第450話 現状報告と遺跡探索の開始

「……思ったよりは早く来たな」


 娘達をミーティアのある南西方面に見送って数日。

 特にやることもなく、暇を持ち余していた俺に待ち人の影が差す。

 見覚えのある橙色の多角竜が、俺の立つ盆地上空を旋回し、見る間に縮んでロティとして大地へ降り立つ。


「色々あるんすよ。

 ……本当に色々と」


 着なれたメイド服を整えながら、遠い目をする妹竜の1人に嫌な予感しかしない。

 時期的に、


「テイファ辺りが面倒事でも持ち込んだか?」

「……ああ。

 あの姉もいたっすね!

 何処をほっつき歩いているんだか、知らないっすけど!」


 俺の予想は外れらしい。

 と言うか、テイファの奴まだ天帝宮に戻っていないのか?


「今の面倒事は、東大陸っす!

 どうにもアーランド王国にちょっかいを掛けている勢力があるっぽいんすよ。

 お陰でトージェン姉上がピリピリしっぱなし!

 かと言って出せる手駒がないので、ストレスマックスみたいですね」

「アーランドが?」


 俺の感覚だとアーランドは東大陸の国でしかないが、トルシェにとっては重要な東大陸の楔だからな……。


「あの国には、天帝鱗の1枚が貸し出されているんすよ。

 相手がそれを狙っているとなると厄介でしょ?」

「……ああ。

 緑化がどうとか言っていたな?」

「それっす。

 いくらアーランドがセフィア眷属の興した国と言っても、敵が真竜だったら分が悪いっすからね。

 リースリッテを派遣したものの、こういう時こそ、理不尽の権化の出番なはずっすけど……」


 ……テイファか。

 確かに、こういう時に最も頼りになるのがアイツなのだが。


「……まあ良いっす!

 アーランド王都内でこそこそ動いている輩っすから、セフィア眷属に正面から喧嘩売る気はなさそうっすし」

「……そうだな。

 しかし、こんなタイミングでアーランドにちょっかいと言うのが、不自然って言えば不自然だな?」


 これはどちらかと言うと、直感型のセフィア、テイファの感覚に近いものだろうが、それ故に他の3人とは違う見方になってしまうもの。


「……どういう意味っすか?」

「うむ。

 あのテイファが、天帝宮に納められている天帝鱗が少ないと言っていた状況で、アーランド内での不審者情報。

 ……仮に、吸血鬼勢力が暗躍していたら?」

「!!

 天帝宮の宝物庫は、トージェン姉上のゴーレムっすから、真祖級の吸血鬼でもないと誤魔化すのは難しいっすけど……」

「逆にそのレベルなら可能とも言える」


 いくら、宝物庫をトルシェが手掛けたと言えども、宝物庫自体はトルシェ本人ではない。

 その感知能力を掻い潜るのも不可能ではないだろう。


「……宝物庫の天帝鱗を得た奴が、更なる力を求めてアーランドの鱗を狙ったっすね!」

「確証はないがな……」


 ……ただ、敵を真竜限定としか想定していない点が危険に思えただけの思い付き。

 しかし、トルシェが宝物庫の再確認をしておくとも言っていたな?

 擬装系のスキルでトルシェを欺けるものか?


「……じゃあ、大丈夫っすね!

 真竜でも、天帝鱗を取り込んで生きていられる奴はごくわずかっす。

 他の種族が2枚も取り組んだら、吹っ飛ぶのがおちっす!」

「……まあそうだろうけど」

「……他の種族と手を結んだ真竜でもいない限り問題ないっすよ」


 それ、フラグじゃないかな?

 と思いつつ、ロティの言い分に間違いない。

 計画の最重要工程を、他種族に依存する竜ってのは想定しにくい。


「トージェン姉には、連絡入れておくっすが、私達は目先の目的を完了させましょう。

 ……見た感じ軍事施設っぽくないっすね」

「そうなのか?」


 サクッと思考を切り替えた様子のロティに釣られて周囲を見回す。

 軍事施設っぽさって何だろう?


