第395話 幽閉貴族

 ユーリスが天帝宮から帰れなくなってしばらく。

 ルターから数日の距離にある旧サザーラント帝国帝都中心部。

 帝城と称される建物にある多くの尖塔の1つ。

 高位貴族や皇族の幽閉用の1室に1年近くも暮らす貴族がいる。



 住民間の争いが絶えない帝都を、幽閉された塔の1室より眺めるしかない元ケーミル公爵。

 自身への食事が徐々に悪くなり、今では日に粗末なパンを数個とぬるい水を与えられるだけとなったことから、戦争が長引いているのだろうと思いつつ、日課となった日記を綴る。


「おや?」


 帝都陥落と共に此処に移された時より、綴った日記は既に3冊分。

 それを見て違和感を覚える。

 自身の生きた証を遺そうと、書き続けているそれについて、最近提供を願い出た新品も、同じ質の手帳だったのだ。


「戦争の最中に?

 上質の紙で出来た帳面を、枯れた年寄りの慰めにと提供続けるだろうか?」


 ケーミル公の知り得る情報は、アイリーン派が帝都を占拠し、ミルガーナ派が北の方で抵抗を続けていると言う状況が長く続いていると言うこと。

 加えて先日のミフィアの宣告で、ゼファート軍が遂に動き出したと言う事実のみ。

 しかし、どちらの勢力も帝都へ足を踏み入れた様子はなく、ずっと戦争が膠着状態だろうと推測する。

 ならば、軍事物資である上質紙を、権力から遠ざけた爺に与えるのはおかしいと考えるのも自然。


「戦争は終わっているのか?

 だが、それにしては……」


 ……街の様子がおかしい。

 戦地へ送られていた食糧の残りが戻るし、死と隣り合わせの緊張から開放された兵は、通常の食事量に落ち着くはず。

 滞っていた物流も復旧し、徐々に暮らし向きは向上するのが普通である。

 ……勝ったにしろ、負けたにしろ。

 下々の人間は日に日に日常生活を取り戻していくはずなのだが。

 塔から見える景色は真逆。


 ……何か他の問題が起きている。


 幽閉により、情報が少ないながらもそこに思い至るケーミル公爵。


「考えられるのは……。

 反乱くらいだろうか?」


 今回の騒動は元を正せば、実子バンダーとアイリーン皇女の暴走。

 その結果がこれほどの惨事となれば、若い2人を押し込めて実権を得ようとする輩も出てくると想定する元公爵。

 ケーミル公が考えるのはその前段階として、帝都への物資供給を地方が落とし始めているのでは?

 ……と言う懸念。


 帝都の荒廃が進めば、都民が勝手に新たな指導者として、招き入れてくれる可能性もあるし、そうでなくても包囲すれば降伏させやすい。

 アイリーン派とミルガーナ派の面子を知らないケーミル公が、アイリーン派の貴族にもそういう戦略が組める人間がいると判断するのもしょうがない。


「……身の回りを整えておくべきだな」


 バンダー達がどういう事情で、自分を幽閉しているかは知らないが、トップが代われば間違いなく邪魔物になる。

 故に身の回りを整える。

 ……急に殺される可能性を考慮し、手慰みに近くに置いていた日記を本棚の裏に隠し、後世の誰かが自身の名誉を回復してくれることを期待する。


「……隙間がない」


 本棚の裏に隠そうとしたが本を押し込むスペースがないと愕然とする。

 次いで質素な部屋を見回す。

 平民の囚人牢に比べれば遥かに豪華だが、幽閉用の部屋は簡素な机と本棚。

 後は自分が腰掛けるベッドくらいしかない。

 やむを得ず、ベッドの下を隠し場所に選ぶケーミル公。

 本人は至って真面目だが、行動は思春期の男子のようである。


「あまり良い場所ではないが……」


 直ぐに見付かりそうで嫌だと思いながら、努力の証を得ると言う自己満足のため、ベッドの下に潜り込み……。


「父上!」


 ガタッ!


 頭をベッドの下に潜り込ませると言う間抜けな姿を、実の息子に目撃される羽目になった。

 挙げ句、頭をぶつけて悶絶するケーミル公。


 ……捕虜の都合なんて気にしないのは分かるけど、せめてノックは欲しかった。


 痛む頭を抑えながら、そんな文句を内心呟くケーミル公。

 最後の威厳を失った元筆頭貴族家当主である。

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