結衣菜の兄貴って全然違くない?」

「うん!兄妹なのに全然違うよねー!?」


 こんなのは日常茶飯事だ。もう聴きなれた。

 オレとコイツで何度も比較されて、その度にオレは嫌気がさすんだ。


 違うに決まってる。


 –––だって–––、



 血が繋がっていない、兄妹なんだ。



****


 そう、コイツとは血が繋がっていない兄妹だ。妹の結衣菜は、父親の再婚相手の連れ子であった。


 コイツと兄妹になったのは6年前の事だ。結衣菜の両親が離婚し、母親に着いて行く事にしたらしい。

 オレは結衣菜の両親が、なんで離婚したのかは詳しくは知らない。聞いたのは、前の父親の借金が原因らしい。


 知ってるのはこれだけだ。


 オレの母親が亡くなってから、もう数年は経った。オレが幼い頃に、母は交通事故で亡くなった。


 それ以来、オレは父親と二人で暮らすことになる。


 父親の仕事上、一人で留守番が多く、家事全般はオレが担当した。それ以来、大体の料理は出来る。

 6年前に父親から再婚する事を報告され、新たに母親となる人物を紹介された。


 それは唐突に訪れたんだー。


「啓太、父さんこの人と再婚する事にしたんだ。今日から啓太のお母さんになるんだ」


 その人は亡くなった母親に、何処と無く似ている気がした。

 ふと、オレは母親の遺影に目をやってしまった。


「あなたが啓太くんね?お父さんから聞いてるわー」


 父親の後ろを覗き込み、膝を曲げ、オレの視線に合わせながら、優しそうな笑みで話し掛けて来た。


「はい。そうです」


 この時、とんでもなく緊張していたのを覚えてる。


「啓太くん、あなたのお父さんと結婚する事になったの。今日からあなたの新しいお母さんになるからよろしくね」


 オレは下を向いて無言になる。言葉に困った。突然の事で、新しい母親となると言う事に実感が湧かない。

 すると父親の姿が視線に入る。


「啓太、なに緊張してるだ!?今日からお前のお母さんになるんだから、挨拶しなさい」


 父親の表情は優しかったが、口調は少し尖っていた。


「高坂 啓太です。よろしくお願いします」

「はい、よろしくね。啓太くん」


 以前よりも表情は温かく、柔らかかった。


「ちょっと、結衣菜も挨拶しなさい」


 後ろに隠れながらその人の裾を握ってる、小さな女の子に気が付いた。


「もうこの子ったら。隠れてないで、ちゃんと挨拶なさい。啓太くんは、結衣菜のお兄ちゃんになるのよ」


 母親の後ろに隠れていた小さな女の子は、母親から背中を押され、オレに視線を向けては、足元に視線が戻る。いつ折れても良いような、細々とした言葉が発せられた。


「ゆっ、結衣菜です」

「可愛いらしいな。なぁ啓太?」


 父親は先程の表情とは違った優しい顔で、この小さな女の子と話せと言わんばかりの言葉であった。


「うん。オレ啓太。よろしくな結衣菜」


 オレは少し強がって見せた。


「よろしくお願いします。お兄ちゃん」


 小さな女の子は照れながら、ほんの少しの微笑みを浮かべながら、オレに言ったんだ。


 この時のことは今でも鮮明に覚えている。


 –––オレに妹が出来た日–––


 弱く、簡単に壊れそうな表情で、高い声が何よりも可愛かったんだ、、、。


「啓太、お前がしっかり面倒見て、ちゃんと守ってやるんだぞ!」


 父親が小さな女の子と、オレに目を配りながら言った。


「分かったよ」


 ここが私の家になるの?私の居場所ってあるの?ここに来て良かったの?

 そんな色で彼女の空間を染めていた気がしたんだ。


 その時、ある感情が湧いた。


 コイツを守ってやりたいー。


「ここがお前の新しい家になるんだ!だから、今度からただいまって言えよ!」


 直ぐにでも崩れそうな、小さなその肩を今でも覚えてる。


 伏せてる結衣菜の姿から、たった一つだけ言葉が、漏れた気がした。



 うん、、、、

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