第448話 戦場の夜明け

 トラシア王国軍とチッサ・ブナンナ連合軍。

 両軍が対峙したまま一昼夜が経ち、日の出と共に起き出してきた主力となる兵と、入れ替わりに不眠番が床に付く。

 トラシア王国軍の不眠番は、輜重隊の人間が担っており、彼らは夕方まで荷馬車の上で雑魚寝だ。

 昼食の準備は昼勤組の輜重隊員の仕事であり、不眠番組は夕食準備から手伝うのがトラシア王国軍の職務。

 幌もない馬車の荷台で、雑魚寝と言うのも中々に厳しいものがあるが、寝場所を自由にすれば、戦争に負けた時に命がない。

 軍としても、兵糧の供給ラインを知る輜重隊員が敵方に囚われるのは困るので、この寝床だけは特に厳しい指定がある。


 そんな過酷な輜重隊夜勤組だが、相手側のチッサやブナンナの不眠番に比べれば、かなり良い待遇である。

 チッサやブナンナの不眠番は、各隊で最も立場が弱い者が担う。

 特に村落組は理不尽だ。

 王都組なら単純に腕っ節の弱い奴だが、村落組は若者が押し付けられる仕事。

 同じ集落の歳上達が相手では、反抗しようにも出来ない。

 数百人にも満たない集落で家族毎、村八分では生きていけなくなってしまう。

 加えて隊長の騎士は領主であると、同時に町長でもある。

 集落の重鎮がそっぽを向くとやっていけないので、腕っ節基準を採用したくても出来ない。

 そんな不眠番を押し付けられた連中は、他の面子が起き出してきたら交代して、各自の非常食を近場の水で流し込んで、適当な建物の影で横になる。

 彼らはある程度日が昇れば、自身の隊に戻って武器を振るう兵士となる。

 この時点で、チッサ・ブナンナ連合の戦力は2割減に近いのだが、まともに戦争したのが始めての連中ばかりでは、理解するのも厳しいであろう。

 これがアガーム王国の侵略が続いていた時代であれば、不眠番を交代制にする等の1人辺りの負担を軽減する対策も為されたかもしれないが……。


 そんな徐々に慌ただしくなる時間帯に、早めの朝食を済ませたトラシア王国軍幹部達。

 主将の王太子と副官扱いの弟王子に、騎兵長と歩兵長の4人は、本日の戦闘の段取りを話し合うために、王太子の天幕へと集う。

 そこでは、


「まず、我々の突撃を持って敵陣を切り裂き、後続の歩兵部隊が続く方針で良いかと思われますが?」

「いや、出来れば敵軍の被害も抑えたいのだが……」

「殿下。

 兵士と言えど、我が国の国民ですぞ!

 それをみすみす危険に晒すような!」


 強気な突撃を主張する騎兵長に、王太子が防戦を強いられていた。

 軍人が戦場で活躍したいと考えるのは、ある種の職業病とも言える。

 こういう場で活躍しないと予算が減るかもしれないと、常々恐怖しているのだ。

 もちろん、それを表に出すはずはなく、国民を守ると言う為政者の義務を訴える方向で、激戦方向へ誘導を狙う。

 だが、


「殿下に対して言葉が過ぎますぞ?」

「歩兵長殿……」

 

 味方のはずの歩兵長に諌められることになる。

 続けて、


「確かに騎兵長の言い分はごもっともですが、殿下の仰られますように、兵装等を加味すれば騎兵隊による突撃は、過剰な攻撃とも思われます。

 何より貴重な騎馬を弱卒に当てて、無駄に消耗を出せば、評価の際に減点ともとらわれませんぞ?」

「……う、うぅむ」


 いくら貧弱な兵士達相手でも、騎兵の突撃を行えば少なくない馬が損傷を受ける。

 そうなれば、采配ミスを指摘されて降格の可能性もあると、忠告を行う歩兵長。


「それよりは対陣を続けて、相手の自爆を待つのが最良では?」

「…………」


 チッサ・ブナンナ連合は、まともな輜重隊も持たない烏合の衆である。

 時間と共に消耗していくのは間違いない。

 ……その時の最大戦功は歩兵部隊であり、歩兵長が得ることになるのだが、歩兵長はその点に触れる愚は犯さない。

 しかし、


「それは困る!

 少なくとも1度は軍をぶつけて勝利を得てもらわないと!」


 王太子がそれを許さない。

 向こうの自壊による停戦では、街道を抑える名分が立たないのだ。

 賠償金の超長期返済等は、トラシア王家としては絶対に賛同出来ない。

 そのためには、戦争による人口減少が不可欠。

 人的損害により、返済の見込みが不透明になって、始めて物納返済の交渉が出来るようになるのだ。


「ではどうすれば?」

「それは……」


 双方の損害を抑えつつ、しかし、チッサ・ブナンナ連合に人的被害を出させた上での、明確な勝利を得ろと言う無茶振り。

 王太子は、昨日の内に戦略を相談しなかったことを、今更反省するしかなかったし、それは兵長達も同様。

 昨日の内に調整していれば、騎兵を相手の側面に当てられるように移動させることができた。

 そうなれば、二面戦闘を強いられる負担から、壊走の可能性が高いし、両方から弓を射ればかなりの人的被害も期待できたのだ。

 その提案が出来なかったのは、


「……浮かれていたと言うしかないな。

 正面から堂々と相手を打ち破ると言う名誉に気を取られていたのかもしれない」

「……兄上」


 確実に勝てると言う余裕が、必死に状況を打開しようとする意志を削いだ。

 これが負けるかもしれないと言う状況ならば、なりふり構わず、兵長達と調整をした可能性が高いのだが……。


「……仕方がない。

 こうなれば、こちらの被害を最低限に抑えての勝利を得よ!

 責任は私が取る!」

「「……はっ!」」


 こうして、チッサ・ブナンナ連合の運命が決まった。

 太陽は完全に山裾を離れた。

 ……まもなく、開戦の銅鑼がなることだろう。

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