第453話 鬼群襲来

 父ユーリスを迎えに行くロテッシオを見送ったマナとレナ。

 2人はミーティアに戻ったものの、休学解除が出来ていない状況にあるため、学園へ行くこともなく、フォックステイル達と共に、本格的なダンジョン攻略のチャンスを楽しんでいた。

 しかし、真竜クラスのレナと英雄級の実力者6人のパーティーと言えどもダンジョン深層の攻略は難しい。

 ……あくまでも安全マージンを重視した場合であり、どっかの辺境伯のように命懸けの博打を打てば別だろうが。

 そんな状況故に、マナとレナは週の8割ほどをダンジョン探索、残りを街での食べ歩きやカフェ巡りに費やしていた。

 ……もはや、一端の冒険者の生活ルーティンである。


 そんなある日、それぞれの侍女共に街の北側にあるカフェにて、果物を山ほど盛ったフルーツケーキに舌鼓を打っていた姉妹達の耳に、警報替わりの鐘の音が届く。


「……何事かしら?」

「確認いたします。

 ……どうやら、オーガの群れが北の山からこの街へ向かってきているようです」


 マナの呟きを拾った水賢が、しばらく目を閉じた後に、状況を報告する。

 精霊達を利用した情報交換ネットワークにアクセスしたのだ。


「……便利よね、それ」


 カフェから出ることもなく、緊急情報を仕入れる水賢に、感嘆の声を挙げるマナだが、


「いえ、入ってくる情報量が多過ぎますので言うほど便利ではありませんよ。

 少なくとも私は利用するだけの処理能力がありません」


 過去にネットワークの利用を諦めた水打が否定する。

 精霊達は集める情報を吟味などしないし、情報にタグ分け等もなされていない。

 国家機密レベルの情報と近所のパン屋のへそくりのようなどうでも良いレベルの情報が混在するような状態なのだ。

 そんな情報の海から必要な情報を抜き出すには、高い情報処理能力とある種のセンスが求められる。


「……全くです。

 今回は"ミーティア周辺""緊急事態"で絞っただけマシでしたけど、それでも少し頭に痛みを感じています」

「……」

「元々、彼の竜姫トージェン様の情報網を真似した物らしいですが……」


 あちらは、ネットワークに上げる情報を各自が吟味している分だけ、情報の氾濫が起こっていない。

 対して、精霊ネットワークは人間達より、遥かに高い能力を持つ水霊種の頭脳特化型でも手に余る代物になっている。


「……あっちは逆に必要な情報が隠されていることがあるって、ボヤいてたけどね」


 水賢の言葉に苦笑を漏らすマナ。

 結局、一長一短は生まれるものだと割り切るしかないのだ。


「それよりも~。

 どうしますか~?

 近いので~、こっちで~処理しちゃいます~?」


 今更、オーガの群れ程度を脅威に感じるメンツではない。

 そのせいで、精霊達のネットワークに意識が向いていた集団の意識をレナが、現在の非常事態へと向ける。


「そうね?

 ……やめておきましょう。

 此処はミーティアであって、マウントホーク領じゃないわ。

 ファーラシアの他の貴族領だって、問題になるのに他国の防衛を勝手にやったなんて、国際問題になりかねないもの」


 何処ぞの父親に比べて、真っ当な貴族教育を受けている分、正しい判断を下す娘。


「では、向こうから要請があったら対応と言うことでよろしいでしょうか?」

「ええ。

 ただ、この場に留まると邪魔になるでしょうし、お店まで移動しましょう」

「「「「はっ!」」」」


 マナの号令に一斉に席を立つ集団。

 店の方のフォックステイルへ向けて動き出そうとしたのだが……。


「失礼する!

 此処にマウントホーク辺境伯家のご令嬢がいると伺ったのだが!

 ……良かった!」


 兵士と思われる男が駆け込んでくる。

 この辺では見掛けない獣人メイドに加え、見たこともない髪色のメイドを従えているせいで、マナとレナは街の何処にいるかも、直ぐに把握されている状況なのだ。

 今も店内に足を踏み入れた途端に発見された。


「自分はミーティアの都市防衛軍所属の兵士で、アーロンと申します。

 上官の命令により、高レベル者であるご令嬢方に、都市防衛戦へのご助力を要請しに参りました!」

「協力しないわよ」

「……へ?」


 威勢良く声を張り上げた兵士アーロンに、あっさりと拒絶を伝えるマナ。

 それを聞いて、まさか、自分達の暮らす都市を守るのに拒否されるとは欠片も思っていなかったので、間抜けな表情で固まるしかないアーロン。


「……我が主は冒険者である前にファーラシアの辺境伯家御令嬢であらせられる。

 一介の兵士に要請されて、承諾するはずがないであろう!」

「……それとも?

 ミーティア国はマウントホーク辺境伯家を下に見ているのですか?」


 春音と水賢。

 頭脳労働担当が、兵士を問い質す。

 場合によっては、ミーティアからマウントホーク辺境伯領への宣戦布告とみなすと、口外に告げながら……。


「そのようなつもりは……。

 ただ、現状では……」

「荷が重いと言うなら、それは国の怠慢ですね。

 まあ、あなた達に言ってもしょうがないことですが?」

「都合良く誰かが助けてくれるなんて、虫の良いことを考えていないで、さっさと動きなさいな」


 言い淀む兵士へ現実を突き付ける春音。

 水賢は正しい順序で動けと追い払いに掛かる。


「……しかし。

 ……いえ、失礼いたします!」


 反論を途中でやめた兵士が店を飛び出す。

 行政府なり、冒険者ギルドへ向かうのだろう。


「さて、それじゃあ私達も移動しましょう。

 ……念のため、北門にね」

「そうですね~。

 あの様子から見ると~、本当~に想定もしていない数のオーガだと~、思いますし~」


 正式に依頼がこれば、引き受けることになると考えれば、北門の付近で待った方が手間が減ると判断したマナに、兵士の行動からその可能性が高いことを示唆するレナ。


「……相当でしょうね。

 多分、北の山岳地帯一帯から逃げてきたオーガでしょ?

 数千を越えるんじゃないかしら?」

「……そういえばユーリス様があちらに滞在されているのでした」

「しかも、ロティ叔母さんが向かったのよ?

 更に闇に葬りたい遺跡があるわけでしょ?」


 マナは、正確に今回の騒動の原因を見抜いていた。

 大方、真竜2体に恐れをなしたオーガ達が恐慌状態で向かってくるのだと……。


「だから、北門なのですね?」

「ただでさえ、一般兵より強いオーガが死兵で向かってくるのよ?

 下手に放置すると北門が破られるわ」


 現場の兵士達以上に状況の悪さを理解している少女。


「……ミーティアの統治者達がまともなことを祈ります」

「……だと良いけどね」


 北門が破られた後なら、自分達の身を守ると言う口実の元に、自主的な戦闘参加が出来るが、北門突破前に正式依頼なしで動くわけにはいかないと、自身の立場を自覚しているマナ達は、最悪の想定が当たった時の被害を減らすために、北門へ向けて移動を開始したのだった。

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