「基本的に古代文明期の軍事施設は、街の郊外にあったんっすよ。

 ……表向きのは」

「表向き?」

「対他国向けを想定した施設っすね。

 ただでさえ、ランニングコストが掛かる軍事施設を山奥に造るのは非効率っすからね」


 ……まあ理屈は分かる。

 だが、


「そんな民間人を巻き込みかねない仕様で良いのか?」

「問題ないっす。

 民間人を巻き込むような真似をすれば、天帝宮から制裁が飛んでくるっすから」

「……ああ」

「だから国同士の戦争は滅多になかったすね。専ら、対魔物用の兵器開発と運用がメインのはずでした」


 ……なるほど。

 それだと専守防衛が主体だから、防御対象の付近が効率的か……。


「……で、裏向きは?」

「お察しの通り、対姉上用の施設っすよ。

 こっちは海中とか地中とかに造っていることが多かったっすけど、基本的に皆スルーしていたっすね……」

「スルー?」

「だって、戦いようがないじゃないですか。

 対真竜兵装すら開発出来ない人類に、姉上用の対抗兵器が造れるとも?」

「だが、実際にセフィアを倒したぞ?」


 世界から追放すると言う反則気味の兵器だったが……。


「あれが不思議なんっすよね……。

 どう考えても、あんな兵器は開発出来ないんっすよ。

 天帝鱗を数枚使ったとしか思えないんすけど、姉上の天帝鱗で姉上を倒すってのは可能なんっすかね?」

「……可能だな。

 所詮は鱗だ。

 エネルギーに意思がある訳じゃない。

 ……まあ、そんな量の鱗を何処から持ってきたかは分からんが」

「……それは分かるっす!

 各都市のインフラ用に与えられていた鱗をかき集めたんっすよ!

 古代文明末期には、深刻なエネルギー不足を補うために天帝鱗が各地に貸し出されていたっす!」

「……それで、毎年各地の為政者がご機嫌伺いに来たのか」


 セフィア討伐は、マジで一か八かの大博打だったわけだ。

 ……あんな万年幼女思考に世界の命運を握られていたと思うと、古代文明に同情してしまう。


「……話を戻すっす!

 対姉上用の施設がこんな分かりやすい所に在るわけないっすから、多分これは民間施設っすよ?」

「……中から出てきた連中が竜の女王を殺すと言っていたぞ?

 イグダートみたいな物じゃないのか?」

「……あれは古代文明期の初期に造られた兵器っすね。

 西大陸へ到達した人類が、姉上に喧嘩を売ってしばらく争っていた時期の奴っす。

 殆んどの対姉上用施設は、初期の物しかないっす。

 ある程度時が立つと争うのが無謀と気付いたんすよ。

 対して、これは中期頃の施設っすから、軍事施設の可能性はかなり低いっす!」


 ……古代文明時代にも色々な歴史があったんだな。

 しかし、


「何故、中期と言える?」

「ここを見てほしいっす!」


 遺跡の隅にある凹凸を指差すロティ。

 そこの苔を取り除くと太陽が描かれた本の意匠。

 トランタウ教国の国章に良く似ている?


「この施設は、私の創った会社に関連する施設っす!

 つまり私が会社を興した中期以降の施設」

「……」

「私が造った施設じゃないっすよ?

 ある程度の規模になった時期にその会社は、売り払ったっす。

 それ以降に建てられた建物っすね」

「……まあ良い。

 結局、中に入るしかないのは間違いなさそうだし……」


 一瞬、コイツのせいで無駄に冒険させられたんじゃないか? と邪推したが、グリフォン退治とは無関係なので、結局こうなったと思い直した。


「じゃ、じゃあ行くっす!」

「……待て、矛盾する世界を頼む」


 先陣切って中へ向かおうとするロティを止める。

 何のためにコイツらを呼んだと思っているんだ?


「?

 何で入り口に拒絶を展開しておかなかったんっすか?

 別に姉上でも閉鎖はできるじゃないっすか?」

「…………あ!」


 ここに来て、自分の間抜けさに気付くことになった。


「マジっすか?

 どう考えても、追い込み漁に1番向いているのは、姉上の権能っすよ?」

「……さあ、いくぞ!」

「誤魔化すなっす!

 こんな施設なら私を呼ぶ必要なかったんすよ!」


 グダグダと文句を言うロティの声を聞き流しながら、遺跡へと足を向ける。

 逃げるように……。

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