第30話 1月6日
暗闇の中、スマホの明かりが私の顔を照らす。
時刻は1時とすでに翌日を迎えている。
外の景色は真っ暗で何も見えない。高速道路を走っているのだから当然だ。
「寝ないのですか?」
後ろの席に座りスマホのロック画面をただ見つめている私を、運転席に座っている柴田がバックミラー越しに私を捉える。
「寝れるわけないでしょう、こんな状況で」
「・・・そうですか」
再び沈黙が訪れる。
これで何度目の沈黙だろう?そんなことすら今はどうでもいい。彼の無事な顔が速く見たい、その感情が何よりも勝っている。
「お嬢、少し変わりましたね」
柴田は前を向いたまま告げる。前をのんびりと走る車を抜かすために車線変更したため車が揺れる。大型トラックを抜き終えると、彼は再び口を開いた。
「いえ、以前のお嬢に戻った、と言うべきでしょうか」
「・・・」
私は何も言わなかった。しかし彼は独り言だと言わんばかりに話を続ける。
「
すごく久しぶりに聞いた私を生み、育ててくれた母の名前。小学校入学してすぐ、母は車に引かれた。事故じゃない、計画的な犯行で。
私が小学校に上がると同時に父が組織の若頭に選ばれた。父の組織は規模が大きい分、敵が多かった。父に直接恨みを持つ者もいなかったわけではないが、主に組織に対しての恨みの方が大きかったと思う。
そんな中、私と母は見張りもつけずに2人で出かけていた。いつも見張りがいるのは自由とはほど遠かったから。忙しかった父を置いて行った遊園地の帰りだった。
「くまさんだ!」
私は交差点の向こうにあるおもちゃ屋のくまに惹かれ、点滅している信号を無視して走った。
「幸、危ないわよ!」
母の忠告を無視して私は交差点を渡り切った。
私は自分ぐらいの大きさのあるくまのぬいぐるみをガラスに手をつきながら見つめた。
「お母さんこれ可愛いね」
振り返ると母はほかの人と共に反対側で信号が変わるのを待っていた。私は母が来るまでガラスに手をついたまま、顔だけを母のいる方に向けていた。
やがて車が全部止まり、歩行者の信号が変わった。母は急いで私のもとにやって来る。
そのときだった。さっき赤信号に代わった方の道路から一台の黒い車が急に発進していた。青に変わったからと車を走らせた車たちは危険を感じ、すぐに停止した。
道路の真ん中に開いたスペースを抜け、黒い車は徐々にスピードを上げていく。
「危ない、止まれ!」
どこからか聞こえてきた男性の声に気付いた母は、真っ直ぐ向かって来る車の存在に気付いた。
しかしそのときはすでに遅かった。
母は私の目の前で宙に浮いた。
私にはその様子がとてもスローモーションに見えた。
母が道路に叩きつかれた後、私はその現状がすぐには呑み込めなかった。黒い車はそのまま何事もなかったかのように走り抜けた。現場を見ていた人たちがすぐに母を囲む。
「お母さん・・・」
混乱した状況でそう口にするのが精いっぱいだった。
私はおぼつかない足取りで母のもとに向かう。
「お母さん・・・」
母を囲む人の近くに行くと、私の存在に気付いた男性がしゃがんで目線を合わせた。
「お母さんなの?」
私は何も言わずそのまま輪の中に入っていく。みんなの脚の間を抜け中央の開けた空間に出た。そこでは倒れた母と出血を止めようとする男性たちがいた。
「お母さん・・・」
私は寝ている母のもとに近付く。
「お母さん、お母さん」
母を呼びながら体を揺らす。しかし母は目を開けることも、声を発することもなかった。
救急車で運ばれ、後に母の死亡が確認された。
その後、引いた男とその組が父の手でつぶされた。
その後母が殺されたように、親しい人を作ればその人が狙われるかもしれない、そう思う気持ちがどうしても私からなくなることはなかった。
「でも今は・・・彼に感謝ですね」
「感謝?」
彼の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったので、ついオウム返しをしてしまった。
彼はちらりとバックミラーで私を捉える。
「はい、彼は私たちではできなかったことをなしてくれた。だから感謝です」
「・・・あなたたちはそんな人を誘拐したのよ」
「そこを突かれると痛いですね。・・・でも、だからこそです。もしかしたらボスすらも変えてくれるのではないか、そう思ってます」
「勝手ね」
「はい、勝手です」
その後の沈黙は私が父のもとに着くまで続いた。
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