第422話 荒廃都市

 ファーラシア王国とラロル帝国を結ぶ街道。

 山脈と山脈の間の広い谷間に敷かれ、その街道を抑えるように連なる小国群が、一帯を管理している。

 これらの国々は、元々はラロル帝国の貴族家が祖。

 様々な理由で独立したわけだが、今でもラロル帝国の影響を強く残している。

 ……まあ、自主的な独立と言うよりは、帝国側からの切り離しの気もするのだが。


 南北を山に挟まれて狭い土地を治める貴族達。

 農地も限られているので、他の貴族領を奪わなくては自領の国力は頭打ちだっただろう。

 そうなると皇族が調停をせねばならないが、重要な交易路とは言え、余った土地がなく、ない袖は振れないラロル帝国としては面倒な調停だったはず。

 更に言えば、この街道沿いが1つの勢力にまとまれば、関税率を自由に弄れる。

 帝国としてはそんな都合の悪い状況はお断りだろう。

 独立を認めてお互いに潰し合い、牽制し合う状況の方が都合が良かったと思う。


「けれど~。

 それは~、ラロル帝国が~、力を持っているのが前提ですよね~?」

「そうだな。

 そして、数年前までの中央大陸の国力は、ラロルとサザーラントが同率首位で、その下にアガームやトランタウ、マーキル。

 ファーラシアはその下くらいの立ち位置だった。

 他大陸との交易の多くを担っていた国、その国々と海路で繋がっていた上に、追加の利権を持っていた国。

 海に面してはいないもののダンジョンが多く、そこから利益を上げていた国の順だ」


 アガームは、有力な鉱山に穀倉地帯。

 トランタウは、北の諸島群とマーキル以西も含めた三つの貿易路に、大陸最大宗教の総本山。

 マーキルは、大陸西側との航路を独占。

 ダンジョンがあっただけのファーラシアがこれに追従出来ていたと言うのがある意味すごい。

 ダンジョン探索なんて、収益が安定しない博打の代表みたいなものなのに。


「けれど時代が変わった。

 お父様が変えたと言うべきかしら?」

「今はしがない冒険者の父娘だし、パパ呼びで良いんだけど。

 ……まあ、俺が変えたと言うのも正しいと言えば正しいな。

 従来のファーラシアがダンジョンの産物を各地に売って、足りない食糧自給を補っていたタイプの国だったのに、東部の平原を征して自給率を上げたのが大きい。

 これまでは生きていくために、高額な食糧を買うために、どんどんダンジョンへ人を送り込むしかなかったファーラシアが、国内で食糧の供給が進んで買う量が減り、そうなるとわざわざダンジョンへ人を追い込む必要がなくなる。

 困るのは?」

「安くダンジョン産物を得ていた他国ね。

 後は貴重な食料の生産地だったファーラシアの南部貴族領」


 ダンジョン探索ばかりかと思いきや、マナも良く勉強をしているらしい。

 俺やシュールはその辺の情報を持っていなかったから、南部との抗争になったみたいなものなのだが……。


「南部と争いになるのも当然だよな。

 マウントホーク領が食料の生産地になると、自分達が相対的に弱体化するんだから」


 南部も大連合を組むわけだ。

 もちろん、名門貴族としての体面等も理由の一端ではあるだろうが、既得権益の低下は貴族にとっては切実な問題だからな。

 そして、南部でも辺境伯家から遠い貴族程、辺境伯家に敵対しなかったのも移送の問題だと分かる。


「さて、ファーラシア国内と同じような問題が起きているのがこの辺りだと言うのは分かるな?」

「ラロル帝国の交易力が落ちて、交通量が減ったから財政が悪くなったってことよね?」


 俺の問い掛けにマナが答えるが、


「それ以上に~、大きな問題は~、マウントホーク領とオドース領を~結ぶ街道が出来上がったこと~、だと思いますけ~ど~?」


 レナはそれ以上の問題があると答える。

 確かにそれも大きいな。


「……まあ、とにもかくにも小国群が荒廃しつつあるのは、マウントホーク領の影響と言うのが事実ではある。

 あまり目立った行動はとらないように」

「…………もう遅いと思うけど」

「……しかも原因は父様ですよ?」

「すみませんでした!」


 娘2人の指摘を受けた俺は、そこそこ良さげながら、あまり手入れが行き届いていない床で土下座して謝罪するのだった。

 一応、小国群の中では一番大きな国であるトラシア。

 それにも関わらず、王城ですら客間の手入れが行き届かない程、困窮しているのかと思いながら……。


「……まさか冒険者ギルドとこの国の人間が繋がっているとは思わなかったんだよ」

「そういうものなの?」


 ……まあ、マナくらいの歳では冒険者ギルドと国の関り合いについて調べる必要もないからな。

 小説やマンガは物語毎にこの手の組織の立ち位置が変わるものだし。


「……冒険者ギルドは国境を跨いで、各地に支部を置くある種の国際的な組織って枠組みになる。

 もちろん、支部毎にその街が属する国へ金を支払っているが、その名目は土地の使用に掛かる費用であり、納税ではない」

「つまり~、土地を~レンタルしている使用者ってことです~よ~」


 俺の説明を引き継ぐレナ。

 改めて、説明しようとすると、意外と難しいので助かるな。


「だから、冒険者ギルドがどれだけ儲けても、国へ入るお金は一定だ。

 それを引き上げるには条件交渉が伴う」


 幾らで土地を貸しますよと契約しているので、契約の上書きをしなくては、ならないわけだな。

 それは、つまり冒険者ギルドと各国は利害関係にあると言うことである。

 もちろんあまりに不毛な交渉が起きないように、交渉担当のコネ役同士はある程度の付き合いもあるだろうが、基本的な関係性はお互いに利用し合うだけの利害関係にある相手だ。


 さて、その状況下で、最近冒険者ギルドとは疎遠と言えど、冒険者カードを利用して移動している俺の情報を国にリークするメリットがあるかとなると?


「冒険者ギルドが~所属者の情報を~、国に渡したのです~よ~。

 信用問題に~、関わ~り~ま~す~」

「そういうことだ。

 それを行ってでもトラシア王国に肩入れしたいのがこの国のギルドの現状だと言うことだな」


 やろうと思えば、この状況を盾にしてマウントホーク領から冒険者ギルドを締め出すことも不可能ではない。

 それでもトラシア王国と俺との顔合わせをしたいくらいに、この地の冒険者ギルドは困窮しているのだろう。

 困窮しているのは国全体かもしれないが……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る