第4話 12月25日

 店に戻ると美智子さんはカウンター席でコーヒーを飲んでいた。


「美智子さん、交代です」


「食べ終わった?」


「はい」


「それじゃあ行って来るね」


 彼女は俺と入れ替わるように店の奥に姿を消した。


 店員が二人しかいないと店番とお昼を食べる人が交互になるしかない。店を開けているのに誰もいないのは客が困るし、防犯的にも危ない。



 店に人がいなくなるととても静かになる。外から聞こえる車の音や行き交う人の声が微かに耳に届く。


 1人になると家にいる村上さんのことが気になる。


 ポケットに入れたスマホを取り出そうとして手が止まる。


「俺、村上さんの連絡先知らないや」


 家に泊める事は決まったが、それ以外のことは全く決まっていない。


 彼女の寝床。ずっとソファだと体を痛める、もしくは疲労が溜まっていくだろう。服もどうにかしないといけない。下着も・・・。


 昨日スーツを洗うために洗濯ネットを貸した際にチラッと見てしまった淡いピンクの下着が頭に浮かんで来る。


 いらない雑念を払うために頬を引っ叩いた。お陰で頬はジンジンと痛むが雑念は消えた。


「どうかしたの?」


 店に戻って来たらしい美智子さんが頬を引っ叩いた俺を見て不思議そうに尋ねてくる。


「いえ、昨日遅くに寝てしまって、眠くなった自分を起こしただけです」


「そう?」


 それらしい嘘をついて誤魔化した。さすがに昨日出会った同居人の下着のことを考えていたとは到底言えない。



 そんなやりとりのあとから客足はどんどんと増していった。3時を回った頃には席が全部埋まった。


 常連さんや1人で来た人は主にカウンター席に座る。複数人で来た人は当然テーブル席に座る。


 こちらから席の指定をしないのでみんな好きなところに座る。


「晴太くん、コーヒーを3番、オレンジジュースとカプチーノ、あとケーキ2種類を1番に」


「はい」


 トレーとレシートを取ると先に3番テーブルに向かった。


 3番テーブルではスーツを着た長髪の男性がカタカタとパソコンを操作している。


「お待たせしました、コーヒーです」


 男性は一度俺の顔を見ると何も言わずにパソコンに向き直した。


 コーヒーは手の当たらないところに置き、レシートはその下に置くと1番テーブルに向かう。


 1番テーブルは子連れのお母さんが座っていた。二人とも私服姿なのでお出かけの途中なのだろう。子供は幼稚園ぐらいに見える。


「お待たせしました。オレンジジュースとカプチーノ、モンブランとショートケーキをです」


「ありがとう。ユキ、お兄さんにありがとうは?」


 躾の一環なのかお母さんは横に座る女の子に礼を言うように言う。女の子もそれに従って俺の顔を見上げた。


「お兄さん、ありがとう」


 無邪気な笑顔でそう言われると嬉しいのもで、俺も笑顔になる。


「ごゆっくりどうぞ」


 軽く会釈をしてからその場を後にした。



 そんな感じで時間は過ぎていき、店内に夕日が差し込み始めた。店にはさっき程ではないが数人の客が会話をしながら有意義な時間を過ごしている。


「ありがとうございました」


 レジを打ち終えると出て行ったお客と入れ替わるように人が入ってきた。


「いらっしゃいませ」


 頭を下げて挨拶をすると入って来た女の子二人は俺の前で足を止めた。


「秋原くん?」


 名前を呼ばれて顔を上げると見知った顔が二つあった。


美穂みほ、やっぱり秋原くんだよ」


「本当だ、秋原くんだ」


白崎しらさきさんに東堂とうどうさん、どうしてここに?」


 黒髪ショートボブの白崎と茶髪ポニーテールの東堂さん、2人は俺の通う高校のクラスメイト。普段から話すわけではないが、学校行事とかで関わりのあった人達だ。


「さっきそこを通ったらガラスの向こうに秋原くんに似ている人が見えたからどうかなって」


「でもちゃんと本人で良かった。全く知らない人だったどうしようって話してたから」


「そうなんだ。それよりどうぞ」


 入り口前で話すのは来たお客様に迷惑がかかるので2人を中に入るように勧める。


 普段はしないのだが二人を空いているテーブル席まで案内した。


「この店、初めて来たけどいい雰囲気だね」


「私も初めて来た、とても落ち着く雰囲気だよね」


 2人は店内を見回しながら店の感想を口にする。俺はその間に2人のもとにメニュー表を持って行く。


「こちらがメニューになります」


 メニュー表を持って行くと2人はジーっと俺を見てきた。


「どうかした?」


「いや、雰囲気変わるなーって思って」


「うん、いつも1人で本ばかり読んでる時とは全然違う。なんかカッコいい」


「注文決まったら呼んで」


 普段言われないことを言われて照れ臭くなってその場を逃げた。2人はそれに気づかないように持って行ったメニュー表に目を向ける。


 さっき出て行かれた客の食器を持ってカウンターに戻ると美智子さんがニヤリと笑っていた。


「カッコいいって、よかったね」


「からかってます?」


「からかってないよ」


 そうは言うものの顔のニヤつきは収まっていない。美智子さんに食器を渡すとすぐに流しに置いて洗い始めた。小皿とコーヒーカップだけなのですぐに終わる。


「秋原くん注文いい?」


 白崎さんが手を挙げて呼んでいる。俺はポケットからオーダーの機械を取り出す。


「ご注文をお伺いします」


「えーと、カフェラテとチョコケーキ」


「私はミルクコーヒーと苺ショート」


「以上ですね。ではご注文を確認させていただきます。カフェラテがおひとつ、ミルクコーヒーがおひとつ、チョコケーキがおひとつに苺ショートケーキがおひとつ、以上ですね」


「はい」


「では少々お待ちください」


 機械から紙が出て来るとそれを美智子さんに渡す。


「オーダーです」


 美智子さんはそれを受け取るとコーヒーの準備を始めた。と言っても機械に任せているのでほとんど待つだけ。ホットとアイス、ミルクコーヒーを入れるときはこだわりの装置でゆっくりと香ばしい匂いを出しながら作ってくれるのだが、カフェラテなどは作れないから機械任せになる。


 コーヒーが出来ると冷蔵庫からケーキを取り出し皿に乗せる。


「お待たせ、6番テーブルね」


「はい」


 トレーごと受け取ると彼女らのもとに向かう。


「お待たせしました。カフェラテとチョコケーキ、ミルクコーヒーと苺ショートケーキです」


 注文した商品を彼女らの前に置く。コーヒーからはどちらもいい匂いがする。


「美味しそう」


「コーヒーの香りがすごいね」


「ごゆっくりどうぞ」


 2人の食事の邪魔にならないようにすぐに身を引いた。そしてレジに向かう客がいたのでレジへと向かった。

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