第15話 12月30日

 レンジで温め終えたカレーがテーブルに置かれる。


「ありがとう」


 礼を言うと彼女は俺の方を見ながら定位置となったテレビ側に腰を下ろした。


「遅くなりましたが食べましょう」


「そうだな」


 俺たちは再び合掌をしてからスプーンを手に取った。程良い辛さのあるカレーを一口食べてから彼女に質問した。


「そういえば、村上さんってどこの会社を受けていたの?」


陽美紀ひびき株式会社です」


「陽美紀株式会社・・・って、ここからかなりの距離があるじゃん!」


 陽美紀株式会社は他の県に工場を置いておらず、本社しかない小さい会社。主に化粧品を作っている。


 二学期の終わりに進学、入社をする予定の人たちのために行われた講演会の中で、その会社の代表が来て会社の説明をしていたので覚えている。


「村上さん、工場で働くの?」


「いえ、私は事務の仕事です」


「そっか、事務の方か」


 生産工程に携わっている彼女を想像してピンと来なかったが、事務と言われるとなんとなく納得がいった。


「仕事はいつから行くの?」


「社内の案内をしたいから来月の6日に来てくれ、と」


「そっか、なら色々準備しないといけないね」


「そうですね。準備しないといけない物が多過ぎて困ります」


 そうは言っているものの、彼女の顔からは全く困った様子が窺えない。ずっと口角を上げて、嬉しさが溢れているのが伝わって来る。そんな彼女を見ていると、こっちまで笑顔になった。




 食事を終えて彼女がお風呂に入っている間、俺は自室で鞄から茶封筒を取り出した。少し厚みのある茶封筒の開け口をハサミも使わずに千切って開ける。その中は数枚の紙が納められていた。


 それを封筒から取り出して、枚数を数えることなく手前の一枚を抜く。その一枚を財布に入れ、残りを引き出しから出した封筒の方に移す。


 お金を入れた財布は明日持って行く鞄に入れ、封筒は引き出しに戻した。


 今月の給料はいくらだろう、とウキウキと封筒を開けていた時期もあったが、その時の嬉しさを抱ける自分はもういない。


 美智子さんからもらった給料を保管すると部屋を出た。



 リビングのソファに腰を下ろす。まだ彼女がお風呂から上がって来る様子はない。テレビでも観ようと思ってつけたものの、あまり面白いと思えるものや気を引くものはなかった。結局テレビを消してスマホでいつものゲームを開くことにした。



 自分が組める最強のパーティーで階層の長いダンジョンに潜っていると、風呂場の方から扉の開く音がした。そこから出て来た彼女はいつもの足取りでリビングに戻って来た。


「上がりました」


 彼女はいつも風呂から上がるとそう言って報告してくる。俺は画面から目を離して彼女の方を見る。


 濡れている髪をタオルで拭きながら出て来る彼女。ドライヤーは普段から使わないので持っていない。いつも髪を拭くのに時間をかけているのを見るとあったらいいなと思う。


「ドライヤーか」


「何か言いましたか?」


 彼女の方を見ながらボソリと呟いた言葉は届いていないらしい。彼女は不思議そうに俺を見る。


「なんでもない」


 俺は彼女から目を離すとスマホの画面に目を向けた。



 ダンジョンの突破後、彼女と一緒にテレビを見ているとすでに11時を過ぎていた。テレビを見ながら無意識にあくびが出る。


「眠くなったから寝るよ。村上さんは?」


 ソファから起き上がりながら彼女の方を見ながら聞く。彼女はテレビから目を離した。


「私もそろそろ寝ます」


 そう言うとテレビの電源を切った。お互い歯磨きを終えているのであとは電気を切るだけ。彼女もテレビを見ながらソファの後ろに布団を敷いていた。


「電気お願いね」


 そう言ってから自室に戻った。その後布団に入るとすぐに眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る